ワーカーホリックな魔女の心臓を探す旅【第2話】
「君は…見た目の割に、よく食べるね?」
英雄魔女から掛けられた声に、ご馳走に齧り付いていた口が思わず止まる。
いや、止めても意味ないから咀嚼しますけど!
「その豚って、よく獲れる個体だよね?」
ええそうですとも、この豚はただの豚で、狩初心者でも獲れる豚ですよ!
「……魔女様は、食べないのですか?美味しいですよ!」
「うーん、あんまり美味しかった記憶ないんだけどなあ」
「そ、れ、は!調理方法が悪かっただけですから!ほら、騙されたと思って食べてみてください!」
ほろっほろの豚バラブロックをフォークに突き刺し、見せつける。
「ほら、早くしてください!崩れますから!」
口元に運べば、英雄魔女は顔を歪めながらもそれを口に入れた。
「………あれ、」
「ほーら、美味しいですよね?ね?」
「……美味しい…なんで…?」
「それはですね~切り方であったり、加熱の温度であったり、漬け込みであったり、食材をどうやったらいっちばん美味しく食べられるかという研究の…って、聞いています?」
いや、いいんだ。うん。ただただ栄養摂取としての食事しかしていない様子だった英雄魔女が、今は美味しそうに食べているのだから。話を聞いていなくたって別に。私も大人しくこの自分が作った絶品豚料理を食べますから!
「…君の方がよっぽど、ヒト科らしいね」
「え?なにか言いました?」
聞き取れなかった呟きに、フォークを持つ手を止める。
「調理方法の、記憶はあるんだね?」
「あ~、それが、調理に関する記憶は割と残っているので、不思議なんですよね~」
「…本能的なモノなのか」
「え?!ちょっと、それって、私が食い意地張っているってことですか?!」
「ふふ、そうかもね?」
うぅ…こっちは怒っているというのに、楽しそうに微笑むなんて卑怯だ。怒りがどこかへ行ってしまった。
この英雄魔女様は、この世界のどこにもいない、唯一無二の中性的な美しさを纏っている。
顔立ちが美人とか、そういう次元の話ではない。纏っているモノが美しい。…もう、自分でも何を言いたいのかが分からないけど、とにかく、この世のモノとは思えないような不思議な美しさなのだ。
「そういえば、なぜこの地に来たのですか?」
まずはここに行きたいと、そう言われて一緒に来た、というか魔法陣に乗って一瞬で移動してきたわけだけど、なにか有名な観光地でもあるのだろうか。
「それはね、アレが、あるんだ」
「あれ、とは?」
「ふふ、着いてからのお楽しみだよ」
なんだかとても楽しそうだ。冷たい印象を受ける英雄魔女は、笑うととても可愛らしい。
ヒト離れしたこの方が笑うと、ほっこりした気持ちになるのだ。
「また魔法陣で向かうのですか?」
「君が問題なければ、歩いて行こうと思うんだけど…どうかな?」
「ここからどのくらいですか?」
「うーん、この森を抜けて、あの山を登りたい」
「山ですかあ」
「厳しい?」
「いや、無理そうになったら言いますので、それでも問題ないですか?」
「うん。問題ないよ。その時は僕が君を担いで登るから」
え、担ぐのですか?!と言いそうになり、口を噤む。
筋肉なんて、ついていなさそうだけど、身体強化の魔法なんてサラッと使えてしまうのだろうこの方は。
それにしたってなぜ、わざわざ歩いていくのだろうか?
その答えは、途中から本当に私を担いで登り、お目当ての場所でなにやら探索し始め、見つけたと嬉しそうに微笑んだ後に分かった。
「なにを、見つけたのですか?」
地面に向かって施行していた探索魔法を止めた英雄魔女は、私の周りに結界を張った。
「え?」
「ちょっと待っててね」
再び地面に手を翳した英雄魔女は、凄まじい魔力をそこへ、放出し始めた。
「う、わ、あ…」
思わず声が漏れた。そして息が止まった。
な、なにこれ、え…なんなのこれは……!!
まるで神が、大地を創造しているかのような、そんな光景だ。
いや、神様なんて見たことがないし、大地を創造したという神話もそんなに知らないけど…まさに神話の絵画のような神聖なる魔法のようであった。
「…大丈夫?」
放心状態であった私は、結界が解かれていたことにも気づいていなかった。
「……っと、これは…?」
「ふふ、驚いた?」
「……えっと、な、なんなのでしょうかこれは…!!」
もくもくと湯気が立ちこめ、不思議な匂いが広がり、目を凝らして見れば、そこにはまるで湯殿のような……
「あれ、もしかして、温泉知らない?」
「おん、せん?」
「うん。温かい泉って書いて、温泉」
「温泉……え、自然の湯殿ということでしょうか…?」
「うん、そんな感じ。地面の奥深くには、火のエネルギーの塊みたいなのと水溜りがあってね、近すぎると熱水になるけど、ちょうど良い場所だと、ほら、触ってみて?」
手を引かれ、温泉に近づく。手を入れれば、ああ…なんて程良い温かさなのだろう!!
「ふふ、いいでしょう?でも温かいだけじゃないよ?疲れや怪我を癒す効果もある」
「そっ、そんな効果のあるお湯があるのですか…?!」
「じゃあ、入ってみようか」
「はい!…って、どのように…?」
そんな疑問は、試行された魔法により掻き消えた。目の前に簡易更衣室が現れ、その中にある服に着替えてと言われた。いや、うん。偉大なる魔女様にできないことなんてないのだろう。多分。
「先に入ってるね」
そんな声が聞こえた。ええと、今の英雄魔女って…どっち、なのだろうか。いや、もはやそういった次元の存在ではないのかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。
不思議な生地の服を身に纏い、意を決して温泉へ入る。
「う、わあ…!」
「ふふ、すごいよね」
言葉で言い表すことのできない、この感覚に、感嘆の声を上げた後は無言になってしまった。
「……大丈夫?」
「…え?は、はい、大丈夫です!」
「…本当に?気分悪くなってない?」
「なってないですむしろ逆ですよ!なんだかその、なんと言えば良いのか分からないのですが…あ、なんだか天国にいるみたいです!」
「…天国」
「はい!幸せな温かさですね…!」
初めての温泉にうっとりしていた私は、気づいていなかった。
立ち込める湯気の中で、険しい表情をしていた英雄魔女に。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?