『フィスト・ダンス』 第148回 「自分にしかなりえない何者かになる」

<何者かって、なんだ!?>

「ええ?自分にしかなりえない何者か、だってえ。それ、なんだ?」

トミーの両の眉が上がると、隣のマーボは、首を捻っている。『マタドール』の奥の院の席には、翔太が壁を背負うように立ち、向かい側にマーボとトミーが50センチばかりの距離を置いて座っていた。

「俺には、はっきりこれだ!とはわからんけど、自分にしかできない生き方をして、自分にしかなれない奴になるってことだ。俺にしかなれない奴になる」

数日前、翔太はロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』という長い長い物語を読了し、主人公のクリストフの真っ直ぐで嘘がなく、己の意志、初志を貫徹する生き方に深い共鳴を覚えたばかりだった。
その話を、放課後の『マタドール』で、無二むにの友であり、側近のマーボとトミーに話していた。この両人なら、その真意がわからずとも構わないという信頼感からだ。
他のメンバーも信頼しているが、翔太の胸の奥の領域に最も深く入り込めるのはマーボとトミーだ。マーボに至っては、話してもわからないであろう、それでも、こいつはいいのだ、という思いがある。

「ジャン……なんとかって面白いのか、小説だろ?」

トミーの片眉が上がった。

「そうだ、小説だ。俺には面白かったし、正直で真っぐな生き方に映った。友情にも厚い少年が主人公だ。猪突猛進ちょとつもうしんのところがいいんだ」

主人公のクリストフは、思い立ったら真っ直ぐ進む少年だった。さまざまな障害や常識をものともせず、己のこころざしを遂げんとばかり奮闘する様子が、若い翔太には小気味よく映っていた。

「ふーん、じゃ、俺も読んでみっか。長いのか?」

「長い。でも退屈したり、飽きたりすることはないだろう、トミーなら」

「俺は?」

マーボが自分の鼻を人差し指で示した。

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