楽園の片隅で

20歳の僕には「映画観ない?」というきっかけで家やホテルで映画を見てセックスをする友達がいた。厳密にはアルバイト先の同僚だった。

彼女の名前をLとしよう。Lは僕より1つ歳上で、附属高校から内部進学で大学へ進学し、高校2年から当時の大学3年まで付き合っている彼氏がいた。彼氏は演劇部の1つ上の先輩だったらしい。浮気はこれまでしたことがない、少なくとも僕の前ではそう言っていた。

アルバイトの終業後にたまたまご飯に行く機会があって、そこでスタンリーキューブリックの作品の話になった。確か一番好きな映画の話だった思う。僕は『時計じかけのオレンジ』を挙げて、彼女は『アイズワイドシャット』を挙げた。お互いに『シャイニング』や『21世紀宇宙の旅』を観ていたし『ロリータ』はまだ観ていなかった。
深夜1時頃、僕は僕の家に向かっていた。僕の家にはテレビはなくパソコンで映画を見ることになるよと伝えていたが、こんな機会だからどんな方法であれ『ロリータ』を観ようと彼女は意気込んでいた。

僕らは最寄りのコンビニでお酒を買って、部屋でエアコンをガンガンに効かせた部屋で僕らは1つの画面を観ていた。なんとなく僕らはどちらからともなく手を繋いで、映画を見終わる頃にはなんとなくセックスしていた。大学生時代の僕の部屋にはいつもどこかしらにコンドームが置いてあったので、彼女は「いつもこんなことしてるの?」と尋ねてきたが、僕は時折だよ、と答えた。彼女は必要以上に「私は本当にこんなことしたことないのよ」と僕に言い訳していた。
小柄な彼女の身体は正にロリの性癖が芽生えそうで不思議な気分だった。

「今日はたまたまこうなってしまったけど、私には彼がいるしあなたとは映画を観るだけの関係でいたいな」
僕は何となく彼女を傷付けた気がしたし、彼女もまた今日のことは過ちだったと恒常的にならないよう僕に対して牽制しているように感じられた。基本的には一晩限りなんて関係は好きではないし、その時に本当にお互いにしたかったのなら僕は問題ないと思っていたのだけど、付き合いの長い彼氏を持つLの価値観は僕の想像よりずっと高尚なものだったのかもしれない。
「わかった、でもまた映画観よう。次はユージュアル・サスペクツ観たいんだ、どうかな」
彼女はやんわり笑って、じゃあまたこんな風に成り行きでこの部屋来るわ、と言って僕らは眠った。

1ヶ月ほど彼女とは何も無く働いていたけど、ある日突然彼女から「ユージュアル・サスペクツ、今日みたい気分だわ」とLINEが来た。
僕らは終業後に軽く居酒屋に寄って、そこで何かあったのかと尋ねた。
「彼にバイト先の人と浮気した事言ったのよ、そしたら彼泣いて怒り出したんだけど私なんかちょっとスッキリしたの。5年近く一緒にいて互いに互いを信用しすぎて何の疑問もなく彼も私も他の選択肢に目を向けてなかったの。彼も私も初めての相手はお互いだし、ある意味では盲目的だったのよ。ねぇ、みつばくん。今日も映画の後したいのよ」
居酒屋をあとにした僕らはまた最寄りのコンビニでお酒とコンドームを買った。
「このゴムね、私の体の中に初めて入ったゴムと同じ。ねぇ、みつばくん初めて使ったコンドーム覚えてる?」
僕は暫く考えたあと、そんなこと気にしたこと無かったなと答えた。
「そうよね、初体験の日って女性は特別なの、特に私は何度も失敗して何日目かのトライで初めて成立したのよ。だから実際に入れるまでに何回もゴムを買ったり、着けたりしたから余計覚えてるのよ」

その日も映画を観たあとにセックスをした。その後大体隔週で僕か彼女どちらかから「映画観ない?」という旨の連絡を取りあった。
彼女から「シザーハンズ」を提案されることもあれば、僕から「エグザム」を提案することもあった。
彼女はよくセックスの後に彼氏との近況を話してきた。僕はあまり興味がなかったけど、彼女は僕の相槌を聞く度に月々に過去のエピソードや何で喧嘩したことがあるかなど話してくれた。

ある時僕に彼女ができて、半同棲に近い形で付き合いが始まりLを部屋に招くことが難しくなった。「なら、ホテルに行けばいいじゃない」とまるでマリーアントワネットの名言のように安易に提案してきて、僕らは必ずホテルのVODで映画を見てからセックスをした。

ある時急に彼女はバイトを辞めて、その後連絡を取ることはなかった。今でも誰かに映画に誘われたり、女性と好きな映画の話をするとLのことを思い出すことがある。

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