髪の毛で農家ごっこ
ワニがいるから白線しか歩いちゃいけないゲーム
自分の影から逃げるゲーム
小さい頃はそういった一人遊びを誰しもがしていたと思う。
私なんかは、自宅のトイレにいる見えない妖精に心の中で話しかけては、いつも妖精が座るトイレの時計に埃がたまらないように毎回拭いていたりしたこともあった。
想像力豊かだったなあとしみじみ思い出旅行に出かけていたけれど、そういえば大人になった今でも一人遊びをやっているなと思い至る。
例えば作業中に集中力が銀河の彼方へすっ飛んでいった時に、私は髪を触る。
人差し指と親指で少量の毛先を摘み、そのまま優しく滑らせては別の毛束でそれを繰り返す。
するんとした指通りの中に、指に引っかかるような感覚を感じた時はヒットの合図。
その毛束の先を丁寧に見ると、いくつかくるんとカールしている毛があるのだ。
行き場を失った朝顔のつた先みたいなやつ。そうなるとわしゃ朝顔か?
つた先、というよりも、平仮名の「し」そっくりなので、この子達を「し」と呼んではハサミで切り落とす。
カールが強めなものは「し」よりもカーブがきつそうな「J」として、
「これは『し』・・・こっちは『J』・・・」
と仕分けている。
私にとってこの行為は、草むしりのような面倒で義務的な作業などではなく、育てた果実を収穫するような、そういった喜びがここにある。
切り取った毛先はゴミではない。ぶどう。
レア物の「J」はナガノパープルなのだ。うまいぞ!
目と毛先の距離が近いから眼球裏の筋肉をギンギンに締め上げながらチョキチョキすること小1時間。
最後に切った毛先をテーブルの上で集めて「し」と「J」をしげしげと眺める。
これが小林農園の収穫祭だ。
上から見たり横から見たり、いろんな角度から集まった「し」と「J」を観察して、その日の収穫に満足するのだ。
こうやって大人になった今も、農家気分で一人遊びをしていることに最近気がついた。
今も昔も変わらない自分に落胆と安心が混ざってなんとも言えない。
時間が勿体無いだの意外と大事な時間なんじゃないかだの、あーだこーだと逡巡。
そして落ち着く先は決まって一緒。
「まあタダで遊べてるんだからいっか!」
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