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小説「二十年の片想い」41~44

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大長編小説「二十年の片想い」41~44(1991年9月。再び仏文科クラス編)
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記事一覧

二十年の片想い 44

二十年の片想い 44

 44.
「藤田香菜(ふじた かな)さん。シネ研(シネマ研究会)の四年だよ。経済学部」
 大野はから揚げ定食の味噌汁を一口飲むと、実にあっさりと、淡白すぎるほどあっさりと、普段と変わらぬ口調で、新しい恋人の名を口にした。照れることもせず、浮かれた様子もなく、自慢する様子もなく、特に嬉しそうでもない。表情も普段のまま、落ち着いた穏やかなものだった。
「四年?三つも上かよ?俺はてっきり、同学年か、一コ

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二十年の片想い 43

二十年の片想い 43

 43.
「楓。大丈夫なの?転んで倒れて動けなくなったって……どこか強く打ったの?」
「楓。まさか、頭打ったわけじゃないよね。医務室行かなくて大丈夫なの?」
「楓。どうしたの?まだ具合悪いの?貧血なの?」
「横になってたほうがいいんじゃない?もっと椅子を並べて……」
 花枝と美咲が口々に騒ぎ立てている。高い声がきんきんと頭に響く。教室中がざわめいている。みんながこっちを見ている。恥ずかしい。
「落

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二十年の片思い 42

二十年の片思い 42

 42.
 白鷺大学キャンパスの校門をくぐり、銀杏並木にさしかかると、前を歩く大野と見知らぬ女は、噴水広場の前で、女のほうが名残惜しそうに大野から腕を離すと、美しい笑顔を残して、経済学部棟、商学部棟、法学部棟がある右へ曲がり、消えた。大野は女にやさしい微笑みを返し、普段どおり、文学部棟のある左へ曲がった。その光景がまた、楓の胸を痛めつけた。
「よし、別れたぞ。行くぞ、タカ」
「おう、カタ」
 片山

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二十年の片想い 41

二十年の片想い 41

 41.
 白鷺大学キャンパス内のサークル第一棟付近で大野誠治を見かけた夜から、一週間ほど後のことだった。秋山楓は一人、悶々とした心を抱えて、午前の授業に出席すべく、キャンパスに向かって歩いていた。
 あれから一度も、演劇サークル「はばたき」の四年生男子部員で、美貌のトップスター俳優の市村雅哉と言葉を交わすことはなかった。顔を合わせることもなかった。稽古はあれから二日あったのだが、姿を見たのは稽古

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