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時の流るるはあなたと共に≪②≫

そんな平和な毎日を送る私たちの町に隣国が領土拡大の為、侵略してくるのではないか?と言う変な噂話が流れた。町中少しざわついたが、どうせただの噂話だろうとすぐ収まってしまった。例え戦争が起きたとしてもこんな小さな町に迄、戦火の影響などあるはずがないと他人事の様に聞いていた。そんな噂話の事などすっかり忘れたある日の夜、畝宗が『今日、12年に1度の流星群が空に現れるから行ってみないか?』と私を誘ってきた。私は流星群を見るのが初めてだったので喜んでその誘いを受け入れ2人で家をこっそり抜け出し、小さな丘までドキドキしながら見に行った。
丘につき見上げた瞬間私は息をすることを忘れてしまった。目の前に広がる幻想的な光景は今まで見てきた星空なんか比ではない程、空一面が無数の流れる星達で埋め尽くされていた。見ているこっちまで今にも飲み混まれていきそうな迫力にただただ目を奪われるばかりだった。今思い出して見てもあれ以上の光景を見ることはなかった。
連れて来てくれた畝宗に心の中で『ありがとう!』と叫びながら感謝していると、
『爾杏。』
と、畝宗に呼ばれた。まさか心の声が聞こえてしまったのか?とビクッとしながら振り向いた。 すると畝宗は私に検討外れの質問を投げかけてきた。
『爾杏はさ、将来の夢とかある?』
『何よ、急に。いきなり聞かれても考えた事ないからわかんないよ。』と、少し動揺を隠しながら月並みな返事で返した。
『畝宗はあるの?将来の夢。』
『俺?あるよ。』
『えっ?なになに?』
『今はまだ教えない。』と、薄っすら笑みを零しながら答える畝宗の横顔を睨みつけながら
『はっ?何それ。最初に聞いておきながら自分は答えないとかどうなの?』
と、膨れっ面になる私を見てまた涼しい笑みを浮かべる畝宗。それを見てさらに腹を立てるが何故だろう?すぐにその気持ちは消え去り何処か憎めない自分がいた。
最近少し前からよく起こる感情だ。小さい頃とは少し違う畝宗への思い。小さく灯し始めた感情が初めて経験する恋だとも気付かずに過ゆく日常生活の中に埋もれていった。
そんな鈍感な爾杏に対して、先に自分の思いに気付いていた畝宗は鈍感で無邪気な爾杏の顔を見てはいつ思いを打ち明けようか様子を伺っては慌てなくてもいいかと自分を甘やかしその淡い思いを隠していた。2人で流星群を見てから程なくして、町中の皆の記憶から薄れ始めたあの噂話が現実のものになってしまった。時間がそうかからなく本格的に戦争が始まるらしい。爾杏の胸はざわついた。今はまだでも戦争が長く続いてしまったら、きっと町の男の人達は駆り出されてしまう。そしたらもちろん、畝宗も行ってしまうに違いない。そう思った爾杏は居ても立ってもいられなくなり、夢中で畝宗の許に駆け出していた。
『畝宗。畝宗。』
畝宗を見つけると大声で名前を叫びながら畝宗の許に駆け寄り戦争が始まってしまう事を告げた。
息を切らせ必死に話をする私を、普段の世間話を聞くみたいに『うん。そうみたいだな。』と、落ち着いた返答が返ってきた。
『何で、そんなに落ち着いていられるの?もしかしたら、畝宗だって駆り出されるかもしれないんだよ!』
『落ち着けって。今からそんな心配したってしょうがないよ。今行け!って言われた訳でもないのにこの先どうなるのかなんてわかんないぞ。』
『そりゃあ、そうだけど、もし、戦争に駆り出される事になったらどうするのよ!』
『そうだな。俺だったら・・・逃げるかな。』と笑いながら答える畝宗を見て、拍子抜けてしまった私は心配 したことが馬鹿馬鹿しくなり、その場からまた走り出してしまった。
『バカ、畝宗。本当に心配したのに。何であんなに能天気なの!そんな奴は戦争でも何でも行ってしまえ!』と叫びながら走っていた。
今思えば、あの時の畝宗が言ったことは私を心配させない為のやさしさだったといことを後から気付かされる。
あの事がきっかけで私達はあまり一緒にいなくなっていた。正確には私が一方的に避けていたのだ。畝宗はいつもと変わらず接してくれるのにそんな畝宗のやさしさに素直になれないでいた。それから一か月程たったある日、爾杏は母親から畝宗が戦争に行くことを告げられた。私は頭の中が真っ白になりまだ何かを話している母親の言うことも聞かず家から飛び出した。
あの日と同じように爾杏は夢中で走った。またあの日と同じ、ただ唯一あの時と違うのは、『畝宗が行くかもしれない。』が『行ってしまう。』に変わってしまったことだった。
『私があんな事言わなければ、言わなければ、畝宗は行かなくて済んだのかもしれない。何であんな事思ってしまったのだろう?私のバカ。』走りながら自分を責め倒し夢中で走った。
何故だろう?今日はどこを探しても畝宗を見つけられなかった。いつもは何もしなくてもすぐ会えていたのにどこを探してもどこにもいない。爾杏の目から溢れる涙が止まらない。ようやく、畝宗を見つけると両腕を掴み、息を切らしながら訪ねた。
『ハァ、ハァ…ハァ…畝宗。畝宗。』
『どうした、爾杏、落ち着けよ。どうしたんだよ。』
『……どうした…じゃ…ないわよ。どうしたじゃ。戦争に行くって本当?嘘だよね?行くなんて冗談だよね?』
『………お前、耳に入れるの早いな。本当だよ。俺、戦争に行ってくる。自分から志願した。』
『えっ?今なんて言ったの?……戦争に行ってくる?自分から志願?何言ってるの?何でそんな大事な事相談してくれないの?』
『お前、ずっと俺の事避けてたクセによく言うよ。それにお前に言ったら、絶対行くな!っていうだろう。』『言うわよ!行くな!って、絶対言うに決まってるでしょう!』
『爾杏。とにかく落ち着け。爾杏には自分の口から言うつもりだった
。あのな、俺が行かなかったら他の誰かが行かなきゃならない。そしたら今の爾杏みたいに泣く奴がいる。そんな事俺はしたくない。それに自分から志願すれば自分の家族の生活の保障がされるんだ。何にもない俺が唯一出来る親孝行だと思うんだ。爾杏だってもし反対の立場なら同じ事しただろう?』
余りにも真っ直ぐな思いを前に『それでも他の誰かが行って畝宗が行かなくて済むならそれがいい。』とは言葉に出せずただ泣き崩れるしかなかった。
『爾杏?まだ戦争に行っても死ぬと決まった訳じゃない。死なない保証は確かにないけど俺は死ぬつもりはないよ!必ず生きて帰ってくる。』
畝宗を掴む私の両腕を優しく掴み返す畝宗の温もりはより一層言葉の重みを伝えてくれた。
『……行かないで。私の為に行かないで。』と心の中で叫びながら、『……いつ行くの?』と正反対な言葉が口から零れる。
『……一週間後。』
『……一週間後?そんなすぐに行くの?』
あまりにも短い時間に驚き今までうつむいていた顔を上げて畝宗の顔を見つめた。
真っ赤な眼をしている私の顔を見て、流れる涙をやさしく拭いながら畝宗はゆっくりと頷いた。
『……どうしてそんなすぐに行ってしまうの……。』
『……早く行ってさ、俺が戦争をさっさと終わらせてくるよ。』とくしゃくしゃないつもの笑顔を見せた。
その笑顔はいつも不思議と本当にそうなってしまうから、だから今回もそうなるに違いないとその時の私は思っていられた。
畝宗がどんな思いでこの決断をしたのかは私なりに分かっているつもりだ。だからせめて今の私に出来る唯一の事をして送り出そうと私も精一杯の笑顔で誓った。

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