『フィスト・ダンス』 第138回 「留置所展望」

<俺も泊まりたい!>

「おっ、兄ちゃん、なんだ、その長ランは。総番長、菊山翔太って兄ちゃんのことか?」

向かい側の中年の角刈りのヤクザが目敏めざとく見つけた。

「はい、そうです」
「おおっ、兄ちゃん、大中の総番かよ。じゃ、この街の王者だよな、大中だからな」

今度は二つ隣の先輩だ。

「そうです。この街の王者は俺です」

翔太は迷いもなく、きっぱり言った。

「兄ちゃん、がらがこまいのに強いのか?」
「はい。鍛えまくっているので」
「ほお、鍛えてるってか。どんな感じでよ?」

角刈りの男に問われて翔太は立ち上がり、左右の前蹴りを5発ずつ速射してみせた。スピードも早く、ピタリ、ピタリと決まるのを見て、角刈りの男は、「ほおおっ、この兄ちゃん、速いぜ。型になってるしな」と感心して目を細めた。

「兄ちゃん、ちょっともう一回見せてくれや」

今度は管理の警察官だ。

翔太は、その警察官に向かって前蹴りを連射した。重心の軸もぶれず、一定のスピードで繰り出される蹴りは、明らかに年季が入っていることを示していた。

「空手だろ。段持ちか?」

「いいえ、武道は一切やりません。オヤジが、ただのステゴロだけで強くなるのが本当だって言うので。本当はやってみたいけど」

「へええっ、やってなくてこれか。きっちり型になってるし、速いよな。中学生だろ。これは強いや」

警察官は腕を組んで唸っている。そんな話を、ひとしきり、その場の男たちとした後、翔太の先輩というヤクザは、なつかしそうに口を開いた。

「ガンちゃんて知ってるか?」

「浅野先生ですね、元総番で空手の」

「おお。今もいるのか?後、イツコ先生に、片桐先生か」

「はい、みんな元気です。生活指導をやっています。先輩の時、ハギー、萩原先生っていませんでしたか?」

「ああ、いたいた。柔道の。ガンちゃんの舎弟だった奴だろ」

「そうです」

「なつかしいなあ。大中はよお、気合いの入った先生じゃねえと務まんねえから、異動もなかなかないんだよな」

男の声は、いかにもなつかしさにあふれていた。世間は狭いというか、ワルの世界は狭いのだ、翔太は感心している。
夕食の時間になると、これまた有料で頼んでいる弁当のおかずが弁当の蓋の上に山盛りになって届けられた。

「兄ちゃん、食べ盛りなんだから、バンバン喰えや。足りんかったら、まだあるからな」

声を掛けてくれたのは先輩だ。翔太は明るく返事をしておかずの揚げ物に箸をつけた。

留置所の官給品の弁当は予算削減のために大したものではない。が、有料の弁当は食中毒防止のため、ほとんどが揚げ物、ハンバーグ、肉類だ。
翔太は鶏の唐揚げと海老フライと肉で夕食をすませた。なかなかの味だった。
礼儀正しく、ごちそうさまでした、と返すと、男たちは極道とは思えない笑顔で、「喰ったか?」と応えていた。
世間では怖がられているヤクザも、こうして接すると、明るくて面白い人が多かった。

夕方の6時30分になると、各自で布団を房に運び入れる。布団は古く、きれいとは言えなかったが、気にならない。

「兄ちゃん、歓迎会、やってやるからな」

先輩が房の前を歩く翔太に声をかけてくれた。歓迎会?ってなんだろうの翔太だが、じきにわかるだろう、と待つことにした。

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