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李信の血統

 戦国時代の秦は国を強くするため独特の爵位制度を導入した。俗に二十等爵と呼ばれるものである。この爵位は貴族だけのものではなく庶民にも与えられていた。そして戦争で功績をあげると爵位があがるようになっていた。これにより戦争をモチベーションを上げ、秦は巨大な戦力を持つようになった。それ以外にも貴族の権勢を割く理由もあったようだ。秦にならぶ強国だった楚は呉起の改革の失敗ののち、滅亡まで貴族に足を引っ張られ続けた。

 しかしながら、この爵位制度、庶民と官吏は別に運用されていた。庶民がなれるのは8番目の爵位まで、それ以上は役人・貴族しかなれなかった。

 秦に貴族が存在しなかったと言うかとそうではなく、他国の様に明確に名前が挙がる貴族は存在しないが、世襲で役職につく豪族の様な家が存在した、王翦を筆頭にする王氏や蒙恬を筆頭にする蒙氏は秦において将軍を世襲していた一族だ。もっとも蒙氏は秦の出身ではなく斉の出身らしい。秦に関する記録は項羽が都ごと灰燼にしたため多くは残っていない。しかし、かつて貴族だった勢力がある程度の勢力を保持したことは確かなようだ。

 中でも名門とされるのが隴西李氏である。秦の時代の隴西李氏としては李信の名前があるが、記録は少ない。隴西李氏が名門として名を馳せるのは漢の時代に入ってからである、飛将軍と呼ばれた将軍李広、宰相に登り詰めた李蔡。悲運の将軍として小説のタイトルにもなっている李陵。これらは李信の子孫とされる。

 漢の史書にはその後名前が出てこなくなる。後漢に入ると没落していたようで三国志にも出てこない。しかし南北朝時代に入ると再び名前が出てくる。五胡十六時代に西涼と言う国を建てた李暠は李広の十六世孫とされているが嘘くさい。またこの李暠の子孫が唐の詩人李白である。

 この漢の超名門たる隴西李氏は、唐の皇帝にも連なることになった。唐が記録を残すとき、太祖李淵は、隴西李氏として李暠の末裔と名乗っていた。しかし実際は、李淵の祖父、西魏の武将李虎は鮮卑・大野氏を名乗っており実際には鮮卑族の可能性が高い。その親の李天錫の存在も定かではない。しかし李淵は鮮卑独狐氏の孫であり、隋の煬帝とは従兄弟だった。唐皇室の正統性は鮮卑独狐氏の血統にあり隴西李氏にはない。

 しかし、唐は歴史を捏造した。漢民族としての族譜を改竄したのだ。まず大野から李に変えるとに隴西李氏と称した。そして隴西李氏の中でも知名度の高い李広とつながるように族譜が改竄された。李広につながるから自動的李信の子孫になる。

 族譜の改竄はここに留まらず、道教を国教とした唐は、老子とも結びつけた。そのため李信は老子(李耳)の子孫にされた。ここで不整合が起きる。

 老子に関しては史記に以下の様にかかれている

老子者,楚苦縣厲鄉曲仁里人也,姓李氏,名耳,字耼,周守藏室之史也。

史記 老子韓非列傳第三

 姓が李、氏は不明、出自は周守藏室之史となっている。つまり老子は周王室に使えて蔵書の管理をしていた官僚だったと言うことになる。

 しかし、隴西李氏の族譜では、顓頊高陽氏の子孫で、嬴姓を名乗っていたとある。つまり姓は嬴、氏は李になる。春秋・戦国時代まで、姓と氏は明確に別れていたので、姓が李である老子とはどう考えてもつながらない。史記には、李耳の子の李宗が魏の大夫になったと書いてあるがこの一説も後から改竄された疑いがあるらしい。

 この時代の姓は出身部族を現すもので、氏は名字に当たるものと考えて良い。この名乗りは漢の時代には区別がなくなり氏だけが残る。

 問題は、隴西李氏の姓が嬴であることである。嬴姓を名乗るものとして嬴姓趙氏出身の秦王族と趙王族がある。これは秦と趙は親族である可能性を示唆している。隴西李氏の嬴姓は、この秦王族と同じ部族出身であること示唆してる。秦の一族は周の時代西戎と呼ばれていたものが定住して叙爵されたものと考えられるから、この定住部族の末裔だと考えられる。隴西李氏もこの部族の中で名門に位置していたと考えられる訳だ。

 つまり、キングダム最大の設定である信が、姓が無い下僕自体が大嘘のなのだ。彼は国王につながる名門貴族出身で上級国民だったのだ。そうでもなければ碌な功績もない、ぽっとでの将軍が若くして20万の大軍を率いる権限など与えるられるはずもない。史記の記録では李信の功績は、王翦・蒙武・桓齮を別格としても端和・羌瘣・王賁・辛勝・內史騰以下である。――にも関わらず楚攻略の総大将になっている(失敗しているが)

 なお、その手の怪しい資料によれば、李信の祖父は李崇で秦の隴西太守、父は李瑶で秦の南郡太守とある。名門である。

※ そもそも中国の場合、姓が無い方が考えにくい下級民は姓あり名なしが普通。なお朝鮮の奴隷には姓も名も無い まぁアレはファンタジーだから歴史との整合性はどうでも良いいけど

#中国史  


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