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みざくらの樹 #7 - 哀悼 芦原妃名子さん

 今週1月29日月曜日、テレビドラマ「セクシー田中さん」 (2023年10~12月・全10回 日本テレビ)の漫画原作者、芦原妃名子さんの突然の訃報に接すした。多くのファンの方々と同様、ただ、胸が痛くて悲しくてたまらない。

 「セクシー田中さん」については、前に記事にしたことがある。本当に素敵な作品だった。自己肯定感が低く生きづらさを抱えている田中さんを始めとした登場人物たちが、背筋を伸ばして歩もうとする姿が愛おしかった。演者たちも活き活きと輝きを放ち、田中さん(木南晴夏)、「田中さん推し」になり友情を育んでいく派遣OLの朱里(生見愛瑠)、旧時代の男性の価値観を持ちながら田中さんに惹かれていく笙野(毎熊克哉)、一見チャラリーマン小西(前田公輝)、朱里の元カレ進吾(川村壱馬)。それぞれこの作品が代表作、出世作とも言われるであろう好演だった。撮影終了時に出演者が並んで花束をもらっている写真が公表されているのだが、これだけ話題になり好評だった作品に出演したにもかかわらず、皆、満面の笑みというわけではなくどこか表情が硬いように感じて不思議だったのだが、現場はその時、微妙な雰囲気だったのかもしれない。だとしたらなんとも残念なことである。

 問題になっている、9・10話については、たしかに素人の私が見てもトーンが違っていた。特に最終話は、途中で入った田中さんと朱里のスケートリンクでの会話のシーンが長くて(後から考えると芦原さんはこれを端折ることはできなかったのかも)、あと残り時間でどうやって収めるんだろうと感じたのを覚えている。そしていよいよエンディングのクライマックス、2年ぶりに日本に帰ってきて見事なダンスを披露した田中さんに笙野はどんなことばをかけるのか。待っていたのだが何もなく終わってしまい、「えっ、これで終わり !?」と拍子抜けしたことは確かである。ただ、一方で「笙野が田中さんに駆け寄って二人がハグする」などといった陳腐な結末だけはごめんだと思っていたので(放映日はクリスマスだったのでワルい予感がしたのだ)ホッとした。前にも書いたが、私は田中さんと笙野は恋人同士にならずに、ずっと友情以上のものを温め続けるのがよいと思っていた。男女の仲は何も恋愛や結婚だけではない。そちらの方向に行くと傷つけあって断絶してしまうこともありうるけれど、「大切な異性」で留まっていれば「永遠」なのである。この二人はその方がよいのではないかと思っていたのだが。ここで、田中さんと笙野は別の意味で「永遠」となってしまった・・・。

 衝撃的な一連の事件の発端から顛末については、多くの人たちがいろいろな立場で語っているので繰り返さない。芦原さんは、必死の思いで事情を「説明」したのに、「攻撃するな」と誰か(おそらくはネット民)に言われて、深く傷ついたのではないか。だから、たとえ擁護の声であっても皆でギャンギャンと言い立てることは、決して芦原さんの魂の救いにはならないと思うからだ。とは言うものの、訃報の直後の日本テレビの無神経な責任回避のコメントだけはどうしても我慢ならないのである。人が、結果としてだが、命がけで伝えていったことをまるで無意味であるかのような扱いをする非人道。危機管理として、モンスター級のクレーマーへの対応で、相手の挑発に乗らないために「あくまでも当方はルールに従っております」とだけ伝えるという手法はあるが、それは「相手が何を言ってきても聞きませんよ」と言うに等しいのである。芦原さんがなぜ亡くなったのかは実際にはわからないので、先走って「責任」を認めたらあとあと祟る、などと組織内部では言っていたのかもしれないが、自局制作のドラマに関連することは明らかなのだから、「事実を確認して、今後のドラマ制作のあり方を検証して参りたいと思います」などと一言言ってもよかったと思いますがね。

 (結局、私もずいぶん語ってしまっているのだが)、もう一つ、あまり言われていないことだが、この一連の出来事の中で感じるのは、相変わらず私たち視聴者が「不在」なこと。芦原さんが亡くなったこと自体を責めているのではないのでくれぐれも誤解なきようにお願いしたいが、正直のところ、「私たち視聴者はいったい何を見せられているんだろう」と苛立ちを覚えないでもない。視聴者は基本的にただ良いドラマを観たいだけ。それなのになぜ、このような悲しい思いをさせられなければならないのだろうか。どこを向いて発信しているのかわからないテレビ局のコメントは、それに答えてはくれない。もう二度とこのような悲劇を産まないよう、放送業界全体で考える問題ではなかろうか。

 芦原妃名子さん、「セクシー田中さん」をドラマにしていただいたおかげであなたの世界観を知ることがができました。他のあなたの作品も手に取ってみます。あなたが守り続けた多くの珠玉のことばを決して忘れません。多くの人々に感動を与えてくださり、どうもありがとうございました。どうぞ安らかにお眠りくださいますよう。心からお祈り申し上げます。