見出し画像

Vol.2 旅立ったお父さんとの対話

「みとりの相談室」ではこんなことをしています

毎月1回第1・第3火曜日に開催している「みとりの相談室」は
前半と後半の2部構成になっています。

まずは前半
「みとり」にまつわる様々なご相談を
受け付けています

《例えば》
・自宅に迎え入れようとしたときの準備は
何からすればいい?
・家族にできる事はどんな事があるのでしょうか?
・看取った両親の事を思うと
今も苦しくなる事があります。
などなど

個別で相談する環境とは違い
その日に集まった参加者の皆さまからの体験談や
アドバイスをもらえるところもいいところです。

みとりの場面は千差万別。
一つとして同じ場面はないので、いろんなケースにふれることは、
自分自身に知識を与えることにもなりますし
なにより勇気を与えてもらえます。

後半は「死生観を語ってみる」

みとりの場面において、
自分自身が死生観を持ち合わせている事は
自分の残された時間を思い通りに過ごすためにも
大切な方に寄り添う時にも支えになります。
オリジナルの《これからカード》を使って
自分自身の死生観について
語る時間を設けています。
場面設定がされているその状況において
自分自身がなんと答えるかを体験していきます。

「みとりの相談室」の参加お申し込みは
メールアドレスmitorishimachida@gmail.com まで
お電話でも申込めます。電話番号 080-7470-4878

看取りに正解・不正解は存在しない

この日、
相談室に足を運んで下さったその方は
参加された他の方々が、
どんな体験談を持っているのだろう
皆さんの体験談を聞いてみたい!!
そこが一番の参加理由だったそうです。

参加したことで確認したかった事は何か…
後になって聞いてみたのですが
その方はこのように答えました

『自分自身が体験したお父様の看取りは、正解だったのか?』

相談室に足を運んで下さる方の中には
看取りの経験をされた後に
お見えになる方もいらしゃって
ご自身の体験された看取り方に
正解or不正解
の答えを求める場合があります。


そんな時どのようにお答えしているか…

『看取る側には正解も不正解も存在しません』

とお伝えしています。

なぜなら看取りの場面は
旅立たれた方が自ら
プロデュースした場面だからなんです。

でも、その答えだけでは納得いかないですよね
今となっては直接
答え合わせをすることが出来ないと
そう思われている方が多いので。

実は、答え合わせは後からでも出来ます
そのかわり
ゆっくり時間をかけて、
行なっていくこととなります。

そのような関わりが出来るのも
私たちのお仕事の役割の一つ
なのかも知れません。

人によって、数年かかる場合もありますが
今まで答えに辿り着かなかった方は
いらっしゃらないです。

このことについての話はまたいつか。

最期は旅立つ方がプロデュースしている

肉体の変化だけに目を向けると
自分自身で身体を動かす事もできない
終わりに近づいているという状態に見えるその方が

病床で横になっているとされるその時間帯に
遠く離れたところに住む
友人の目の前を通り過ぎたり
住み慣れた自宅で
ご家族が見かけたりという現象が
みなさんの周りで起きたことは無いですか?

みとりの相談室に
参加された方々に質問してみると
結構な確率で体験談をお話しして下さる方がいるんですよ。

肉体の限界は近づいて来ているとしても
肉体を脱ぎ捨て
瞬時にいろんなところに現れるその現象は

時間も距離も超えて、
本来の能力を発揮しているのかも知れません

言い換えれば
少しずつ肉体からすり抜け、縦横無尽に動き出し
何でも出来てしまう存在になったとも
言えるのかも知れません。

この辺りのお話は、信じる方、信じない方
賛否両論ありますが
体験した方には、
何事にも変えられない事実となっていて
素敵な話だと個人的には捉えています。

旅立ちの瞬間には、さまざまなエピソードが存在します。
そして、そこに起きた事象は
ご本人がプロデュースしていると感じさせることが多く起きます。
見送る私たちにとって
ベストなタイミングだと思えない
旅立ったとしても
時間が経ち、その瞬間がベストだったと理解できたり
後から回想してみると
そのタイミングしかなかったと
感じることがしばしばです。

そこでみなさんにお伝えしたいことは
息を引き取る際に間に合わなあったとしても
自分を責めたり
ご家族が寝ている間にすーっと旅立たれて
寂しい思いをさせてしまったと落ち込んだり
あの時こうしておけば良かったと
後悔することはないと言うことなんです。

そのことよりも大切なのは、
そのタイミングに秘められた愛のメッセージを
宝物探しをする様に
探し出してみて下さいと言うことなんです。


死に目に会えなかったという後悔

「親の死に目に会えないのは親不孝」と言う言葉を
間違って受け止めている人が多いそうです。
私自身も両親の死に目にはその場にいて
見届けようと思っていましたが…

実は、親より先に旅立つなと言うことだそうです。

最期の呼吸に立ち会えなかったことを
後悔すると言うことを終わりにしていけたらいいですね。

先ほどお話しした旅立ちのタイミングは
ご本人がプロデュースしているとなると
立ち会えないことも、
想定していることになる訳ですから。

看護師時代の経験の中にも
トイレに行くのも惜しんでそばに寄り添っていた旦那様が
たまたま奥様のそばを離れたその瞬間に
息を引き取られたという経験や

「落ち着いている様子なので今日は帰ります」といって
いつもより早めに、面会を引き上げた娘さんの
帰宅途中に病院に再度呼び寄せることになる
なんてことは何回もありました。

ですので、最期の場面に立ち会えなかったとしても
「そこに何のメッセージがあったのか?」と
受け止めてみてはいかがでしょうか。

それでも、
臨終に立ち会えなかったことにコンプレックスを感じるのは
関係者の声掛けにも原因がある様に思います

「間に合いませんでしたね」
「残念でしたね」などの声掛けをしている場面に
立ち会うことがあります
声掛けする側にもう少し配慮があったならば
死に目に会えなかったことにコンプレックスと感じる方は
少なくなっていくのでは…と思っています。


死別後シンドローム

「死別後シンドローム」とは、
かけがえのない人との死に別れをめぐる悲しみが、
やがて心身の深刻な不調に進んでしまう病気である。
表に現れる症状は、
抑うつ、不眠、幻聴・幻覚、アルコール依存、
自殺念慮や、体の痛みなどだが、
原因は心の中で「喪のプロセス」がうまく進んでいないことにある。
正式な病名は遷延性悲嘆症。
世界保健機関(WHO)国際疾病分類の2019年改訂版に
追加されたばかりの病気だ。

「死別後シンドローム」精神科医 清水加奈子著
大切な人を無くしたあとの心と体の病い
https://bookpub.jiji.com/book/b525518.html

大切な方を無くされた後に
心と体の症状を感じる時にはぜひ、
清水加奈子先生の著書も参考にしてみてください。

ここでは本に書かれていることに言及はしませんが
私たちの活動がやがて
死別後シンドロームのような症状に悩まれる方を
少しでも減らしていける活動に
なったらいいなと思っています。

『看取りの場面を丁寧に向き合っていくこと』
とても必要なことで
寄り添わせて頂く時に私たちが
最も大切にしているプロセスです。

関わらせて頂いたご家族の方々の
その後の経過を見させて頂いても
その後に出てくる様々な心と体の症状に対しても
有効的に働いていると感じています。

ここから先は

2,059字

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?