『フィスト・ダンス』 第114回 「スタミナアップだ!」

<新たなトレーニングを>

晩秋の澄み切った風が、熱った体を心地よく吹き抜ける。
土手を上がった道路にポツポツと建てられた街路灯の光が、|微〈かす〉かに地面を照らしていた。

あたりは真っ暗闇の土の上を、翔太は一人で走っていた。
後世、シャトルランと|洒落〈しゃれ〉た名前が付けられたが、この時代にそんなものはなく、ただの「30メートルダッシュ」だ。
既に40本を走っていたが、走り始めて10日目、初めの頃とは見違えるほど体力が向上している。

当時、スタミナアップには長距離を走るのが定番、というより、それしかなかった。
だが、翔太にとっては納得がいかないトレーニングだった。
長距離走は、動作も運動も一定の定常状態でしかない。
格闘は違う。自分の戦術、相手の出方に応じて、ラッシュに次ぐラッシュの時もあれば、ディフェンスの時もあるが、気を抜けないのが格闘たる|所以〈ゆえん〉だ。
それなのに定常状態で走っても、瞬発力の連続で構成される格闘に必要なスタミナは向上しないのではないか、というのが翔太の思考だった。
必要なのは、次々に攻める時にも力を発揮できる、瞬発力を維持できるスタミナだ。

そうして考えついたのが、30メートルダッシュだった。
ポイントは、ペース配分なしで、初めから全力疾走すること、その本数を伸ばすことだ。
ペース配分などしていては意味がない。相手は合わせてなど、してくれないのだから。
多人数や、真に強い者を相手にする時は、最大パワーを長く維持することが優位につながる。
どれだけ攻撃しようと、十分なスタミナで、パワー、スピードが衰えなければ、いくらでも相手を倒せるはずだ。
そのためには一本ずつ、全力で走り続けるしかなかった。

そう考えて、毎晩、自宅から10分ほどの|高良〈たから〉川の堤防沿いのグラウンドを走り始めたが、10日目になると、その効果の大きさがはっきりとわかった。
初日は20本目くらいで、具合が悪くなった。
日頃から鍛えているのになんてことだ、と愕然としたが、走り終えてから次を走るまでのインターバルが30秒なのだから当然だ。
それに気付いて45秒にしている。
運動量としては連続で100本のパンチ、蹴りよりきついくらいだった。
短距離の全力疾走とはそれくらい体力を使うのだ。

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