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『みすず』を連れて帰った話。

こんにちは。ヨコヤマミスズです。ミスズってね、『三鈴』って書くんですよね。まだ私が小学生の頃。誰からもらったのかも覚えていないけど、鈴が三つ連なったお守りをもらいました。まだ子どもだったのでそれの大切さがまだ分からなくて、気付いたらどこかに失くしてしまって。あれはどこのお守りだったんだろう…って数年前から思ってたんですね。

そしたらよ。

今年に入ってからある神社の名前を繰り返し聞くようになり。調べるとその鈴のお守りの神社でした。次のお休みはなにしよう?と考えた時にピコンっ!と思い浮かんだのが、その神社。もういい加減お参りしなさいよ、ってことなのでしょう。




天河大弁財天社


五十鈴



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この五十鈴の写真を見たときはもう、運命の再会をした様な気分でした。せっかくお参りするので鈴の御祈祷もしていただきました。間近で神主さんの御祈祷をされる姿を見るのは初めてでしたが、まぁ所作がしなやかで美しい。洗練されていました。太鼓や五十鈴の音、祝詞、足もとを通る風。どれもこれも心地良くて気付けば涙がボロボロ…変な人だったと思います。でもなんか、来たい場所に来れてすごく嬉しかったんだよね。背中がぼやっと熱くなって、力をいただけた気がしました。



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神社ってね。

御神体として本殿に鏡が祀られていることがほとんどだそうです。鏡って自分を映しますよね。ということは(ここからは完全にヨコヤマの考察なのですが)、つまり御神体って自分なんですよ。神社にお参りしてお賽銭をし、丁寧にお辞儀をして、祈願する。全部自分に対してしていることなんですね。

キングコング西野さんが毎朝神社にお参りしているのはその界隈では有名な話だと思います。西野さんはそこで「〜できますように」みたいなお祈りではなく、「僕は〜をやります!」とコミットするそうです。これ、神社に鏡が祀られていることを考えると理に適っていると思いませんか?

こういう話は信じるか信じないかはアナタ次第ですし、信じても信じなくてもいいと思います。だけど一つ私がハッキリ言えることは、自分自身が自分の一番の味方であるということ。こんなことは無い方がいいのですけれど、どんなに大切に思っている人にでも裏切られることはあります。人間だもの。でもね、自分だけはどんな時でも一緒に居てくれるんです。一緒に居るしかないんです。



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ありがたいことに三鈴という名前なのでこういう形のお守りが手に入り、おうちに連れて帰る事ができました。本当にいい名前をつけてもらった。「私は何があっても私の味方」これに気付くと、どんなに心強いことか。えも言われぬ安堵感に包まれました。またここから一歩踏み出せる気がしています。

神社にはいろんな神様がいるそうです。ご利益もきっとあるでしょう。そして、その神社の奥には鏡があり、自分が映し出されている。お賽銭の額、立ち振る舞い、唱える言葉。全て自分に対するものだとしたら…??

どこか神社に参拝する機会があれば、ぜひそんなことも考えてみてください。いつもと違う安心感、心強さを感じる事ができるかもしれません🤲✨


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