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小説「二十年の片想い」33~40

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大長編小説「二十年の片想い」33~40(1991年9月。大学は後期に。演劇サークルはばたき編)
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二十年の片想い 40

二十年の片想い 40

 40.
 楓は、演劇棟内の洗面所の大きな鏡に見入っていた。これまでは鏡で自分の顔を見ることが嫌いだったが、今日は違う。市村が褒めてくれたのだ。
「かわいい、かわいい?ふふっ」
 楓は鏡に向かって小さく独り言を言うと、嬉しくて一人で笑った。火照った顔を冷たい水で何度も洗ったが、熱が引くことはなく、赤いままだ。青白くて嫌いだった肌が、赤くなることによって、本当にかわいくなったような気がした。唇に指を

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二十年の片想い 39

二十年の片想い 39

 39.
「今、監督が言ったことを忘れずに、きちんと守るようにね」
 内野が出ていって二人だけとなった「舞台の間」の室内で、市村は楓に確認するように、努めてやさしく言った。
「はい。わかりました」
 先ほどと同じ返事をするが、内野を見る目とはまるで違っていた。怯えて泳いでいた目がまっすぐこちらを見て、途端に輝き出した。青ざめていた顔も、瞬時に赤くなった。声にも張りがあるのだが、内野が感じていたよう

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二十年の片想い 38

二十年の片想い 38

 38.
 白鷺大学演劇サークル「はばたき」のための棟、通称「演劇棟」の中の一室、「舞台の間」と呼ばれる広い部屋には、一年生部員の秋山楓、四年生で監督を務める内野雅樹、そして同じく四年の、主演を務める市村雅哉がいた。
 たった今、家政婦マリーの告白シーンの稽古が終わったところだ。
「立てる?」
 市村は、おもしろいように真っ赤に照れて、足ががくがく震えている、ウブで世間知らずの楓の手をとり、やさし

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二十年の片想い 37

二十年の片想い 37

 37.
 楓の頭の中に、大野のあの声が、美咲に告白したあの言葉が響いた。
「はい」
 無意識のうちに、楓は市村の問いに対し、はっきりと返事をしていた。市村は続ける。
「そんなある日、フランソワと二人きりになる機会がふいに訪れた。胸の奥に押し込んでおいた熱い想いが、抑えきれずにあふれ出てしまった。赤いハートの形をした厳重な宝石箱の鎖がちぎれ、鍵が壊れてふたが開き、中にしまっておいた、愛という名の大

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二十年の片想い 36

二十年の片想い 36

 36.
 通称「演劇棟」と呼ばれるサークル第二棟の一室、「舞台の間」の中で、稽古は続いている。家政婦のマリーが若旦那フランソワに、胸に秘めてきた想いを告白するシーンだ。
「いってらっしゃいませ、旦那様」
 市村に微笑まれた楓は、顔が熱くなるのを感じながら台詞を言った。
「あとは頼んだよ」
 市村の声が、それまでと微妙に違った。その目もフランソワという役の上での人物ではなく、市村自身の目で、まっす

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二十年の片想い 35

二十年の片想い 35

 35.
「秋山!やる気あんのか!初っぱなから台詞を間違える馬鹿がどこにいる!」
「す、すみません」
 監督である四年生、内野の二度目の落雷が楓を襲い、全身を打ち砕いた。楓は必死で謝った。
「王様は例えで言っただけ。わかるよね。台詞はちゃんと頭に入ってるよね」
 そして主演を務める同じく四年生、市村雅哉の声に救われた。
「はい。すみません……」
「もう一回。同じところから」
「はい、いきまーす。五

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二十年の片想い 34

二十年の片想い 34

 34.
 いよいよ家政婦マリーが身分の高い若旦那フランソワに秘めてきた想いを告白するシーンだ。
「秋山。始めるぞ」
 宮本が厳しい口調で言う。
「は、はい」
「本番いきまーす。五秒前、四、三、二、一、スタート」
 緊張を解く間もなく、宮本の声が容赦なく秒を刻んだ。楓はおずおずと市村に近づいていった。男子学生に触れるなど楓には初めてのことで、しかも相手は誰もが憧れる、稀に見る絶世の美貌の持ち主であ

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二十年の片想い 33

二十年の片想い 33

 33.
「秋山さん、来て。そろそろ出番よ。今日はマリーの告白シーンをやるって言ってたわよね」
 同じ日、時刻は午後六時になろうとしていた。ついに来た。いよいよだ。楓は先輩のその声に、身を引き締めた。
 演劇サークル「はばたき」の稽古の開始時刻は午後三時三十分だが、授業のある者は当然そちらを優先して構わないし、サボってもそれは個人の自由だ。楓はもちろん、授業を優先していた。今日は授業が終わるとすぐ

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