父は膵臓癌末期〜第七章〜
膵臓ガンと宣告されて約二年四ヶ月でした。
今まで三ヶ月と記していましたが、一月に宣告されたので四ヶ月でした。
たった一ヵ月とお思いですが、一ヵ月がどれ程大きいことか。
今は1ヵ月毎に父の変化がみられます。
父はガンだけではなく、脳の硬膜下血腫が判明し入退院を繰り返し、その度にお家へ帰ってきてご飯も食べて歩行もふらつきはあるが歩いていました。
そして、今回は熱がずっと続いているとのことで肺炎を疑われました。
そして再び入院。
そしてその時、内科の先生から母に、
この連休覚悟をして下さい。
と告げられました。
それを聞いて私は、え?なんで?先日まで普通に話せて食べて歩いていたのに?
と疑問と言うか、え?なに?とそればかりでした。
そして検査の結果、脳の手術をしたところから化膿しているとの事で、また手術をしました。
たぶんそれも熱の原因だと言う事、そして熱は下がり肺炎も良くなりました。
手術前に父に会えると言う事で会ってみると、車椅子に座って話しもできている!
ビックリしました。
もうダメだと誰もが諦めていました。
しかし、また父の様子を見ていると希望が見えてきました。
もう父の凄さには驚くばかりです。
父の生命力が強いこと、生きようとする力が凄すぎます。
たぶん父はよく食べて、食欲もいつもあそこへ食べに行こう、これ食べようと言う話しもしていました。
それが父の生命力が強い事だと思います。
そして、手術後も先生とお話しをする事になり、まずは内科の先生からガン事をお話ししました。
ずっと脳の事で検査していなかった事、一番気になっていた事です。
そして先生からは
ガンは一ヵ月前より倍になっている。と...
今後いつどうなるかわからない。と...
また頭が混乱気味に...
そして次に手術後に父が横たわっている姿を見て、声をかけると一言。
ありがとう。
それを聞いて泣きそうになりました。
父は頑張りました。
今も頑張っています。
まだ諦めてはいけない!
次は脳の先生とお話しをしました。
今度は化膿している為、約四週間は入院が必要と告げられました。
え!そんなに!
そんなに入院していたらガンはもっと大きくなる。
先生と相談をして、その時が来たと思いました。
それはこの先たぶん帰れないと思う。
だからこのまま入院をするか、脳を完治してホスピスへ行くか...
本当はそのまま入院していたい、しかしそれでも週一回しか面会が出来ないというシステム。
そんなのあり得ない!
父に会えないと言う事が、もしかして最後まで一緒にいられないかもしれない。
いつからどうすればいいのかわからない。
もしかして、急変してそのままと言う事もあり得る。
色々考えるとまた混乱。
家族と話し合い答えがでません。
どうなるか先は全くわからないから
後悔のないように、とも告げられましたが、どれが後悔しないようになのかもわからない。
人の人生を決める事になる。
本当にわからない。
でも決断しなくてはいけない。
脳は繰り返えされる、それがなければ家かホスピスかになります。
父はホスピスを希望していましたが...
何の治療もしないホスピスへ行くか、治療を続け病院に残るか...
ホスピスだと会える、でも病院だと会えない。
わからない。
今家族でたくさん考えようと思います。
とにかく父が苦しまない様に、ただそれだけは願います。
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