獄門島
ハロウィンから数日が経った。
すっかり聖地化した渋谷も規制のせいか大きな問題は起きず、ゴミも少なく済んだとか。
それにしても。
世の中には仮装好きな人がたくさんいて驚く。
テレビのインタビューを見ていても、規制に反対なのではなく仮装で街を歩けないのが寂しいのだ、とコメントする人を結構見かけた。
多様性の時代だ。
・・・
中学の運動会の時に仮装をしたことが1度だけある。悪魔だ。
黒のベレー帽をかぶり、首や腕部分だけをくり抜いた筒状の黒い布を着て、絵の具で塗って切っただけの雑な段ボールの羽根を背負い、思い思いに扮装した同級生たちと一緒に校庭を練り歩いた。
なんで悪魔だったのか今はもう覚えていない。
仮装行列には先生も参加していた。
自称"北関東の石坂浩二"だった社会担当のT先生は探偵・金田一耕助の仮装をしていた。
以来、T先生は生徒たちの間でひそかに「獄門島」と呼ばれることになる。
・・・
獄門島は、風変わりだけど面白くてやさしい先生だった。
しょっちゅう授業を脱線して、よく一人暮らしをしていた学生時代の頃の話をした。
フランスパンをくり抜いてラーメンを入れて食べたら美味しかったとか、部屋を訪ねて来た新聞の勧誘と大喧嘩した末に仲良くなって飲みに行ったとか、ビートルズの素晴らしさについてとか、親友の定義についてとか。
勉強とは関係ないけれど人生を豊かにするような小さなことを知らずにたくさん教えてくれた。
ビートルズに興味を持って聴き始めたのも、ラーメン入りフランスパンをいつか試してみたいと思ったのも、獄門島がきっかけだ。
不思議なことに社会科目を筆頭に、自然と成績もぐんと上がった。
・・・
あの日。
あの運動会の仮装行列の時。
はかま姿にチューリップハットをかぶり、古びたトランクをぶら下げて悠々と歩く獄門島の姿は、背筋がしゃんと伸びて優雅で、なかなかに素敵な金田一ぶりだったと今も思っている。
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