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ささやかな好意を交わして、これからもこの町でいきていく

この町に来て、一年になる。
水仙、椿、梅、桜、藤、紫陽花、朝顔、葛、曼珠沙華、金木犀、菊。
緑豊かなこの町で、植物の栄枯盛衰のひと回りを見届けた。
とても満ち足りた気分。

***

2年半前、だんなの転職により東京から静岡に引っ越しが決まった。
引越しまでのタイムリミットが近づくにつれ、私は中島みゆきを恨んだ。

〜♪なつかしい人々 なつかしい風景 その総てと離れても あなたと歩きたい♪〜

新婚のころやっていた朝ドラの主題歌「麦の唄」。私はこの歌詞の状況に憧れを抱いていた。私だってそのくらいだんなが好き!って主張したかった。(誰に?何故?今や分からぬ新婚ハイ)

だから転職を決意しただんなに
「やりたい仕事を見つけてね!日本全国どこでもついていくから!」
と言ったあの頃の馬鹿な私よ…この歌詞に酔ってはいかん!綺麗事ではすまないやつだぞ!

中島みゆきがかっこよく歌ったせいで、誰も知らない遠方に行かねばならぬとは…くそー、中島みゆきめ〜!うますぎるんだよ、歌も詩も!
って、完全な逆恨み。ごめんなさい。好きです。

* * *

泣いても笑っても引っ越しはやってきて、8月のある雨の日、ご近所さんやママ友に見送られてべそべそ泣きながら新天地に向かった。

築40年という年季の入った一軒家から、快適な新築マンションへ。

駅チカで大きな公園もすぐそば、巨大なショッピングモールも近くにある素敵なマンションだった。

が、便利な家も立地も、自分を幸せにはしなかった。

ここにも少し書いたが、新しい知り合いを作ろうと努力したものの、どうにもうまくいかなかった。孤独だった。
たまに誰かとお話しできても、超絶イヤイヤ期の息子が鼓膜を破壊するような叫び声をあげて阻止してきた。時々行くパン屋さんとの会話が救いだった。

引っ越して二か月して、二人目妊娠が判明。つわりになり、寝そべりながら息子の相手をするのがやっとの日々に突入。

前より広い家だから新しいママ友とたこパとかしたいなぁ、なんて思っていたのに、誰も訪れる人はなかった。レゴがまきびしのように散乱するばかりだった。

***

里帰り出産にかこつけて四ヶ月実家に帰った。
この間まで住んでいた築40年の家が、今や私の実家になっていたので(事情は割愛)、ママ友や親子広場の人とも再会できて最高だった。
会いたい人に会いまくるアクティブ臨月妊婦になった。

無事子供も生まれ、一ヶ月検診も過ぎ、静岡の家に帰る時期になったが、何故帰らねばいけないのか分からなかった。

向こうにはだんなと快適な家がある。
それだけ。他に何もない。

ごめん、だんな。
私は麦の唄のようにはいかなかった・・・。
懐かしい風景と懐かしい人々の方が大きかったかもしれない・・・。

そんな気持ちを抱きつつも仕方なく、またべそべそ泣きながら迎えに来ただんなの車に乗った。気分はかぐや姫。

***

「実はさ、家を買おうと思うんだけどさ、どう思う?」
その帰りの車の中で、だんなはばつが悪そうに切り出した。

たそがれていた私は、気分をぶち破るだんなを冷たい目で見た。
東京のあそこ以外なら、もうどこだって同じじゃん、とやけくそで
「うん、いんじゃない」と言ってみた。

すると、
今のマンションでは知り合いも出来ずつらそうだし、来春長男が幼稚園に入るまでに定住しよう。
候補地は災害に備えて地形から考えて三ヶ所あって~
新築分譲より、リノベーションで~
この市だと子育て支援が~
・・・とだんなは次から次に話を繰り出した。

ああもう、だんなは既に密かに調べまくっていたようです。


***


頭が家に取り憑かれているだんなに、それからずっと私は腹を立てていた。 

産後で心身ともにキツくて、長男はイヤイヤ期と赤ちゃん返りが酷くて、毎日をやり過ごすだけで大変なのに、なんで今それ???
調べものや不動産屋とのやりとりで消えていく時間で、子供の面倒をみてよ!!!
私に自由時間をくれよ!!!

産後の感情の昂りは全てだんなへの憎しみに向かった。

「もう無理! もう私、産後うつになると思う。もうなってるかも!!」
産後うつになるなる詐欺を何度も使った。いや、その時は本気だったけどね。

そのたびにだんなは、
「マンションより一軒家の方が人と接しやすいし、きっと今よりよくなるから。そのためもあって、家族のために頑張ってるんだから分かってよ」
とある時は優しく、ある時は怒って言っていた。(気がする…産後のため記憶曖昧)


***


二週間ほど経った八月はじめ。候補地を見に行くことになった。気が重い。
大事なことだと分かっているけど、どうでもよく思えてしまう。
目先の事しか考えられない。

たとえば車内で泣き叫ぶ長男をなだめること。

「つまんないー!あきたー!もうやだー!」
車内で延々と泣き叫ぶ声は、耳と気持ちに突き刺さる。
チャイルドシートが二つ並ぶ隙間に挟まって、グミやラムネやオモチャやらを詰め込んだ袋を漁って機嫌をとる。
一刻も早く着いてほしい。終わって帰りたい。とっとと夜になって寝てほしい。
そうして毎日早回しを願ったら、人生早く終わるだけじゃん…でも願わずにいられない。

二件の候補地を見て、三時間。もうげっそりしていた。
家も周辺の環境もイマイチで、ここが終のすみかになるかと思うとぞっとした。

最後の三件目に到着。
「ここはきっと気に入ると思うよ。」
だんなの自信ありげな発言に、そうやすやすと気にいるもんかと天邪鬼になる自分。

が、周囲の可愛い家々と、広い庭を見ただけですっかり気に入ってしまった。
一年間放置された庭は荒れていて、ススキやセイタカアワダチソウが茂っていた。それでもブルーベリーが暑い中頑張って実を数粒つけていた。メヒシバやネコジャラシに覆われた花壇もあった。前の住人が育てていた花がひょろひょろとピンクに咲いていた。

ここなら住んでみたいな。この庭、好きだな。

久しぶりに前向きな気持ちが生まれた。


長男をセイタカアワダチソウと背比べをさせたら負けていて、一緒に笑った。
暑い日差しの中、次男を抱っこし汗だくだったが清々しかった。

「あらぁ、こちらに住まれるの? 小さい子の可愛い声がしたから来ちゃった」
お隣から温和そうなご夫婦が出てきて、にこにこと話しかけてくれた。70代くらいかな。
「ぼく、お名前は?いくつ?」

人見知りの長男はぶすっとして知らんふりを決めこんだ。
あれこれ長男に声をかけて促すも全部無視。

「いいのよー、急にびっくりしちゃったわよねぇ。でも子供の声がするっていいわぁ。こっちまで元気がもらえるわよ。」
おばあさんは嬉しそうに話してくださり、こっちも嬉しくなった。
まだ候補地を見ている段階で〜と話しつつ、気持ちは固まっていく。

「じゃあぜひここに来てよ。この町はねぇ、ほんっとにいい人ばっかりでね、あたし、大好きなの。ほんとにね、好きな人ばっかりなのよ」

おばあさんの言葉に、おじいさんは微笑みながら何度もうなずく。

ここにしよう。ここに住みたい。
長男が腕にぶら下がってくる重みに耐えながらすっきりと決心した。

本当にいい人ばかり住んでいるのか分からないけれど、そう思って幸せそうなお二人の隣人になりたかった。

***

その後もあちこちのリフォームやら契約やら、慌ただしい日々が続いた。(実務的なことは一切だんなに任せたので具体的には分からない)

水回りや壁紙の分厚いカタログに囲まれて、決断することの多さに私が逆ギレするたび、だんなは言った。
「ほら、もう少しだから。あの二人のお隣さんになりたいんでしょ!」

ああ、そうだった、頑張らなきゃ、とそれを聞いて落ち着いた。


余談だが、だんなはよく分からないところで頑張りすぎていた。3D CADで部屋を全て再現しようとしていた。あらゆるもののサイズを測っては、それを仮想空間に置いていった。
「炊飯器の丸みがうまく出ないんだよなぁ」
と早朝4時から苦労していた。
ソファや机を買う際にそれなりに役には立ったかもしれないが、あれは趣味だったと思う。
あと、引っ越し一週間前に表札作りに目覚め、イタリアから取り寄せたモザイクタイルを夜な夜な並べていたのも趣味だった…。

***

回想が長くなったが、一年前、そうしてここに引っ越してきた。

お隣さんはやっぱり優しくて、子供らをひ孫のように可愛がってくれる。(70代かと思っていたらもうすぐ90になるらしい!ずっとお元気でいてほしい…)
毎日のように庭でお話をする。
「ちのちゃん、あっちゃん、今日も元気ねぇ。いい子だねぇ。声を聞くとこっちまで元気がもらえるわぁ」
そう言ってくださるたび、泣きたいような嬉しさがこみあげてくる。

春、うちの庭でおしゃべりしていたら、お隣のおばあちゃんはてんとう虫を見つけた。
「うちにもいっぱい出るからね、どんどんやっつけるのよ」
と彼女は迷いなくてんとう虫を踏み潰した。

それを見ていた長男ちのは
「ちの、てんとうむし、すき…」とぽそっと言った。

お隣のおばあちゃんはそれを聞いて驚いて慌てて言った。
「まああ!そっか、ちのちゃん、てんとう虫好きなのね。ごめんなさいね、どうしましょう!」
そうして忙しなくご自分のお庭に戻ると、てんとう虫を何匹も捕まえて、またこちらに持ってきてくれた。春の間、何度も何度も。

おばあちゃんの手からちのの手に、そっと手渡される動作を見守るのが好きだった。

夏、ドアを開けると葉の茂った枝が置かれていることが何度かあった。その葉にはセミの抜け殻が何匹かついている。ちのは嬉々としてそれを集める。
ごんぎつねの仕業ではなく、これもお隣のおばあちゃんからのプレゼントだ。

ここに書いたのだが、家でセミの羽化を見ようとして、失敗した。罪悪感でしょんぼりしながら、お隣のおばあちゃんに顛末を話したのだが、
「そう!ちのちゃんはセミのぬけがらが好きなのね!うちの庭にもいっぱいあるわよ!」
と意外な反応が返ってきた。

以後、我が家にはセミのぬけがら付きの枝が現れた。
羽化の失敗という苦い思い出にとぼけたエピソードがくっついて、少し救われた。

***

お隣さんの言うとおり、ご近所の方々もとてもあたたかい。
庭のさくらんぼを枝ごと手折ってくださったり、図書館が休館になった時に絵本を貸してくださったり。いつも優しさをいただいている。

幼稚園の送り迎えの際に「ちのくん、いってらっしゃーい!」と声をかけてもらうだけでうれしくなる。引越し前の孤独だった自分がその度に救われる。

ここに越してきてよかった。



家の前には町の共同花壇。パンジー、ビオラ、ノースポールがまだ遠慮がちに咲いている。

去年見た花壇を、今年は自分も協力して作った。
地中にはチューリップの球根。まだ芽は出ていないが、春には桜の吹雪の下で、今年も見事に咲くだろう。
これから毎年それを見たい。そのために自分も動きたい。


ささやかな好意を交わして、これからもこの町でいきていく。



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