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"Gradation""HIDE OUT"を聴いて映画主題歌が持つ仕掛けを紐解く

※この記事は映画「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」「OUT」のネタバレが含まれます。

※これは作品を比べて優劣を付ける意図はなく、あくまでも「映画主題歌のこだわり」をそれぞれ考えるものです。



 題名にもある通り、この記事のテーマとなるのは「映画主題歌」である。

 私が推しているJO1というアイドルは今年二作の映画の主題歌を担当した。
 それは白岩瑠姫が主役を務めた「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく(以下夜きみ)」の主題歌"Gradation"と、與那城奨・大平祥生・金城碧海が出演している「OUT」の主題歌"HIDE OUT"である。

 この二曲は映画主題歌という一言でまとめる事もできるが、噛み砕いていくと双方が違うベクトルから映画に対してアプローチしており、制作にもそれぞれ個性が見られるのではないか…と考察する事ができた。
 この機会に推しの楽曲を聴きながら考察を伸ばしていきたいと思う。




"Gradation"について


 "Gradation"を聴いて面白いと感じられる部分は大きく二つ挙げられる。それは「作品を知った後に再解釈できる歌詞」と「作品に寄せられた転調」だ。そしてこの面白さが予告での初公開の段階から計算されているのも印象的である。


作品に寄せた転調

 転調というのは、楽曲の途中で調が別の調に変わる事を指す。最近では楽曲ジャンルが曲の途中で変わる事を転調と言うようにもなったが、元々は調の変更の事を表している。調を変更すると盛り上がりを明確にしたり、雰囲気の変化を印象付ける事ができるのだ。(調が変わる意味の転調はキー・チェンジ、ジャンルが変わる意味の転調はビート・チェンジ、それぞれ代用可能)。
 調の変更と聴いてイメージをし辛い方もいるかもしれないので、具体例をここで挟んでみよう。例えば、BTSの"Dynamite"。MVの3:03~から転調している。最後のサビで転調してラストスパートをかけている。

 他にも嵐の"Love so sweet"。これはサビとそれ以外で調が分けられ、サビで転調して温かさと中毒性が増す構成だ(JO1の"Mad In Love"も同様の狙いで転調を使っている)。

 これ以外にも、Official髭男dismがリリースした"Cry Baby"は4分間という尺の中で10回は転調していると語られており、複雑な構成とヒゲダンが持つポップさが融合された名曲である。

 ここまで転調について紹介してきたが、"Gradation"の話に戻していこう。

 "Gradation"の中にも転調が使われており、曲中2:34〜からの部分だ。最後のサビで調がEメジャー(ホ長調)からFメジャー(ヘ長調)に変わっている。変わり方としては前述で紹介した"Dynamite"と同じようなイメージだ。

 これは"Gradation"を聴いていて感じた事だが、おそらくこの転調は映画の題名にも入っている「夜明け」を意識して作られているように思う。Eメジャーの部分は夜明け前、青や紫の空が白んでいる世界。そして最後にFメジャーで全体の音が一音上がり、世界の温度が上がって太陽が昇る。最後のサビは太陽が見えて夜明けのオレンジ色が広がる。
 そうやって考えると、最後のサビの前で鳴り響く河野純喜のyeah〜という高音の歌声が、太陽が昇ってきた瞬間に真っ直ぐに地平線を差す光にも連想できる。

 また、この転調は映画のプロモーションにも絡めて大事に扱われている。公開された予告で初めて"Gradation"が公開された時は転調後のFメジャーの部分のみ公開されていた。

 先行で公開する部分がFメジャーの部分になったのは二つの理由が考えられる。一つは予告を見た人間に主題歌の先入観を植え付け、フルで聴いた時に驚きや意外性を与えるため。もう一つは予告で使っているサウンドトラックの中の一曲"When the Dawn Breaks…"と同じ調であり、予告の中で上手く繋げられるため。
 転調という手法にフォーカスしてみると、制作者による情景描写、作品と音楽のリンクがしっかりと計算されているのが感じられるのではないだろうか。


作品を知った後に再解釈できる歌詞

 近年のアニメやドラマなどの作品にタイアップされる主題歌は、しっかりと作品世界に寄せきってリンクさせているものが多い。特にアニソンなどは作中のセリフを歌詞に書いたり、終始キャラクターが主語になるような歌詞が書かれている事もある。"Gradation"の歌詞も読んでみると作品とリンクさせている言葉が多い。

 まず目につくのが「青と混ざる茜色」という歌詞。作品の主人公である青磁と茜から持ってきているのがすぐに分かる。そしてこの色がある故の美しさを強調するために、歌詞の中に「灰色」「無彩色」という言葉もしっかりと布石として配置されている。
 また、二番のラップ詩にある「息が詰まるほどに苦しい心騙し 何一つ言えない自分は素直じゃない」の部分は、自分の胸の内を発する事ができずにマスクをつけてしまう茜の息苦しさを連想させる。

 歌詞の所々に作品のキーとなる色についてや登場人物の描写が記されているが、特に注目したいのが「You saved me」という言葉だ。この言葉は原作を知らない状態で映画を見た人が、見る前と見た後で解釈を変えられるような仕掛けが隠されている。
 夜きみという作品は予告を見ていたりあらすじだけ読んでみると、主人公である茜が青磁との関わりを経て少しずつ変わっていく物語…と考える事ができる。だが物語が進んでいくと実は過去に茜は青磁を助けた出来事があるという事が分かり、過去に茜に救われた青磁が時を超えて今度は茜を救う番になる…という物語の全容が見えてくるのだ。

 この物語の進行に「You saved me」という言葉を当てはめてみると、原作を知らずに予告を見た人が主題歌を聴くと「茜から青磁に対してのYou saved me」と解釈が先行するが、映画を観た後だとベクトルが逆転して「青磁から茜に対してのYou saved me」の解釈を考える事ができるのだ。


まとめ

 "Gradation"は情景と音がリンクした世界観にこの歌詞たちが乗る事で、楽曲一つで夜きみを思い出す事ができるように、まさに言葉通り「主題歌」として機能している事が伺える。作品世界とのリンクと解釈に重きを置いているように感じられるのは、近年のアニメタイアップに近しいものを感じられる。



"HIDE OUT"について


 続いてはOUTの主題歌である"HIDE OUT"について。"HIDE OUT"に関しては、映画を撮った品川監督が楽曲のオーダーについて下記のように述べている。

 このオーダー内容を主軸にしつつ、"HIDE OUT"の面白さについても書いていこう。"引き算を意識した音楽"と"ストーリーを終わらせ、始められる構成"という言葉で表現し、考察していく。


引き算を意識したコンパクトな音楽

 私が"HIDE OUT"を聴いてまず抱いた感想は「うるさくない」である。もう少し表現を丸めるなら「静か」「コンパクト」だろうか。

 世の中に数多くある映画の主題歌は、主題歌の一言でまとめられながらもその言葉に内包された様々な意味を持っている。映画を一言で表現できるように、楽しく終われるように、悲しい結末を引きずるように。
 そんな様々な役割がある中で、この"HIDE OUT"が背負った役割は「映画の一部の音楽となる事。そこから派生して、劇中で流しても本編を引き立てられるような音楽として制作されているように感じる。

 本編を引き立てるという事はつまり、映像を引き立てるという事。"HIDE OUT"が流れるエンディングはスタッフロールが流れながらもストーリーのその後が映され、楽曲が完全に止まっていきなり物語が進行する流れもある。映画の山場でもある最後の対決シーンの後で、その後に訪れる平穏をダーク且つ優しく彩る役目が与えられているのだ。
 このような構成が組まれている事もあり、楽曲で使用する楽器の数を減らし、音量も抑えてなるべくコンパクトにしているように感じる。楽曲に引っ張られすぎないように、映画本編のその後をしっかりと見届けられるように…という工夫である。そしてそのコンパクトさに上手くハマるように、ボーカルの声の音量も少し抑えめになっている印象だ。

 ちなみに、開放的な"Gradation"とは対照的に"HIDE OUT"はマイナーコードを使ってダウナーなイメージ作りをしており、音楽から閉鎖的な雰囲気を作ろうという意図が見える。映画の流れでは、"HIDE OUT"をバックに主人公と戦友たちが隠れ家でもある焼肉屋に戻って束の間の平穏が戻る…というシーンが映される。隠れ家という見つかってほしくない静かな場所のシーンだからこそ、題名が"HIDE OUT"でありコンパクトな音楽なのだ。
 同様の調性の楽曲だとハチ(米津玄師)の"砂の惑星"や"SEVENTEENの"Trauma"が存在している。どちらも"HIDE OUT"に近しい閉鎖的で少し煙たい雰囲気を感じ取る事ができるのではないだろうか(編曲次第でもっと派手にする事もできるので、この調で作ると全てダウナーな雰囲気になるわけではない)。


また物語を始められる構成

 前述にもある通り、"HIDE OUT"は映画のエンディングの映像に馴染むように制作されているが、それだけではなくしっかりとストーリーに直結する役割も持っている。

 実はこの楽曲、終わらせてしまおうと思えば2:46で終わらせてしまう事ができるのだ。楽曲の進行的にもここで音楽が終われば締まりが良く楽曲も映画も終わらせられる事ができる。だがこの楽曲はわざわざサビに戻ってそれをもう一度繰り返し、しかも帰結せずに区切っているのである。
 この記事を読んでいる方に是非聴き比べて見てほしいのだが、1:06〜のサビを聴いた後に2:47〜のサビを聴いてみると、やはり途中で切られているというのもあり後者の方が少し物足りなく感じるのではないだろうか。物足りなさ以外にも、もしかしたら一種の気持ち悪さを感じる方もいるかもしれない。

 この楽曲はB♭マイナーというコードが曲のど頭やフレーズの頭に多用されている。一つの軸といっても良いだろう。何度もこのコードに帰ってくる事で曲の中には安心感も生まれてくるのだ。
 だが、2:47〜のサビはこのB♭マイナーのコードに行く前に切られている。聴き手が無意識に感じていた完結のループを意図的に切っているのだ。

 そのループを断ち切った意図は映画の最後を観れば明らかである。"HIDE OUT"が流れ終わった後に斬人メンバーに電話がかかってきて「6代目の斬人総長が年少から出てくる」という不穏な一言で映画は終わる。つまり、音楽とキャラクター双方から「次」を匂わせているのだ。
 この双方による匂わせのリンクは映像に楽曲を馴染ませているからこそできるのだろう。どちらも同じ方向を向かせる事で次回作への意欲と「もっとOUTを観たいのでは?」という制作陣からの問いかけが成立している。

 次回作をエンドロール後に匂わせる演出は多くの映画で使われているが、基本的にエンディングとは独立しておまけの扱いになっている事も多い。だがOUTではその匂わせをおまけ感覚ではなく、音楽も巻き込んで一体として魅せているのが面白さになっているのではないだろうか。



最後に


 今回はJO1が関わった映画2本の主題歌についての考察だったが、こだわりが全く違うのが見て取れたのではないだろうか。JO1のファン目線で話すのであれば、短期間にここまでこだわりが詰められ、且つそのこだわりの色が違う作品と楽曲に出会えるのは一種の幸運だと感じている。ドキュメンタリー映画「未完成」の主題歌である"飛べるから"も合わせてみれば、さらに違いを感じるかもしれない。

 最後に、映画主題歌についての面白い言葉を紹介して記事を終えようと思う。
 過去にKing Gnuが「呪術廻戦0」のインタビューにて、映画主題歌の事を「作品の奴隷」という風に応えていた。
 制作者の数だけアプローチ方法はあるが、第一線で活躍するミュージシャンがタイアップ制作にこのような言葉を添えているのを見ると、業界が主題歌に対してこだわりや作品との親和性を強く求めるようになっているのを感じるし、楽曲制作者もその需要以上の音楽を生み出す事が必然となってきているのかもしれない。

 今後も様々な主題歌やタイアップソングのハードルは上がっていくかもしれない。そんな厳しさの中で、私の好きなアイドルが紹介した2曲に続いて、さらにハードルを超えた名主題歌を生み出してくれるのを期待していようと思う。

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