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公営競技選手への誹謗中傷は許されるのか

 社会的に大きな問題となりつつある誹謗中傷。わたしが仕事で関わっているボートレース界隈でも選手に対する誹謗中傷が目立ってきています。しかし公営競技に野次は付き物。どこまでが「野次」という扱いで、どこからが犯罪に繋がるのか……誹謗中傷での訴訟経験のあるわたしが、弁護士の話を元にそのラインを探っていきます。

※こちらはボートレース雑誌「マクール10月号」に同様の内容が掲載されていますが、スペースの関係で入り切らなかった情報などを再度まとめて公開しています。

■野次と誹謗中傷の違い

荒木(以下荒) 最近ネット上の誹謗中傷が多く話題に上がりますが、そういう相談は増えてきていますか?
弁護士(以下弁) 相談件数は変わりませんが、賠償額が上がってきたという印象はあります。
 今回は公営競技の選手に対する誹謗中傷について色々とお話聞かせてください。前提として、「公営競技の選手は一般人とは違う」「お金を賭けてもらっているから何を言われてもしょうがない」ということはありますか? ファンの中でそんな空気が流れているように感じます。
 何も特別なことはありませんよ。顔を出して仕事をしている分普段の生活だってし辛い上に誹謗中傷まで当たり前なんて、そんな酷いことはありません。
 レース場で野次を飛ばすのはどうなんでしょうか? 私自身、負けると言いたくなることも……。野次とネット上の誹謗中傷はどんな違いがありますか?
 野次は一度言ったら誰かが録音していない限り立証することが難しいのですが、インターネット上だと消さない限り残り続けます。世界中の人がいつでも見られる状態にあるので、発言によってはかなり悪質なものになります。
 なるほど。例えばどちらのパターンでも「下手くそ!」という発言は凄く多いんですが、それってどうですか?
 「下手くそ」ですか……事実として本当に技術が低い場合、その人への評価として下手くそと言うのは致し方ないというか……。
 「引退しろ!」「辞めちまえ!」は?
 それはちょっと言い過ぎかもしれませんね。
 どこまでがOKで、どこからがNGなんでしょう?
 僕が一番納得している線引きとして、その人と一対一の時に対面で言い辛いことは、インターネット上でも言ってはいけないんですよ。例えば容姿のことを言うとか。さっきの話だと「下手くそ」っていうのは技術の良し悪しで勝敗が決まるものなので、それが誹謗中傷になるかと言ったら難しいかなと。ただ「引退しろ」は技術云々と関係なく、悪意を感じます。
 技術に関係ないのに「ブス」って言われたりしていますね。
 それはダメです。
 ダメなんですか? 擁護する訳ではないですがタイプじゃないだけというか、意見だって言われてしまうこともありそう。
 意見に過ぎないという反論はよくあります。でも容姿、外見という自分で変えられないことが多い部分について悪く言うのはダメなんです。
 なるほど。
 裁判の事例として「ブサイク出目眼鏡ババァとの投稿は、年配の女性である対象者の外見が整っていないことを意味する表現であって、これはダメですよ」と。意見ではあるかもしれませんが、受け手側の名誉感情を害しているんですね。「ブス」という発言は社会的評価を下げる名誉棄損には繋がりませんが、名誉感情が傷付いたという理由で訴えることができます。
 「このハゲ!」は?
 アウトですね。

■実際の誹謗中傷例

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 ここで、実際にあった誹謗中傷を例に挙げ、弁護士視点でどういった判断になるのかを尋ねてみることに。あまりの内容にドン引きされてしまったり、中には目を覆いたくなるような内容で記事にすることにためらいを覚えるものすら多くありました。以下、書ける内容のものだけを掲載します。

・名前をもじった不名誉なあだ名をつけて呼ぶ→誰の事を指しているか、話の流れやスレッドのタイトルなどでわかる。名誉棄損は難しいが、名誉感情を害するという点で訴えることができる。

・股開いて妊娠延命の道を走るやろ(女子選手に対して)→誰にでも股を開くととらえられる場合、社会的評価を下げる=名誉棄損にあたる。(ここで弁護士の独り言)「しかし酷いな…。こんなこと言われるんですか」

・八百長→社会的評価を下げる行為。名誉棄損で訴えることができる。

・アホ、バカ、低能、ゴミ、カス、キモイ→全てアウト。

・死ね→アウト。「対象者を侮辱する内容であり、名誉感情を侵害していると認められ、そんなことを正当化する理由はない」との判決あり。

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・現地いってたら確実に殺してた→対象者の名前も記載されている。業務妨害。今すぐ訴えた方がいい。

・おかして殺す、燃やしてやる→業務妨害。今すぐ訴えた方がいい。

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・画像参照→最初の2行に関しては技術に対する評価、意見と言える。しかし「なによりもブス」はアウト。

 以上、ほんの一部の誹謗中傷に対する判断はこういったものとなりました。名誉感情の侵害、名誉棄損、業務妨害……度合いは違えど、侮辱されたと感じたら訴えが成立する可能性があるとのことです。

■発信者情報開示請求の流れ

 しかしいざ訴訟を起こすとなるとどんな手続きを踏むことになるのか、知らない方も多いのではないでしょうか。

 ①サイト運営者に投稿者のIPアドレスとタイムスタンプを開示させる
 ②投稿の際に投稿者が利用したプロバイダを特定し、プロバイダに対して、記録の消去を禁止する裁判所の命令を出してもらう。
 ③プロバイダから、契約者の氏名、住所を開示させ、投稿者を特定する。

 以上3回の裁判を起こし、その後ようやく投稿者本人に対して損害賠償請求ができるのですが、正直これは非常に荷が重く、この流れを聞いただけで泣き寝入りの道を選ぶ人も多くいます。個人的経験から言うとプロバイダとの裁判が一番面倒でした。というのも、プロバイダ側に開示請求を専門としている弁護士がいるためそこを相手にするのは時間がかかってしまうのです。(訴訟を起こされるプロですから)
 しかし現在法改正が検討されており、情報開示請求を簡略化させようという動きがあるとのこと。更に、これまで開示される情報は住所と名前だけだったのが、今後電話番号も開示した方がいいという意見もあるとか……。開示された住所に住んでいなくても連絡が取れるようになるのは強みだそう。
 また、冒頭にもあったように裁判官の裁量も変わってきていて、損害額が大きくなる場合もあるとのことです。裁判官も時代に合わせて考えを変えていかなければならないと思う、というのが弁護士の意見でした。

【追記】マクール用の記事を書いた後、ネット中傷対策として電話番号が開示されるという改正・施行が行われました。

 SNSで中傷を受けた女子プロレスラー木村花さんが死去し社会問題化したことを受け、検討を加速させたとのこと。上の記事によると「今後は被害者が開示を求めて訴訟を起こさなくても、被害者の申し立てを受けて、裁判所が投稿者情報開示の是非を判断できるよう詳細を詰める」だそうです。

■選手はどう感じているのか

 誹謗中傷を受けたことのある選手がそのことをどう感じているのでしょうか。

・死ねとかブスとかは言わることは多いと思います。
・お金かけてるんだから、ボロカス言ってもいいと思ってる人がほとんどだと思うので眼に入れないようにしています…。
・訴えられるなら全部訴えたいし、誹謗中傷ってほんとに卑怯者のすることだし腹は立ちます。でも、実名で戦ってないSNS上で弱い者いじめしてる人の為に時間を割くのがもったいないって思っちゃいます。
・いちいち相手してる暇もないし、構うに値しないというか。
・さすがに殺害予告とかは選手会等上の人に相談しようとは思うんですけど、それ以外は無視してます。

■取材を通しての私見

 今回は選手を対象に取り上げた記事でしたが、これは他の職業や立場の人にも起こりうることです。どんな立場であっても、誹謗中傷を受けたことに対して「仕方がないことだ」と思う必要はありません。「気にするな」や「人気がある証拠」「有名税だよ」という言葉も無理に聞き入れなくて大丈夫です。わたしはこういう言葉が一番嫌いでした。辛い言葉が目に入ってしまったら気になるのは当然。「気にする方が負けなんだ」なんて我慢をする必要はなく、沢山ショックを受けてもいいのです。どうしても辛い、もう見たくないと思った時、弁護士に相談をするという道を思い出してください。見えない相手から石を投げられる行為に対して、どうして身を守ってはいけないのでしょう?
 私は実際に誹謗中傷に対して訴訟をしました。和解までにある程度の費用と2年近くの時間がかかりましたが、その結果には満足しています。「この人、本当に訴訟してくるんだ」というイメージがつくだけでも誹謗中傷は減りました。今も知らない所で何か言われているのかもしれませんが、少なくとも直接何かを言われることは全くありません。もしあったらいつだって裁判をするつもりです。
 インターネットを利用する人に対して、暴言を吐くな、誹謗中傷をするな等そんなことは言いません。感情を剥き出しにする癖がある人を止めることは難しいです。ただ、度合いは違えど何らかの形で訴訟を起こされる可能性があることを知っておいてほしいのです。時代は変わりつつあります。インターネットは何一つ匿名ではなく、全ての発言は発信者の情報と紐づいています。
 ちなみに、訴訟はものすごく簡単です。時間がかかるとは言いますが、それは弁護士さんが代わりに戦ってくれている時間。私は毎日ゲームして寝てお菓子を食べて、たまに被告の反論を読んで「じゃあこうやって攻めましょう」と弁護士さんと作戦会議をしているだけでした。時間なんて何をしていても過ぎていくのだから、気軽に訴えてもいいと思っています。
 最後にわたしの勝手な意見ですが、選手会等に誹謗中傷について相談できる窓口や部門が存在するだけだけでも選手は安心して仕事に臨めるのではないでしょうか。誹謗中傷の中には身の危険を感じるものも散見され、選手が所属する団体が守るべきなのではと感じています。

■マクール副編集長・三吉功明

 個人的に誹謗中傷を受けたことは少ない。目にしてないだけかもしれないが、それでも少なからず見知らぬ人からの「攻撃」を受けることもある。特にツイッターでは、その気軽さもあるのだろうか、自身の意見を投稿しがちだ。もちろん、私は選手への誹謗中傷などすることは絶対にあり得ない。逆に選手の擁護をするような意見を述べてしまう方が多いだろう。立場上、常に公平な目で物事を考えなくてはならないのだが…。その擁護に対して、ファンからきつい発言があることは多い。「お前が言うな」、「こっちは金かけてんだよ」など。
 ギャンブルだから何を言ってもいい、そんな雰囲気は確かにある。しかし、そこには違和感もある。「命の次に大事なお金をかけてるんだから、選手は何を言われても仕方がない。そんな事を言ってる人はギャンブルなんて辞めた方がいい」とツイートして、相当叩かれたことはある。命の次に大事なら、ギャンブルなどせずにもっとお金を大事にした方がいいという意味だが、お金をかけているからという最もらしい「正義」をかざせば、何を言ってもいいというのはあまりに飛躍している。
 一方で、四半世紀以上も舟券を買っている身からすれば、文句のひとつを言いたくなる気持ちは痛いほど分かる。それこそ毎日…。野次という観点からすると、技術面に関する「下手くそー!」などは法的にもある程度許容されるようだ。何も言わないに越したことはないが、行き場のない負の感情を発散させるには前もって「セーフ」の言葉を用意しておくのが最善だろう。一歩間違えれば、犯罪者として訴えられることもあるのだから。

取材協力:鈴木優吾弁護士(山岡総合法律事務所)

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