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【資産運用】長期投資はパラレルワールドで考えよう


長期投資を巡るポジショントーク

個人の資産形成において、長期投資は重要なファクターとなっている。実際、2024年からスタートする新NISAでは、従来、一般NISAで5年、つみたてNISAで20年だった非課税期間が、いずれも無期限に大幅拡張されている。

これは、投資で複利効果を享受するためには長期投資が欠かせない為である。

反面、長期投資にはリスクを増大させてしまうデメリットが存在するが、それに対する世の中の言説は誤解で溢れているようなので、ここで正しておきたい。

まず、1点目のグラフだが、これは投資を勧める資料でよく見られるものだ。『毎月1万円ずつ積み立てをしていけば6%の運用で30年後には約1,004万円に増える』とのコメントがついている。このグラフの何が問題なのだろうか?

実は、このグラフでは投資のリスクが一切表現されていない。コツコツ積み立てながら運用すれば、資産が加速を付けながらきれいに増えていく様子が描かれている。

しかし、6%もの利子のつく運用商品では元本保証は有り得ず、例えば株式で運用した場合、毎年の利息は上がったり下がったりの激しい動きをするはずだ。運が悪ければ投資元金を下回ってしまう場合もあり得るが、このグラフではそれがまったく表現されていない。

このようなグラフを見せられれば、いくら言葉で「投資はリスクがあります」と言われても、受け取った方は、「コツコツ積み立てながら運用すれば、資産が加速を付けながらきれいに増えていく」と誤解してしまうだろう。

このような表現は、顧客をわかりやすく投資に誘導するためのポジショントークと言われているものだ。

中野晴啓.DIAMOND ONLINE.2022.3.20.“毎月1万円ずつの積み立てを、6%で運用すると30年後にはいくらに増える?”では、2点目のグラフはどうだろうか?


では、2点目のグラフはどうだろうか?

これは、金融庁によるつみたてNISAの啓蒙資料に載っているグラフで、毎月1万円を積み立て投資した場合の資産推移を、日本株式および全世界株式で運用した場合をそれぞれ計算している。

こちらは、実績データを用いて計算した結果であり信頼できそうだ。2008年のリーマンショックによる世界的な株安も、ちゃんと織り込まれている。

このデータを見たら、「短期的には資産が減ることはあっても長期的には日本株でも世界株でも投資した金額以上に増えているのだから、株式に投資しておけば安心」って誰もが思うかもしれない。

しかし、本当にそうだろうか?

金融庁.2023.“つみたてNISA早わかりガイドブック”


実は、このグラフには欠けている視点が1つあって、それはたった1度のデータのみで検証している点だ。

別記事での記したとおり、株の値動きは確率的にしか把握することができない現象だ。だとすれば、たった1度のデータは単なる偶然で起きた出来事に過ぎず、もう一度繰り返したら同じ結果になるとは限らないはずだ。

1年後の株価をベルカーブを用いて確率的に予測したのと同様に、長期投資の運用結果も確率的に予測する必要があるのだ。

それでは、なぜ金融庁がこのような誤解を招くような資料を出すのだろうか?

金融庁の優秀な役人が、上記のような基本的な認識に欠けているとは考えにくい。彼らも本当はわかっているが、2,000兆円ともいわれる家計金融資産を貯蓄から投資へと向かわせるミッションのため、こうしたポジショントークをおこなうのだろう。

このように、投資に関する資料の背景には、発行者の思惑が隠されていることが多いので、そのような前提で受け止める必要がある。

しかし、これは金融に関わる者だけが特に強欲であるということを意味しない。例えば、セールで特別価格で売られているお買い得品の衣類が実は売れ残りで在庫を抱えている商品で、どうしても売り抜けたい店側の裏事情があったりするのは、どの業界でもあるある話だ。

金融のことになると、素直に信じてしまう人が多い印象だが、普通の買い物と同じで、金融業界にも「お似合いですよ」とのポジショントークがあるのは、ある意味当たり前の話なのだ。

長期投資のシミュレーション

次に、長期投資の運用結果を確率的に捉える方法について見てみよう。長期投資を確率的に捉えるには、シミュレーションをおこなうことが必要だ。

長期投資のシミュレーションは、パラレルワールドを想定することに似ている。

パラレルワールドとは、SF(Science Fiction) 用語で、同じルールに従う無数の平行世界がどこか別次元に存在することを想定した空想物語だ。そして、それぞれのパラレルワールドで進む物語を世界線と呼ぶ。

株式の場合で考えると、利率が同じベルカーブの確率法則に従うパラレルワールドが無数にあるが、それぞれの世界では偶然により選ばれた利率で株価が変化するため、それぞれの世界での運用結果は異なってくる。

ここでは、イメージを掴んでもらうために、3つのパラレルワールド、すなわち3本の世界線をシミュレーションで求めてみる。

シミュレーションの前提として、スタートの資産額を1,000万円とし10年間運用する。各年の利率は、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の外国株式の設定値、μ=7.2%、σ=24.9%を採用した場合のベルカーブに従うと仮定した。なお、ここで示す3本の世界線は、説明のために10,000通りのシミュレーション結果から特徴的な世界線を抽出したものである。

世界線1:
多少の凸凹はあるが、概ね最初から最後まで順調に資産を増やしていき、1,000万円の資産が10年で3,195万円まで増えている。世界線1は、幸せな世界だ。

世界線2:
ほぼ単調に資産を減らしてしまい、10年後には資産が400万円を切ってしまっている。世界線2は、できれば避けたい世界だ。

世界線3:
途中資産が731万円まで減少して不調だったが、後半盛り返し10年後には2,741万円まで増えている。世界線3は、投資をやめずに継続したのが報われた世界だ。

三鷹 台. 本書社. 2023. "資産運用の新常識"


この例で示したように、利率が同じベルカーブの確率分布関数に従った場合でも、偶然の作用により、各パラレルワールドでの長期投資の結果は大きく違った結果になる。そして、運が悪ければ、10年引用した結果、スタートの投資額を大きく下回る結果もあり得るのだ。

グラフでは、点線で期待値を示している。期待値は、運用結果の代表値のように取り扱われることが多いが、実際の運用結果が期待値通りになることは滅多にないことなのだ。


長期投資の確率的表現

長期投資の運用結果の確率的な表現は、どのようにして求めればいいのだろうか?

これは、大量の世界線をシミュレーションすることで求めることができる。例えば、10,000本の世界線をシミュレーションし、これを成績順の並べた時、上位1,000番目が上位10%の値、下位1,000番目が下位10%の値となる。

このようにして求めた結果が下記グラフのようになる。上位10%と下位10%の線に挟まれた領域が、80%の確率で収まる範囲を示している。

グラフからわかるとおり、80%の確率で収まる範囲は運用年数が経過するに従い広くなっている。

このことから、長期投資はリスクを増加させることがわかる。

株式100%の運用は明らかにリスクの取り過ぎだ。リスクを低減させるためには、元本保証の商品を組み入れたポートフォリオで運用することが必要である。

なお、グラフでは、80%の確率で収まる範囲を示したが、任意の確率、例えば99%の確率で収まる範囲なども同様の手法で計算することが可能だ。

三鷹 台. 本書社. 2023. "資産運用の新常識"

※この記事は、個人の見解を述べたものであり、法律的なアドバイスではありません。関連する制度等は変わる可能性があります。法的な解釈や制度の詳細に関しては、必ずご自身で所管官庁、役所、関係機関もしくは弁護士、税理士などをはじめとする専門職にご確認ください。
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