紀行文「南インド、そのまろやかな」7

 マドゥライ(3)
 汗をすっかりかいてさわやかな目覚め、というわけにはいかず、結局次の日はベッドの上でだるい体をひきずるように寝ては覚めを繰り返して一日を過ごすことになった。
 N君が買ってきてくれたバナナを何回かに分けて食べる。こちらのバナナは小ぶりで短かいものが一般的なのだが、抵抗力を失っている体にはもってこいの栄養源だ。ベッド横のテーブルには空になったミネラルウォーターのボトルがずらりと並んでいる。昨日の夜から大量にかき続けた汗とひきかえに微熱はどうやら引いたようだ。
 N君は何回かに分けて外出し、(とにかく暑いので、出ては部屋で休みを繰り返すことになる)次に訪れる予定のカーニャクマリ行きのバスが出るターミナル周辺やミーナークシ寺院界隈の散歩を楽しんだという。
 ここマドゥライの暑さはさらに尋常でなく、重量感たっぷりの光の塊がだんだんと体にのしかかってくる。その重さは、重い荷物がだんだんと手や肩に食い込むようにこちらの体を圧迫し、最後には体が悲鳴をあげてしまうことになる。
 よくこんな暑さの中で働けるものだと、酷暑の中で作業し、動き回る人々を見ながらやわなツーリストは思ってしまう。
 何か腹に入れないと、とN君が気遣ってくれるのだが、せっかくおさまった下痢症状を復活させたくないので夕食は抜くことにする。
 昨日の夕食は、近くの中華料理店ですませた。中にガラス張りの別室があり、扉に「クーラー2RS」の表示が。2ルピー出せば、クーラーの効いた部屋で食事ができるということなのだ。トマトスープはトマトケチャップベースの味付け。チャウメンは、あんかけ野菜の乗った焼きそばでこれは美味しかった。どの国にも華僑がいて、中華料理の店はどこにでもあるが、インドの中華店はインド人が経営していた。インドにはあまり華僑はいないのだろうか。きちんと調べればこれはこれでひとつのストーリーになりそうだ。
 結局、今日もN君は同じ店で夕食を食べたとのこと。「Spring roll」は油ぎった巨大な「春巻」で、出てきた瞬間にげんなりしたそうだ。同じ中華店でも場所により、店により千差万別で、実物を目にして初めて実体がわかるもの。当たることもあれば、はずれることもある。
 前に韓国を旅行して食堂に入った時、ハングル文字だけのメニューしかなく全くの意味不明。現地の人しか来ない店だったのかもしれない。店の人は日本語も英語も通じず、もちろんこちらは韓国語はできないので、ええいとばかり運を天に任せ、目をつぶって指の先が止まったものを注文してみた。出てきたのは、たっぷりと唐辛子の入ったあんかけが大量にかかった巨大な名前のわからない揚げた魚。3人で食べても余るのではというくらいの大きな皿にのっていた。
 旅と食、についてはそれだけで一冊の本になるかもしれない。
 のんびり滞在するのもいいね、などと最初はのんきに話していたけれど早めに次の地へ移ることにしようか、などとひとくさり話をして明かりを消す。長居するには、ここマドゥライはあまりにも暑すぎる。
 ところが、そのまま朝がきて、バスのチケットを買って、暑いこの地にサヨナラして、ということにはならなかった。
 マドゥライの長い夜は、まだまだ続くことになってしまったのである。いやはや。

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