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【社会】『2531佐藤さん問題』は何が問題か?


衝撃のニュース

2024年4月1日のエイプリルフールの日に、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

夫婦同姓婚が続くと、2531年には「全員が佐藤さん」になってしまうというシミュレーション結果を東北大学の教授が発表したというのだ。

世の中では、これを『2531佐藤さん問題』と呼んでいるらしい。

菅野蘭, 夫婦同姓が続くと…2531年には「全員が佐藤さん」東北大試算 毎日新聞HP, 2024.4.1

最初は、これは単なるエイプリルフールネタであり、「そんなアホな!」とツッコミを入れて、笑うところだと思っていた。

記事の配信日時も、2024/4/1 00:00とスタンプされているし・・・。

しかし、いろいろ検索してみたら、どうやらガチでやっているらしい。

上記毎日新聞の記事にも、経緯が記されている。

今回のシミュレーションは、選択的夫婦別姓の法制化などに向けて活動する一般社団法人「あすには」や賛同する企業らでつくる「Think Name Project」が企画し、吉田教授に協力を求めた。

菅野蘭, 夫婦同姓が続くと…2531年には「全員が佐藤さん」東北大試算 毎日新聞HP, 2024.4.1


要するに、選択的夫婦別姓の法制化を推進する団体のプロパガンダの一環だったというわけだ。

Think Name ProjectのHPには、件のシミュレーションをおこなった東北大学経済学研究科・高齢経済社会研究センター 教授の吉田 浩氏による文献が掲載されている(下記でpdfファイルがダウンロードできる)。

ここでは、これらの文献や記事を読み、個人的に考えたことを記事にしてみる。


『2531佐藤さん問題』の問題点

自分は、今回の『2531佐藤さん問題』とその報道のされ方について、多くの問題点を孕んでいるように思う。

言うなれば問題点のデパートであり、どこぞの大学が入学試験の小論文テーマにでも取り上げれば、よい題材になりそうなくらいだ。

自分が抱いた疑問は、主に以下の3点だ。

  1. そもそもシミュレーション結果は妥当なのか?

  2. 政治目的での恣意的なデータ利用は許されるのか?

  3. 検証せずに報じるマスコミに責任はないのか?


シミュレーション結果は妥当なのか?

まず最初に抱いたのが、そもそもこのシミュレーション結果は正しいのか?という疑問だ。

この疑問を抱くこと自体に、他意は無い。

常識では考えられないような試算結果が発表されたら、まずは、その試算が正しいのかどうかを疑ってかかるのが、正しい学問的な態度だからだ。

吉田氏の試算では、佐藤姓占有率(佐藤姓が全人口に占める割合)が時間とともに指数関数的に上昇し、遂には2531年に100%に達している。

これは、本当に正しい試算結果なのだろうか?

以下、吉田氏の文献に基づいて、内容を検証してみる。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.03.20


前提条件1の根拠が不明

文献では、推計の前提条件として、以下のことが書かれている。しかし、この前提には根拠がない。

1.推計方法
① 基本的考え方
佐藤姓と他の姓の者との結婚により、他の姓が佐藤姓を名乗ることで佐藤姓が全人口に占める比率は増加することが考えられる。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.03.20


それを明らかにするために、●=佐藤姓、▲=他姓として、結婚前後の佐藤姓の増減を考えてみよう。

結婚による佐藤姓の増減, 筆者作成, 2024.4


図に示すように、『他姓と結婚』した場合も、『同姓と結婚』した場合も、佐藤姓の増減はない。

佐藤姓は日本で一番数が多い姓であるため、他姓と比べて、『同姓と結婚』する確率が高いのが特徴である。

しかし、『同姓と結婚』した場合と『他姓と結婚』した場合とで、佐藤姓の増減に差はないため、日本で一番数が多い姓である事実は、特段有利には働かないのだ。

もっとも、これは、今の婚姻制度で、姓の増減があり得ないということを意味しているわけではない。

現状の夫婦同姓婚では、95%のカップルが夫側の姓を選択しているそうだ。今後、希少な姓の方がカッコいいと思うカップルの割合が増えたり、反対にメジャーな姓(例えば佐藤姓)の方がいいと思うカップルの割合が増えたりすれば、長期的な姓の増減はあり得るだろう。

しかし、そのような姓の嗜好による選択で、佐藤姓が特段有利であるという証拠は示されていない。

また、極端に数が少ない姓は、たまたま選択されない偶然が重なれば消滅してしまう可能性もあるが、現実的な時間軸の中では、母数の多い佐藤姓には関係のない話である。

さらに、日本では地域ごとに姓の分布に違いが見られるが、この事実が、将来的な姓の増減に寄与する可能性は否定できない。

小林明, 日本経済新聞, 2010.11.5, 名字の不思議な勢力分布、都道府県別ランキング


これは、出生率の高い地域に多く存在する姓は、将来的な姓の増減に有利に働くと考えられるからである。死亡率の地域差も、同様の効果が考えられる。

しかし、上記地域差が佐藤姓に有利に働くか不利に働くかは不明である。文献でも、そのような緻密な検討はおこなわれていない。

結局のところ、現時点においては、佐藤姓が婚姻を経るごとに増えていくとした前提条件を信じるに足る明確な根拠は一切存在しないのだ。

根拠が不明な前提に基づいた試算結果は正しいとは言えない。


前提条件2の根拠が不明

さらに文献では、推計の前提条件として、佐藤姓占有率は、モデル式『x(t+1)=(1+ρ) x(t)』に従い増加すると仮定しているが、これも根拠か不明である。

そこで、あるt年の佐藤姓の全人口に占める比率 (t)が1年間にどのように増えてきたかその伸びρ(ロー)を求め、その伸びが続くとして、将来の
x(t+1)=(1+ρ) x(t),
として複利計算の様に今後1000年分シミュレーションして計算し、佐藤姓が100%となる年を求めることとした。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.03.20


通常モデル式とは、事象のモデル化をおこない演繹的に導かれた理論式を意味する。

モデル化が難しい場合は、多数のデータをプロットし帰納的に導かれた近似式実験式と称すこともあるが、今回の場合は、そのどちらにも該当しない。

文献では、唐突に、指数関数的に増加するモデル式が持ち出されており、その根拠は明示されていない。

指数関数的に増加するモデル式を採用したがために、500年後の近未来に佐藤姓占有率が100%となる結果が導かれているわけだが、仮に、別のモデル式を採用した場合は、当然異なる結果が得られていたはずだ。

文献では、恣意的に選択されたモデル式に基づいて試算をしており、その試算結果は正しいとは言えない。


用いたデータの精度が不明

文献では、名字由来 net及び総務省の推計人口データを基にして、ある年の佐藤姓占有率を算出している。

過去のデータの取り扱い
⚫ はじめに、日本の全人口の 99.04%以上の名字を網羅しているとする「名字由来 net」(https://myoji-yurai.net/)提供・公表データにより、日本の佐藤姓の人数の値を得た。
⚫ 次に、各年の日本の総人口(総務省「推計人口」)×99.04%で上記の佐藤姓の人数を除し、「あるt年の佐藤姓の比率」:x(t)を求めた。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.03.20


分母である総務省の推計人口データは、国勢調査による人口を基礎にして、人口動態統計などをはじめとする各種人口関連資料から算出しているので、日本の人口に関して最も信頼に足る基礎資料と言える。

それに対して、名字由来 netでは、全国電話帳データに基づき独自調査をおこなっているようである。

日本で唯一名字を専門的に調査している機関である名字由来netは、日本人の名字を政府発表の最新統計データや全国電話帳データを元に独自に調査を行い、日本の全人口の99.54%(2024年4月現在) を網羅している日本人の名字「情報量No.1」サイトです。

名字由来 net HP 2024.4


固定電話は家族単位で設置されてる事実に加え、近年では電話帳に記載を望まない家庭や、そもそも固定電話を保有していない家庭も増えているため、名字由来 netのデータの精度は、残念ながら推計人口データの精度には遠く及ばないと推測される。

実際に、佐藤姓のデータも『およそ1,830,000人』との記載になっており、1万人未満の数値には精度が無いようである。

そもそも名字由来 netのデータは、姓のおおよその人数や順位、都道府県ごとの分布を把握するのが本来の目的であり、その目的は十分果たしている。しかし、残念ながら1%以下の変動を議論できるような精密なデータではないのだ。

文献では、精度の不明なデータに基づいて試算をしており、その試算結果は正しいとは言えない。


用いたデータが少なすぎる

文献では、2022年と2023年の2点のデータから、将来の佐藤姓占有率を推計している。

最近時点の2022年と2023年のデータから計算すると、佐藤姓占有率の伸びρは(1+ρ)=1.0083という結果が得られた。 (2)将来のシミュレーション 2023 年 3 月時点の1.530%を出発点として、毎年1.0083 の伸びで日本人口に占める佐藤姓の比率が伸びると仮定し、x(t+1)=(1+ρ)x(t)の計算を繰り返し、約500年後の2531年には100%に至ると計算された。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.


しかし、指数関数のパラメータをたった2点のデータから求めることは原理的に不可能である。また、1年での微小な変化から500年先を外挿で予測するには、データ数が圧倒的に不足していると考えられる。

文献では、たった1年間の2点のデータに基づいて試算をしており、その試算結果は正しいとは言えない。


結論

『2531佐藤さん問題』の吉田氏によるシミュレーション結果は、下記の理由により、正しいとは言えない。

  1. 婚姻により佐藤姓が増加するという根拠が不明な前提に基づいて試算している

  2. 恣意的に選択されたモデル式に基づいて試算している

  3. 精度の不明なデータに基づいて試算している

  4. たった1年間の2点のデータに基づいて500年先の未来を試算している

なお、吉田氏自身も文献の末尾で、下記注釈をつけていることを付け加えておく。

注;この推計は数々の仮定のシナリオに基づく暫定的試算であり、確定した将来を示すものではありません。

吉田 浩, 日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について, 2024.03.20


なぜ『2531佐藤さん問題』は報じられたのか?

今回なぜ、このような信憑性に欠けるデータが、大々的に世の中に出回ることになってしまったのだろうか?

毎日新聞の記事をもとに、推測を含めて今回の経緯を整理すると、以下のようになる。括弧()内は、筆者の推測である。

  1. 選択的夫婦別姓の法制化などに向けて活動する団体が、活動を促進する政治目的のために、現状の婚姻制度がこのまま続くと問題が生じる事をわかりやすく説明できるデータの提供を、(権威付けのために)東北大学の教授である吉田氏に依頼した

  2. 吉田氏は、(団体の意向を汲んで)『夫婦同姓婚が続くと、2531年には「全員が佐藤さん」になってしまうというシミュレーション結果』を提供した

  3. 団体と吉田氏は、2024/3/22に記者会見を開きシミュレーション結果を説明し、(宣伝効果がより大きくなるように、2024/4/1のエイプリルフールの日に一斉に情報解禁して報じるようにマスコミに依頼した)

  4. マスコミは、(団体の意向を汲んで)2024/4/1のエイプリルフールの日に一斉に情報を流した

  5. 国民は、見事に団体の宣伝戦略に乗せられた


日本は表現の自由結社の自由が認められた国であるので、当該団体の政治的な主張内容に対する賛否は、ここでは触れない。

しかし、もし当該団体が、「正しい(と自分たちが信じる)主張のためには、信憑性に欠けるデータを利用しても構わない」と考えていたのだとすれば、それはちょっと違うのではないかと思う。

そんなやり方をしていたら、正しい(と自分たちが信じる)主張も色褪せて見えてしまうことだろう。

マスコミの報道の仕方にも問題はなかったか?

映画などのエンターテインメント情報では、封切りなどの関係で、事前取材で得た情報を興行主の指示する情報解禁日まで報じない対応をとるのは、よくある話である。

しかし、今回のような社会問題を同じスタンスで報じるのは正しい報道姿勢と言えるのだろうか?

毎日新聞の記事にあるとおり、吉田教授の記者会見が、2024/3/22であるなら、2024/4/1のエイプリルフールの日まで情報を寝かせておいて、各社一斉に報道するのは、当該団体からそのような依頼でもない限り不自然である。

また、これだけの時間があったら、発表内容の信憑性を検討する時間は十分にあったはずだ。

ちょっと目を通せば、間違いに気づく情報を右から左に流していたのでは、報道機関としての役割を果たしているのか疑問が生じてしまう。


ここまで、マジレスしてきたが、「これって本当はエイプリルフールネタでした」なんてオチないよね?

選択的夫婦別姓の法制化などに向けて活動する団体や件の東北大教授の存在もすべてフィクションでした・・・なんてことはないよね??

ね???


※本記事は、社会問題に関する個人の見解を述べたものであり、特定の団体、個人を誹謗中傷する意図はありません。
また、「佐藤姓」そのものや、「選択的夫婦別姓の法制化」に対して何らかの評価をするものではありません。


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