でんぷんチート(小説のおまけ)

でんぷんチート

 連載中の小説のおまけだよ。どちらかと言うとこちらが本編。これは二部「大賢者と商人」のおまけ。

 でんぷんチートは、とあるなろう系小説に出てきたヤツ。それより10万年前ですら作れたものが作れないってどういうこと?ここまで技術レベルが低い異世界人だと弓なき狩猟生活してそうだな。こういう義務教育の敗北をみつけてニヤッとするのがなろう系の醍醐味。

 それはともかく、現在確認されている最古のでんぷんはアフリカのモザンビークで発見された10万年前の高粱ソルガムでんぷんらしい。ヨーロッパでは3万年前。製法として分かっているのは古代エジプトのもので糊として使われていたらしい。

 日本人は1万年ほどドングリを拾って食べていたと言ううましかの常套句があるが、ドングリを食べるには粉にして灰汁取りをしないといけない。そして残る可食部の部分はでんぷんだ。ちなみに今の日本ではどんぐりを食べないが、日本海の西にある半島では今でもどんぐり粉を食べている。その中身の大半はでんぷんだ。それだけではなく日本の葛粉、蕨粉、本葛粉も中身はでんぷん。タピオカはキャッサバのでんぷん。また伝統的には小麦粉でんぷんの浮き粉も使われている。つまりでんぷんは食が乏しいとき、食べられない木の根やどんぐりを食べようとした結果発見された産物であり、万年単位で古い代物だ。こんなものでチートしようと思いついた作者の脳みそをのぞいてみたい。

 ちなみに、でんぷんと言ってもブドウ糖(グルコース)が多重結合したものなので作物により性質がかなり変わる。用途に応じてでんぷんを使い分けるのはその関係だ。コーンスターチや小麦でんぷんは滑らか、ジャガイモでんぷん(偽片栗粉)は雑に大味な感じ。

 そういうわけで、旧石器時代の異世界人相手にチートして何が楽しいの?と言うのがでんぷんチートの素直な感想。

ブドウ糖チート

 これをブドウ糖にしようとすると難易度は一気に上がる。Dr. Stoneと言うコミックでは硫酸を加えて加水分解し、後で硫酸をアルカリ(使っているものは猛毒)で中和すると言う割と危険な手段でブドウ糖(グルコース)を作っている。硫酸ではなく、塩酸や硝酸でも加水分解は可能だ。この方法の最大の問題はできるだけ安全な酸を使い、中和に使う物質も安全な塩基を使い、中和した後の物質は、なるべく水に溶けず毒性の小さい物質である必要がある点。例えば塩酸を使い、炭酸ナトリウムで中和する方法は比較的安全だが砂糖と塩が混じった液体が出来て分離が面倒。

 調べたところ塩酸の場合、条件をみたすのが塩化銀ぐらいだが塩化銀を得るのが難しい。硝酸は、ほとんど手に入らないと言う設定があるので除外。硫酸の場合、硫酸バリウム、硫化水銀、硫化ランタンが水に溶けにくいらしい。そうすると天然で手に入る中和剤は炭酸バリウム(毒重石)しか無い。

 比較的無害な方法にはシュウ酸を加えて加熱したあと炭酸カルシウムを使う方法があるらしい。シュウ酸はホウレンソウなどに含まれているので食べられなくない。炭酸カルシウムは貝殻。さらにシュウ酸カルシウムは極めて水に溶けにくいので、比較的安全に砂糖溶液が得られると言う訳。しかし、シュウ酸カルシウムが山芋のかゆい部分や結石の主成分なので完全に取り除く必要はあるので活性炭とかイオン交換膜を使うらしい。

 なお麦芽糖(マルトース)までなら唾液、大根の汁、麦芽に含まれる酵素(アミラーゼ、ジアスターゼとも言う)で出来るので、麦芽糖で十分なら硫酸を使うデメリットの方が大きい。

 しかし一口に糖と要っても種類によって甘味が違う。ブドウ糖は、砂糖の74%程度の甘さしかない。そして舌に残る感じの甘さがする。一方、果糖(フルクトース)は砂糖の1.7倍ほど甘い。そして、つんざくような甘味がする。果糖のつんざく甘さが嫌いなので最近のフルーツは嫌い(これは個人の感想)。砂糖は果糖とブドウ糖の中間の性質を持つ。

 閑話休題、麦芽糖はブドウ糖より更に甘くなく、砂糖の35%らしい。そのため砂糖に近い甘さにするにはブドウ糖まで分解しないといけない。ところが麦芽糖をブドウ糖に分解する部分。これが難しい。麦芽糖とブドウ糖に分解するマルターゼと言う酵素だがこれは小腸から取り出す必要がある。唾液や膵臓にも含まれているし、酵母や植物にも含まれているはずだが調べても漠然としか書いていない。漠然としか書いていないと言うことは生物由来のマルターゼが大量生産しにくいと考えられる。イースト菌から抽出できるらしいが、イースト菌は糖をアルコールにしてしまうからブドウ糖だけが欲しい用途に向いていない気がする。そうすると少なくとも20世紀の生物工学の知識と実用可能な酵母菌が必要になる。日本における酵母によるブドウ糖製造は1959年とされており、中世どころか近世でも製造難易度は極めて高い。

※ 蛇足だけど、中世ヨーロッパのパン屋の帳簿を見るとイーストがある。つまりイーストは中世でも普通に売っている(中世後期の話)

果糖チート

 更に別の酵素を使うとブドウ糖から果糖が作れる。果糖ブドウ糖溶液と言われるものは、ブドウ糖から果糖を作ったものを利用している。これは1960年代ごろには実用化されたがコストの問題で普及は1970年代になる。もともと代用砂糖の研究で産まれたものなので当然砂糖より圧倒的に安い。しかし、果糖の甘味は温度に左右されるため、冷たい飲み物向きで料理向きではない。

 ちなみに希少糖は、ブドウ糖から果糖を作るプロセスの延長で作れる。

 単糖類の多くは、$${C_{6}H_{12}O_{6}}$$か$${C_{5}H_{10}O_{5}}$$の分子式で記述できるが($${C_{3}H_{6}O_{3}}$$、$${C_{4}H_{8}O_{4}}$$、$${C_{7}H_{14}O_{7}}$$もある)、その種類は50種類を超える。うち人間がエネルギーとして使えるのはDーグルコース、Dーフルクトース、そしてDーガラクトースぐらい。それ以外は、ほとんどエネルギーとして使えない。しかも生物界に存在する糖類の99%はDーグルコース(ブドウ糖)なのでブドウ糖が結合しているでんぷんをチートの材料として使うのは理にかなう。

砂糖チート

 問題はここから、酵母を利用することでブドウ糖から果糖が作れるが、ブドウ糖と果糖から砂糖が作れるかと調べてみたら実用化出来ていない模様。どうもブドウ糖と果糖を結合するプロセスは、ブドウ糖にヌクレオチド二リン酸を結合した、NDPーグルコースとDフルクトースと結合するため技術的に難しいらしい。そもそもヌクレオチド二リン酸をどこから持ってくるかと言うところで止まっている。ただヌクレオチドはRNAの構成分子のため生物工学でどうにかなるかも。いくら作れても砂糖より高ければ意味が無い。

 それではサトウキビ以外で砂糖が作れるか調べると甜菜がまずあげられるが、甜菜糖は18世紀の産物。これは甜菜に含まれる糖と砂糖が同じものだと分からなかったのもあるが、採算があわないと事業として継続できない。今、甜菜から砂糖を作られているのは大陸封鎖時にナポレオンが甜菜から砂糖を調達しようとしたのが最大の要因らしい。砂糖の輸入も止まったので、自前で調達した方が安くなった結果と言える。甜菜は、サトウキビ・プランテーションが出来る前なら余裕で採算合うかも知れないが品種改良が必要。今の甜菜は糖度16ぐらいだが18世紀は1だったそうな。

 これら以外で砂糖が調達できるかと言えば、二種類発見した。1つは砂糖モロコシ、これは第二次世界大戦時に日本が実験したが採算が合わないので辞めたらしい(人工甘味料が安く作れたのも原因かも)。どうも果糖が多く混じっているのも問題らしい(果糖は結晶化しにくい)。ちなみに今有る品種でシュガーソルゴーは糖度17%ぐらいなので甜菜と糖度は大きく変わらない。しかし、砂糖が75%で、ブドウ糖と果糖が12.5%なのが問題で、結晶かしないとか。この辺りは一手間加えれば出来そうだが、この作物を作って採算が合うなら大規模栽培しているはずだが実際にはそうなっていない。甜菜より発見が遅れたのもありいくら予算をつぎ込んでも採算が合わない作物になっていた可能性が高そう。

 もう一つはにんじん。砂糖が3.5%しかない上にやはり果糖が混じっている。さらに色素をどうやって抜くのとか難題が多そう。しかも今の品種の話なので、恐らく品種改良しないと糖度が低い。

 砂糖は結晶化しないと意味がない。流体ならハチミツで十分だが、持ち運びが面倒臭いと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?