【N高等学校理事・夏野剛さん】「好き」を自由に見つけられる学校をつくる
龍山高校理事の桜木建二だ。
好きなことを学べ。トライアンドエラーを繰り返し、喜怒哀楽を山ほど体験しながら、好きなこと・目指すものに迫っていけ。そのサイクル自体が21世紀型の学びの姿だ!
まあそうはいっても、20世紀型とも呼ぶべき基礎を詰め込む勉強だって、しないわけにはいかない。が、そこは現代のテクノロジーをフル活用するべし。効率よく最短の時間で基礎を身につけ、あとの時間は好きな学びに存分に没頭すればいいわけだ。
こうした21世紀の学びの方向性は、世代や立場の違いを超えて、概ね衆目の一致するところといっていい。いま国が掲げている「2020年教育改革」においても、これまでの「知識・技能」の習得に偏っていた学びを、「思考力・判断力・表現力」の養成にまで広げることを唱えたり、学ぶ側が主体的に取り組む「アクティブ・ラーニング」の導入を求めたりしている。これはまさに国を挙げて、21世紀型の学びへと転換していく姿勢を示すものなんだ。
話題の通信制高校「N高」
施策としての教育改革は、これからほうぼうで動きが出てくることだろうが、ひと足早く新しい学びのかたちを実践している例がすでにあるぞ。今後のモデルケースになっていくかもしれぬ取り組みをしているのは、みんな名前はよく耳にしているだろう、「N高等学校」だ。
2016年春に開校したN高は、ドワンゴとKADOKAWAが設立母体となった通信制高校である。本校は沖縄県の伊計島にあって、ほかにも仙台、東京代々木、福岡など全国に13の校舎を持ち、通学して学ぶ選択もできる。
N高の通信制授業は、どんなかたちでおこなわれているのか。当然ながら中心は、インターネットを活用した学びとなる。通常の授業はPCやスマホを通しての映像学習。ライブ授業もあるが、多くは自分の好きな時間に受講することができる。
確認テストやレポートの提出もあるが、それらもネットを通じて完結するからすべてが簡潔にしてスピーディだ。
テクノロジーの助けを借りて、高校資格取得のための授業内容を効率よく押さえるいっぽうで、空いた時間にはN高オリジナルのAdvanced Program、つまり課外授業をどしどし履修できる。プログラミング、機械学習、文芸小説創作、webデザイン……。多彩かつ本格的なコースが用意されている。IT企業と出版社が設立母体であることを存分に生かしたメニュー構成といえそうだな。
農業、漁業、伝統工芸などの職業体験ができるプログラムもあって、いずれもかなりの参加者を集めている。
すでに察しのとおり、N高にはあらかじめ決められたカリキュラムがないんだ。だから、明確にやりたいことがある子どもにとっては、そのための勉強をしたり腕を磨くのにたっぷりの時間を費やせて、使い勝手がたいへんよさそうだな。では、やりたいことが見つかっていない子はどうするか。空いた時間に興味のある課外授業を取るなどして、いろんな体験を重ねていって、ピンとくるものや打ち込めるものを探すのに時間を使うのがいいだろう。
21世紀型の学びとは、基礎をできるだけ効率的に学び終え、そのほかの時間を好きな学びに充てるようになる、そう冒頭で言っておいたな。N高のスタイルは、これにピタリ当てはまるといえそうなのだ。
N高の設立母体たるドワンゴといえば、「ニコニコ生放送」「ニコニコ動画」のサービスで広く知られる。リアルタイムでユーザーコメントを流して、双方向コミュニケーションを実現しているわけだが、そうしたノウハウは授業配信にも当然生かすことができる。インターネット上のシステムを独自に開発できるのは、圧倒的な強みになっているようだ。
さらにいえば、通信制の学校とドワンゴ、KADOKAWAは、もともと相性のいい面があった。N高以前にももちろん通信制高校は全国に多数存在したが、そこに通う生徒たちは「ニコニコ生放送」「ニコニコ動画」や、KADOKAWAのコミックやライトノベルなどのコンテンツに慣れ親しんでいるユーザーも多いというのだ。
それだけ親和性が高いなら、ドワンゴが通信制の学校をつくってしまえばいいではないか。生徒たちが誇りを持って通える、みずから所属したいと思える学校になり得るんじゃないか。ドワンゴ+KADOKAWAが、一見すると畑違いに思える教育という事業に踏み切れたのは、こうしたユーザーと生徒の属性の近さがあったからのようだ。
さまざまな理由と事情が絡んでスタートしたN高は、ともあれ21世紀型の学びの場としてうまく「ハマった」といえるのかもしれない。開校4年目を迎えた今年、生徒数はすでに1万人を突破している。
存在感を増しつつあるN高設立の意図、存在の意義、現在地とこれから目指す学びのかたちについて、N高創設時からの理事にして、今年ドワンゴの社長に就任した夏野剛さんに話を伺った。これからの学びのあり方、たっぷり教示してもらおうじゃないか。
夏野 剛(なつの・たけし)/N高等学校 理事、ドワンゴ 社長
1965年生まれ。88年早稲田大学政治経済学部卒、米ペンシルバニア大学経営大学院ウォートンスクール修了。東京ガス、ベンチャー企業を経て97年NTTドコモへ。iモード、おサイフケータイなどのサービスを生む。慶應義塾大学大学院特別招聘教授やドワンゴ、セガサミーHDなど取締役を兼任。19年2月、ドワンゴ社長に就任。
「昭和の価値観」以外の道
「ドラゴン桜は『シリーズ1』のころからずっと読んでいますよ。徹底的にテクニックにこだわって受験を突破する、そうしてなぜそこまでするのかと問われれば、『つべこべ言わず東大へ行け! 東大は人生のプラチナチケットなのだから』とズバリ言ってしまう。この割り切り方、おもしろいです」
のっけから夏野剛さんがそう言ってくれた。自身の受験体験も「ドラゴン桜式」に近いものがあり、いっそう気持ちがよくわかるのだという。
「都立高校に通っていた僕は当初、大学受験をあまり真剣に捉えていなくて、模試の成績がいいことにあぐらをかいていたら入試に失敗し、1年の浪人生活をした。そこで一念発起して異様なほど集中して勉強し、模試をやれば私立文系コースで全国1位になるほどまでになりました。あのころは、問題文に目を通せばすぐ出題者の意図が丸ごと読めるくらいの域に達していた(笑)。
ですから、つべこべ言わず受験勉強に打ち込めという桜木建二の理屈や効率性も理解はできます。実際、難関大に合格できるあたりまで受験勉強に打ち込むと、英語なんかは海外留学に必要な学力レベルに近いところまでいきますしね。ハイティーンから20歳前後の年頃は、体力的にも精神的にも最も無理がきく時期ですから、体力・知力の限界まで勉強すると成果は出やすい。成果が出れば、その人が生きていくうえでの自信にもつながるというメリットはあります。その結果、官庁や大企業に入るためのチケットも入手しやすくなるのはたしかです」
ただし、と夏野さんは、「桜木流」の問題点をズバリ指摘してくれたぞ。
「とにかくいい大学に入ってしまえという方針にも意味はあると思いますが、ひょっとしてそれは『昭和の価値観』のままじゃないですか? という疑問は呈したい。いい学校に入っていい企業に入るのがいい人生という考えが、まったく効力を失くしたとは思いませんが、少なくともそれだけが人生じゃないということには、さすがにもう皆が気づきはじめているでしょう。『受験勉強がよくできた』という事実を軸にして生き残ろうと思うのは、ちょっと難しいし、ほかの価値観が伸びていることは明らか。僕らは、昭和の価値観とは異なるスタイルを打ち出し、模索しているということですね」
昭和がずいぶん遠くなった現在では、人の進路、生き方には多様な道が考えらえるようになり、選択肢はずいぶん広がっているのだ。そこでN高では、「こっちの道もあるよ」「こうあってもいいんだ」と、常にもうひとつの解を示すこと、できるかぎりの多様さを示すことに注力しているのだ。
「そう、ここは誤解されがちですが、最新のテクノロジーを使った通信制の『ネットの学校』であるというところが、N高にとって最大のポイントというわけではないんです。現にN高は各地にリアルな校舎を持っており、生徒1万人のうち1割以上は通学制のコースを選択していますしね。
それよりも、単位取得認定校であること。そこが従来の全日制高校と大きな違いを生み出すポイントです。多くの高校で採用されているのは学年制であり、そこでは年度ごとにパッケージされたカリキュラムを受講しなければいけません。が、N高のような単位制にすると、必修の項目はもちろんあるにせよ、選択科目の幅がぐんと広がります。もちろん学校側はそれだけ幅広い科目を用意しておかなければいけないわけでが、そこは全力で取り組んでいます。
それにくわえて、通信制にすると、生徒が時間を自分の思うように使えます。授業はネット配信ですから、期限内に計画的に進めさえすれば、1日のスケジュールは生徒本人が自分で組めばいい。
つまり、単位制と通信制がそろうと、生徒は好きな科目を好きな時間に突き詰めることができる。自分のやりたいことが見つかっている人は、空いた時間で夢に向かってとことん好きなことに打ち込めます。
実際に、フィギアスケート女子日本代表の紀平梨花さんや、音楽家として活躍するSASUKEさんがN高を選び通っているというのは、昼間は自分の持っている能力をさらに開花させるのに集中的に時間を使うためでしょう。
通常の全日制高校は、一般的にやったほうがいいとされているプログラムをひと揃え並べています。でも中には、『私はもう道が見えているので、その枠にはまらなくてだいじょうぶです』とはっきり言える子もいるわけですね。そうした人の受け皿として、N高が機能できたらいいと考えているんです」
枠から外れた3種類の人
通信制にして単位選択制のN高は、一般の高校を否定するものではない。補完関係にあるものだと、夏野剛さんは強調しているぞ。
「全日制のカリキュラムだって、もちろんいいものです。全人的な教育ができるようよく練られているし、受験勉強だって、あれほど短期間でみっちり知識を仕入れられる方法なんてまたとない。まっとうな道を通って大学や社会へ行こうという人には便利にできていて、だいたい8割の人はそこを選択すればいいのかもしれない。
でも、どうしたって1割、2割はその枠から外れたところで幸せを探そうとする人たちがいるものです。
その1〜2割の、枠から外れた人には3種類があります。
まず、将来にわたってやり続けたいことがすでに見つかっている人。
それから、自分の好きなことは見つかっているけれど、それが将来の仕事につながるかはわからない、でもいまこの青春の大切なときを自分の好きなことに費やしたい人。
さらには、そうしたやりたいことがまだ見つかっていない人。
これまでは、仕事につながるようなやりたいことが見つかっている人以外は、なかなか世間的に認めてもらえる機会がありませんでした。N高は、そこに手を差し伸べたい。まだ世の中に広く認められていないけれど『これが好きなんだ』というものがある人、それはたとえばユーチューバーだったりプロゲーマーだったりになりたい人ということですが、そういう層にも支持してもらっている実感はあります。『ニコニコ生放送』『ニコニコ動画』を運営している会社だからという看板は、大きな信頼につながっているでしょうね。
やりたいことが見つかれば、それが何であれ肯定してもらえるという文化を生徒に感じてもらえるなら、やりたいことが見つかっていない層の背中を押すこともできます。『N高に行けば、何か見つかるかも』と思ってもらえそうですからね。学校として、こうした幅広い受容性はぜひ保っておきたい。
それがほかの学校にはない特徴ということになれば、ビジネス的にも勝機となります。実際、同じようなことをする学校はいまのところなくて、ライバルはいない状態。だからこそ、開校3年で生徒数1万人突破ということが起こるのです。この強みはもっと生かしていきたいところです」
N高は日本の主流になるか
各人が「好き」を自由に見つけられる場であること。そんな強みを持つ学校であれば、いっそう支持を集めそうでもある。N高が今後存在感を増して、同じタイプの学校が日本を席巻するような日はくるのだろうか。
「どうでしょうか、たとえば高校生人口の半分が通信制を選択する、というようなことにはおそらくならないですよ。自分のやりたいことがどうも社会と折り合いがつかない、だから傍流のこっちで道を探してみようというのがN高に対するニーズです。どうしても社会と合わないという人が半数を超えて、マジョリティになるというのはちょっと考えにくいですかね。
いまの高校生人口は1学年につき100万人強。その1〜2割が、N高が目標とするマーケットサイズなのでしょう。マイノリティの意思を掬ってあげられる、そこにこそ我々の存在意義があるというスタンスはこれからもあまり変わらない気がしますよ」
巷間を騒がす「2020年教育改革」が動き出すことは、N高にとってプラスなのか、マイナスなのか。
「国の制度として教育を考える場合は、ある程度の一律性を維持しないわけにはいきませんし、最大多数の最大幸福を目指すべきで、そのためにいちばんいい改革をやっていただくのが何より。
ただ、これだけ多様性が高まってきた世の中ですから、その一律の枠組みからどうしても飛び抜けてしまう人はけっこうな割合でいますし、飛び抜けないにしてもライフスタイルとしてどうも合わないと感じる人が一定数いるのは事実。そこで僕らのような、飛び出た人をフォローできる受け皿の出番が出てきます。メインストリームがあり、それとは異なる受け皿もある、双方が存在して結果的に日本全体がうまくいけばいいなと思っているんです」
通信制への見方が変わる
そう考えると、N高は「時代の産物」として必然的に登場したものとも思えてくる。開校当初から、かようにうまくことが運ぶ目算はあったのか。
「そこは正直わからなかったんですが、この3年間で、周りの見る目はずいぶん変わりましたよ。『また何かわけのわからないこと始めたの?』というものから、『なんかいいことやってるじゃないの』へと。
通信制の学校というのは、年齢層が上になるほど、ドロップアウトした子が行くところという見方がまだ根強く残っているものです。いまの親の世代はちょうど分かれ目で、N高の説明会で子どもは行く気満々なのに親御さんが『通信制はちょっと……』と、悩んでおられるのを見かけます。
でもそれも、かなり雰囲気が変わってきたのを感じます。親世代も若いころからインターネットに触れてきた人たちですし、大組織に入れば一生安泰だなんて神話ももう信じていない。N高のような学校を、ごくふつうに選択肢のひとつとして見ていただけるようになっている。なおさら中身でしっかり勝負していかなければという気持ちにさせられますね」
いまはN高のような存在が、これからの社会で担うべき役割が明確にあると確認できた状態であると、夏野さんは現状分析している。教育を提供するというのは、他のビジネスとはひと味違うものだろうか?
「気が抜けませんね。使命感も強くありますし、教育というのはさすがに重いものだと改めて思います。
たとえばいま、N高の進路決定率は8割強です。通信制の学校としてはいい数字なのかもしれませんが、そんなことよりも2割の子に対して進路を決めてあげられなかったという事実は、心に重くのしかかります。教育においては他と数字を比較しても意味のない面がたくさんある、だって数字の裏には一人ひとり具体的な子どもたちの顔があるわけですからね。
ITサービスを立ち上げます、しばらくやって伸びなかったら撤退します、といった事業モデルと同じように考えるわけにはいかないと痛感しています。生身の一人ひとりの子どもたちの人生に関わることなので、失敗ということは許されない。N高は、そうした覚悟を持って取り組んでいます。その点は信じていただいていいと思います」
「多様性」「柔軟性」の確保とは、教育現場にかぎらずどんな分野でも唱えられることだが、実際にそれらを担保する事例はなかなか見られないものだ。
そんななか、これを具現化している稀有な例としてN高は存在しているのだ。日本の学びの環境を変えていく、大きな一歩となりそうだな。
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