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布団から出たくなかった私を起こしてくれたのは


「うわっ!もう9時じゃん……。やらかした。」

時計の針が、何度見ても9時であることを示している。早く設定しているわけでも止まっているわけでもなく、日本時間の朝9時である事実には変わらない。

12月半ば。暖冬と言われながら、しっかり寒く冷え込むようになったここ数日の朝は、自分のダメダメさに落胆しながら目が覚める。別に何時に起きようが誰にも迷惑はかけないのだけれど、何となく、眠りにつく前の自分のなかでは、翌朝6時に起床、6時半に読書したりストレッチしたり、ほっと一息つく時間やジャーナリングの時間を過ごして、8時から仕事を……という理想を描いて眠りにつくのだが、どうもうまくいかない。

31回目の冬を迎えているのだけれど、未だにこの布団のぬくもりから抜け出す術を身につけられておらず、むしろ冬至の前後は異様に眠い。


こんな数日を過ごしていた私。でも今日は、5時半に奇跡的に目が覚めた直後、海辺でラジオ体操があることを思い出した。


今年の夏から移り住んでいる海の街では、毎朝6時半からラジオ体操が開催されている。なんなら、6時20分から前入りした近所の整体の先生がストレッチを教えてくれているものだから、近所のお姉さま、お兄さま方がざっと見ても30人くらいはゆるく集まり、そこで顔を合わせるのが恒例になっているそう。

11月、友人が泊まりに来た時にたまたま朝散歩に出かけた時に居合わせ、一度だけ参加したことがある。

平均年齢50歳くらいのなかに20代の見た目の女性が4人も来たものだから「おはようございます」「初めて来たの?」と次々と声を掛けられた。でも、好奇心で詮索するというよりも、単純に挨拶するくらいの、嫌と言うよりもむしろ嬉しい言葉を交わす時間に、そのフレンドリーさもいいなぁと思ったのをふと思い出した。

「あ、今日なら行けるかも。」

よし、行こうと思ったその一瞬、布団への恋しさや睡魔に襲われる前に身体を起こした。


化粧もせず、服も身軽で温かさ重視のおしゃれとはいえない格好で出たけれど、不思議といつもの「しっかり整えないとだらしがない」と自分を責める声も聞こえなかった。むしろ、朝から化粧バッチリで綺麗すぎる身なりをしては浮いてしまうだろうなとも想像できたからだろう。その安心感も、なんだかすでに心地がよかった。


海まで続く10分のいつもの道は、まだ朝焼けを迎える前の静けさと暗さだったけれど、街灯がオレンジ色を濃くして道を照らしてくれていた。いつもの道なのに、まるで別世界。当たり前だけれど、私がいつもなら眠っている時間も、こうして世界は美しく移ろいゆくのだなぁと心が躍った。

6時30分。浜辺につくと、20人くらいはいるだろうか。すでにストレッチが終盤を迎えていた。


「ラジオ体操第一!」

海を正面に、波音は静かに、少し遠いところから聞こえてくるくらいで、冬の澄んだ空気がラジオの声をクリアに届けてくれる。この静かのなか、沢山人がいるのに周りを気にせず自分の身体だけに目を向けられる時間が心地よかった。

ひとりだけど、ひとりじゃない。名前も顔も知らないけれど、そのちょうどいい距離感で生まれる一体感にもささやかな喜びを感じながら、まるで瞑想するかのように身体を動かした。(ちなみに、ラジオ体操は第二まで続く。これがまた、寒く強張った身体が伸びて、ほぐれていく感覚が気持ちよかった。)



帰り道、ふと布団から出たくなかった私を起こしてくれたのは、そこで待っている人がいるという約束があったからなのかもしれないと思った。

厳密にいえば約束なんてものはないけれど、まるで待ち合わせをするかのように、その日、そこで挨拶を交わすことが想像できていたから「その場所に行きたい」という私の感情が身体を動かした……かもしれない。

住む場所も、名前も肩書も関係ない。ひとりの人として、そのまんまでそこにいられる時間がある安心感と心地良さが、すごく豊かだなと思った。


「クリスマスイブにラジオ体操って、なんか面白いね」

もうひとりの自分にツッコまれたような気がして、思わず笑った朝の7時。今日はすでに良い一日だ。

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