駐在員のミタ
駐在員のレシピ
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駐在員のレシピ

駐在員のミタ

世の中に海外在留邦人は135万人おり、そのうち永住者を除く長期滞在者が87万人いるそうだ。この数字には留学生および駐在員を含む。これだけ多くの駐在員がいながら、駐在員として成果を上げるための参考書のようなものが見つからない。実は身近な人に何かしら読ませたいと思って探してみたのだが、駐在員になるための解説はあっても派遣後の解説はあまりない。

駐在員は批判されやすい。だが十分に理解できる。高い給料をもらっているくせに、海外拠点で肩書を得て勘違いし、ヨイショされて気持ちよくなっている人をよく見るからだ。そんな彼らの一面だけを見て駐在員はナメているとは言われたくない。本来、駐在はもっとやりがいがあって大変な仕事のはずなのだ。誰にでも出来ることではない。

私自身について少しだけ紹介しておくと、欧州2か国目に滞在中の30代駐在員である。実は本記事は半年以上前にふと思い立って書いたものだがずっと眠らせてきた。私自身レシピとして公開するほどの自信はなかったからだ。しかし、世界のどこかに必要とする人がいるかもしれないと思いなおし、公開することにした。

日本では優秀だった人でも、駐在員として能力を発揮できる人と発揮できない人の明暗が残酷なまでに色濃く出てしまうことに、以前から疑問に思ってきた。ましてや発揮できない側の人が駐在先の権力者である場合、本人ばかりか周囲まで苦しむことになる。

何故、人事や経営陣は見抜けずに彼らを選抜してしまうのか。何故、駐在員のための教育プログラムがないのだろう。本社の人事ですら深く知らない海外企業に、駐在先での役割を曖昧なままポンと送り、それまで日本で部下の尻を叩きながらぬくぬくと現状維持で働いてきたおじ様に「さあ適応して結果を出せ」なんて言ったって出来るわけがないでしょう。そういう人事制度の甘さが駐在先の閉じた世界のパワハラなどの問題を生み出していることは間違いない。

言い忘れたが、私もそのパワハラに苦しんだ人間の一人でもある。そのパワハラをした個人を責めるつもりはない。海外に来たばかりでどう振る舞えばいいのかわからずに迷子になる気持ちも少々わかる。しかし、仮にも管理者として来ている本社の人間が、所構わず怒鳴り散らし現地企業で働く方々をリスペクトしない振る舞いは、日本人駐在員の信頼を著しく落とし、さらには本社の信頼をも落とすことになる。

放置すると事態はさらに悪化する。現地企業の事業は停滞し、競合他社に差をつけられる。本社からは理不尽にも評価を下げられ予算をつけてもらえなくなる。優秀な従業員は去り、企業としての競争力は低下する。最悪の場合、拠点を閉じることにもなり得る。誰がその尻拭いをするのか。現地企業に勤める人々、現地にいる他の駐在員、将来の後任駐在員である。苦労するのは本人よりも周りの人なのである。それを温情人事という言い訳で対処しないのは、はっきり言って本社の怠惰であると断言する。

だがしかし、このように不運なくじを引いてしまっても、そのような馬鹿野郎は無視して、腐らずに任務を果たそうではないか。立場など関係なく自力で何とかしようと思い、私自身踏ん張ってサバイバルしてきた。この記事では、そのような経験で得た思考法と任務を全うするためのプロセスを「駐在員のレシピ」として公開しようと思う。

同じような境遇で苦しんでいる方の一助になるだろうか。教育プログラムがないのであれば自分で作ればいい。この駐在員のレシピはいわゆる心構えと行動基準を体系的に整理したものであり、はじめての駐在を自力で生き抜いていくための教科書を目指している。ここで述べていることの本質は日本国内で自立して働く場合にも通じており、これからの日本を担うであろう若手会社員の方々にも是非読んで頂き、自分の仕事と人生について考えて頂きたい。なるべく詳しく解説するために長文となるが、ご容赦頂きたい。また、既に自分の信念を持っている方は役に立たないのでスルーすべし。

1.4つのレシピ
2.WHY「駐在員の存在意義」
3.WHERE「駐在任期中に目指すゴール」
4.WHAT「ゴールに向かうための具体的な課題」
5.HOW「課題に対する具体的な施策」
6.レシピづくりに最も大切なこと
7.最後に

1.4つのレシピ

駐在員に必要なレシピを理解しやすいように4つの要素に分けた。これらは駐在員として成果を生み出す為に越えるべき壁であり重要なマインドセットである。日本の伝統である細分化された縦割り組織では、組織の歯車となり事業の一部分の機能のみに集中しているため、自分が事業全体のどの部分で役に立っているのか見えにくい。

また、年功序列の縦社会では、事業全体の情報は見え難く若手が俯瞰的視野を持つのは極めて困難である。つまり視界が極めて狭く迷子になりやすい霧の中にいるのだ。これでは幸せな働き方はできないし、この視界のまま海を越えて別世界に行くとほぼ100%迷子になるであろう。

だから自分を導くための地図が必要なのだ。そして異国の地で駐在員として最高の料理を振る舞うためにはレシピが必要である。これは言い換えると駐在員としてのあなた自身の「ビジョン」であり、現地の人からは重要な評価のポイントとされることを付け加えておきたい。

さて、4つのレシピとは以下で構成される。

・WHY「駐在員の存在意義」
・WHERE「駐在任期中に目指すゴール」
・WHAT「ゴールに向かうための具体的な課題」
・HOW「課題に対する具体的な施策」

WHYは「そもそも駐在員は何のために必要なのか?」であり、駐在員の存在意義を問う最初の段階である。この意義をそもそも理解していないと判断基準がブレてしまうことは間違いない。しかし、このWHYを理解せずにスタートを切ってしまう人も少なくない。

WHEREは「どこに向かって業務にあたるのか」、つまりあなたが任期中に目指す目標、もしくはコンセプトを定義する段階である。個人の目標、現地企業の目標、本社の目標が全て絡み合って最終的に1つの方向を向いている必要がある。

WHATは「目的地に向かうには何をすれば良いか」を明確にする段階である。解決すべき課題を整理して重要度と優先順位をつける段階。この課題はWHEREと密接に繋がってなければならない。

HOWは「課題をどのように解決するか」という具体的な手段を決める段階。現地の強み弱みを理解し、全体最適も考慮した合理性と戦略を持って決めねばならない。WHATとHOWの課題と手段のみに集中する人が多いが一貫性のない活動は現場を混乱させ逆効果になってしまうこともあり、WHYとWHEREの一貫したビジョンが常に必要であることは頭の片隅に入れておいて欲しい。私の失敗談について後に詳しく述べる。

この4つが整理されて出来上がったもの、それはいわゆる「ビジョンと戦略」「成長ロードマップ」などと呼ばれるものである(このノートでは「レシピ」と呼んでいるが。)。そしてそれはあなたが勤める企業の「事業戦略」の一部でもあり、企業の将来にも影響する。だからといってあなたが萎縮する必要はない。これは必ずしも経営者だけが考えるものではなく、従業員一人一人が考えた方が企業としては強くなるのである。そして多くの経営者もそれを望んでいるはずだ。私が勤める駐在先の開発所掌の副社長が私に語った内容を一部紹介しよう。

❝昔はこの会社はトップダウンだった。何をするにも考えるのはトップひとり、下のものは指示通り作業するだけ。プロジェクトは遅れ、事業は失敗し、優秀な人は皆去った。そしてトップが引退した時に現場は混乱した。「我々はこれからどうすればよいのだろう?」その時はじめて皆が自分の頭で考え始めた。我々企業は何のために存在するのか、何を顧客に提供するか、そのために何をすべきか、どのように実現するか。そして組織はトップダウンからフラットになり事業は成長し始めた。引退したトップがその後聞いてきた。「何故お前らは俺抜きで上手くやっているんだ?」それに対する私の答えは、「今の我々は頭脳がひとつではなく従業員の数だけある。だからうまくいっているのです。」❞

彼らが実施したことはまさにレシピづくりであり、このレシピに沿って製品を料理し顧客に提供したらファンがついた。さらに、この経験を元に彼らはレシピや料理法、厨房や道具を改良し、より良いものを提供していく。これらの一貫した活動は彼らの主体的思考から産まれた彼ら自身の強みである。そしてそれは一人の経営者が考えたのではなく、皆で考えて苦労して生み出したものである。経営者が実施したことは、最終責任者としてWHYとWHEREを決断し、皆が考えたWHATとHOWを整理して試行錯誤しながら改良してきただけである。

この事例から、あなた自身が駐在のレシピについて自分で考え料理していくことが重要であると納得して頂けただろうか。あなた自身がそのレシピを考えることがあなた自身の強みに繋がり、それは企業にとっても強みになる。そしてそのレシピを元に料理を振る舞った時、あなたは会社にとって重要な存在になるだろう。何故なら日本の多くの従業員は自分の業務範囲を超えた事業の課題について、そこまで深く考えないからである。

駐在員として、または会社員として、このレシピを持っている人と持っていない人の差は極めて大きい。駐在期間を有意義なものにするばかりでなく、個の能力と企業の底力を高め、共に成長するはずだ。自分が考えた通りに結果が出てくる喜びは何にも変えがたく、仕事が楽しくてたまらないだろう。また、結果が思うように出ずとも試行錯誤して目標を目指すプロセスも、夢中になれるものであり仕事のやりがいを感じるものである。そして駐在員は裁量権が大きいだけに、日本企業に在籍していながらも、このようなチャレンジをしやすい環境にいるのである。日本人である自分の手で故郷であるニッポン企業を強くしていく実感が得られるとても面白い仕事なのだ。

不思議とこのような熱心な姿勢は現地の従業員にも確実に響き、尊敬の対象となりフォロワーは増える。そしてあなたはパワハラで自己溺愛の馬鹿野郎に構っている暇はなく、どうでもよくなる。現地から尊敬される駐在員と敬遠される駐在員の差はこの熱意と行動力でもあり、本社からの評価もはっきりと二分化していく。

反対に、敬遠される駐在員は毎日を惰性で過ごし、本社からのメール依頼をこなすだけの毎日。何かに手をつけようにも現地の協力が得られずに上手くいかず、ストレスが溜まった挙句にパワハラやプライベート問題を起こす。残念なことにそのような行動はさらに現地の方の心離れを引き起こし、情報網からシャットアウトされ悪循環となってしまう。この段階まで来てしまうともはや手遅れである。これ以上の炎上を避けるため我々は本社に事態を事実そのままに逐一報告し、沙汰を待つべきである。

少なくとも我々は、尊敬される駐在員、なによりも自分が納得できる駐在員を目指そうではないか。このような背景があり、私はこのような記事を書くに至っている。

次の章からは駐在員のレシピの中身である4つ要素について詳細に解説していく。

2.WHY「駐在員の存在意義」

WHYは会社で働く上で最も重要な要素だと私は考えている。いや、むしろ自分が何故生きていくのかというテーマは、考える力を授けられた人類の最大の課題であり特権である。WHYに対する答えは例外なくヒトが動く原動力になる。言いかえれば働くモチベーションはここから生まれてくるのである。

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海外駐在 / サラリーマンのサバイバル哲学