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正月は必殺仕事人に注意せよ

首に走っていた2本のミミズ腫れがやっと消えたので、時効ということで記そう。

この正月、私は実家で最愛の息子(5歳)に殺されかけた。
まさか彼が必殺仕事人になるとは……。

***

澄み切って高い青空。凛とした気持ちのいい寒さに風が吹く。

たこあげ日和だ!

我が母がそう思い立ち、凧を買ってきてくれた。
お子様用のポケモンカイト。ピカチュウとイーブイと、あとは見知らぬ二匹が描かれている。知らないポケモンを見るたび、時代に取り残された心持ち。小学生の頃は「ポケモン言えるかな」暗記して151匹言えたのに。今や総数も知らぬ。

初めてのたこあげに浮かれて、ぴょんぴょん飛び跳ねる長男ちの。
それをマネしてよくわかんないけど一緒に飛び跳ねる次男あっちゃん。
家から徒歩5分もしない河原まで、たどり着くだけで大変。

2歳のあっちゃんは「じぶんで!」が口癖の、身の程を超えた自由求めすぎボーイで手をつないでくれない。歩道がなく車通りの激しい道では難儀する。そっとコートのフードをつまんで手綱をとるが、気づかれて拒否される。

仕方なく抱きあげると「やめて!」「くるしい!」と泣き叫ぶ。絶対苦しくない体勢なのに叫ぶ。こっちが人さらいみたいになる。
さらに自らの靴を脱ぎ捨て、人のメガネを払い落とし、ついにはマスクにまで手を出す。不織布マスクの耳にかけるゴムの部分を丁寧にも両方むしり取る。
マスクなしでは公衆の面前に出られぬポストコロナ時代に一番効果的な嫌がらせをよくご存知だ。さすが令和っ子!

精神力と腰を早くも磨耗させて、なんとか河原にたどり着く。
でも、いつもなら子供二人を一人で見なければならないが、今日は母と弟がいるのでだいぶラク。自分以外に大人の目があるってありがたい。

河原は枯れた芝生と砂舞うグラウンドが寒々と広がっていて、誰もいない。最高!
さあ貸切の河原でたこあげに勤しもう!

まずは私の弟。30歳になってじんわり太ってきた出不精の弟が、甥っ子らにいいところを見せようと奮闘。変わる風向きに合わせて必死に走る。

「あの子が走るのなんて、小学校の運動会以来はじめて見るわ!」
母は大爆笑で動画を撮って、弟の彼女にラインで送った。
後ほど彼女から「家宝にします!」と返信がきてもう一度笑った。

走り回った甲斐があって、凧は高々と上がった。ある高さまでいけば、あとは糸をつんつんしながらつっ立っているだけでのんきなものだ。

見守っていた子供らはもう自分でやりたくて仕方がない。
「あつが!じぶんで!」
と主張するあっちゃんを押しのけ、まずは長男ちのが挑戦。
今あがっている凧を引き継ぐのではなく、地面に下ろし、最初から全てやりたいという。
糸の扱い方など説明してやるが、心ここにあらず。もう全てがわかっているつもりで威張っている。実際の凧あげを今初めて見たくせに、おさるのジョージで詳しく知ってるつもりになっている。

もういいよ、いばりんぼうよ、勝手にやってみな。

最初に凧を支える役だけ手伝って、本人のやりたいようにやらせてみた。
必死に走るちの。幼児的全能感で自分は最高のたこあげが出来ると信じ、目はらんらん。
走ることに夢中で、風向きや糸の張り具合などてんで無視。走りながら後ろを向くのが難しいのか、凧すら無視。

結果、枯れた芝生を引きずり回されるピカチュウとイーブイと他2名。お気の毒。
「待って! 壊れるからストップ! 止まって!」
何度も叫んで、何度もやり直したが、凧はあがらず。
こんなはずではないのに…ちの、齢5歳にして挫折を知る。理不尽な憤りがこちらに向かう。

するとその隙をぬって、あっちゃんが凧を持った。
まぁだいたいわかったわ、というようなふてぶてしい表情で凧糸を握る。
そこにいい風がびゅうとふいて、凧はひとりでにふわりと浮き上がる。

「あっちゃん! 走って走って!」
「もっと糸を引っ張ってごらん!」
「じっとしてちゃだめだよ!」

大人たちが口々に言うも、彼はしらっとした顔でじっとしている。
(この時、「まだちのがやってるのにぃぃ!あっちゃんがぁぁ!返してぇぇ!」とちのは泣き叫んでいて、私は必死に取り押さえている)

凧の女神が彼にほほえんだのか、何もせずともするすると天に登っていく凧。
ちっこい二歳児がひとりで凧をあげているのは、なんだか奇妙な風景だった。

まあこんなもんか、とあっちゃんは満足し、怒り狂う兄に凧を譲る。
二歳児に負けてギャン泣きをかました兄はなんとか気を取り直し、今度は土手の上で挑戦してみると言う。
「そっちのが上だから風がいっぱいあたるんだ!」
とわかるようなわからないようなことを言い、土手への階段を駆け上がる。
まぁ人もいないし、好きに試してみるがいいさ、と私は土手にほど近いベンチに座った。階段をあがるのは面倒だったので。

次男と母、弟は離れた場所でサッカーボールを蹴って遊び始めた。
息子を見守るいいお母さんを演じつつ、私は携帯をいじる。

土手のちのを見上げると、凧にいい風が吹き、今までで一番まともに上がってきた。
「すごい! いい感じじゃん!」
そう私が叫んだからなのか、笑顔で土手を駆け下り、ちのはこっちに走ってきた。
ふふふ、よかったねと穏やかに見守っていたのも束の間、突然、首に鋭利な痛み!

「ギヤァァァ!!!」

痛い!

なにこれ? 痛っ! 首っ! 
糸!?
凧糸!
首、切れる!!

必殺仕事人で糸によって首を吊られたり窒息させられたりするシーンが朧げに浮かぶ。

え、私、糸で死ぬの?

どうなってるの?

下手な絵ですみません!伝わるかな…


期せずして、私の首は凧と長男の中継地点になってしまったようだ。

長男は何が起きたか分からず、叫ぶ私をぽへっと見ている。
手元の糸は勝手に巻き上がり、凧はぐいぐい上がっていく。


私は反射的に首を庇い、手で糸を押しのけようとした。

が、
指! 痛っ!!
焼ける! 

無理、手で触れない……!

でも手を引っ込めると、ふたたび首!
首また痛っ! 焦げる!
え、どうすれば?

強い向かい風を受け、凧はぐんぐん上昇していく。
それに合わせて凧糸もすごい勢いできりきりと上に引っ張られていく。
それが首をえぐっていく。

そして生まれるウルトラソウル!(脳内混乱中)



瞬間の出来事がスローのように感じられる。痛みが生み出した極限の世界。出産を思い出す。

もう、もうこれしか……

意を決してベンチから身を投げ出す。
私史上最大のイナバウアー!

そしてついに、首に食いこむ糸からの解脱!

(ちなみにイナバウアーは上半身を反るポーズではなく、下半身の姿勢がポイントの滑走法だそうですよ)


「やだっ!なに!? 大丈夫???」
金切り声をあげ、ベンチから地面に自ら倒れる奇行を心配し、母らがやってきてくれた。
自分では見えないが首に2本赤いミミズ腫れができていると言う。ひりひりと痛い。結構本気で痛い。
首をかばった指は糸の跡が白い溝となり、新しい手相になった。

おだやかなたこあげにこんな危険が潜んでいたとは。
息子が突然必殺仕事人になる日がくるとは。

その後も現実と理想のギャップに苦しみながら、ちのは何度か凧をあげた。
でも結局一番高く上がったのは、私の首を経由したあの時だった。


そして書き終えてから気づいたのだけど、分厚いコートをまとった腕で首を庇えばよかったのでは…。
そうすれば、新しい手相を作らなくても、ベンチから意図的に転げ落ちなくてもすんだのでは…。


どなたか同じ窮地に立った場合、参考にしていただけたら幸いです。

そしてどうかみなさま、正月に現れるたこあげ必殺仕事人にお気をつけくださいませ。

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