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(28)1581年 準備

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.28

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 話は少し前に戻る。とは言ってもこの時代でのことだ。私には隠遁する前に純忠としてやっておかねばならないことがあった。いやその表現は違う。今まで指図してきたことは知識としていた史実を裏付けにこの時代の大村にアドバイスしてきただけだ。これらのことはいくらあがいても歴史通りに進むことに逆らえない。そう納得してのことだ。実際に龍造寺との和睦は取り交わしてはいた。が、これを機とみた龍造寺のさらなる要求にやはり子供たちは人質に取られた。となるとまもなく私の波佐見への蟄居も言ってくるに違いない。あの事を実行するのかどうかは未だ決めなくて良い。私が決断せずとも喜前公や後世の領主に委ねても良いのかも知れない。ただ本当にやるとなると数十年の時間を要するだろう。来たるべき時のために何らかの下工作は進めておかねばならないのだ。それに明治までの大村の経済を維持する策は他には思いつかない。経済が立ち行かねば幕府出先の日田代官に借金まみれにされ倒幕派に就けるかどうかもわからない。
「子供たちはやはり人質に取られた。済まない。」
「今の大村の力では致し方なき事。それに程なく戻って来られるのでありましょう。御館様のご判断を信じて心配はして居りませぬ。」
「敢えて富永殿と呼ばせて下さい。今までよくぞ私の訳の判らない助言に従い家臣達を取りまとめて動いて下さった。感謝して居ります。しかしあと一つだけお願いしたいことがあります。ただし、こればかりは今までの事とは違います。私自身も進めて良いという確信が未だありません。ただ手筈だけは整えて置きたいのです。未来の大村のために。」
「御館様がそれ程まで自信がないとおっしゃるということはよほど大事なことなのでしょう。」
 事の重大性は理解してもらえたようだ。
「その覚悟を持って御命令に従いまする。」
「そうだな、これまでは助言にしか過ぎなかった。今回だけは確かに命令か。」
 私は史実にないことを独断で進めようとしている。正しいかどうかも不安のままだ。私からすれば本当に最初で最後の命令かも知れない。
「喜前様がこの三城に主として戻って来られた暁にはこの老兵又助も御役御免、最後の御奉公と考えまする。何なりと御指図を。」
「まもなく龍造寺から私の波佐見行きの達しもあるだろう。」
 そうなのだ。坂口に隠遁してからでは遅い。これは私の命令の賞味期限があるうちにしか出来ない強硬手段でもあるのだ。
「突拍子もない話だが先ずは道を無くして欲しい。場所は二か所。一つは横瀬と天久保、面高の間、もう一つは丹納と黒口だ。言った通り実際にやっていいかどうかの自信もない。でも今からやっておかねば後になっては出来ないのだ。とにかく道を塞ぐのだ。周辺の領主や多以良殿にはいずれ私か家族の別邸を建てるのでその防御とでも説明するしかないだろう。」
「御意にて、多以良のことは御心配には及ばぬでしょう。いずれ多以良の利益になることも少々考えを巡らせば解るはず。それにあの地のことはあの地のこと。又助一人が直接指図する訳にもいきませぬ。」
 そりゃそうだ。何でもかんでも富永殿一人に押し付けるのは無理がある。それにどうなのだ、私の意図を既に察しているのか。そうだ、あの時代の危機感や責任感のない人間とは違う。彼も含めてこの時代の人々にとっては日々が命懸けなのだ。全ての人々が自分や家族、一族の命を守るために常に策を考えている。ましてや彼や家臣は武人で策略にも長けている。私の考えることなどそれこそお見通しなのかも知れない。ならば私はどうだったのだ。戦国領主としての覚悟はあったのか。先のことを少しばかり知っているというだけでズルズルと高見見物を続けてきただけではないのか。
「では横瀬からは小迎を通らねば多以良へも行けぬ、大村へも来れぬということで宜しゅう御座いますね。それも針尾に近い海沿いを回らせるということで。」
 心を読まれているかと思う程、私の思惑通りのルートだった。その道筋のことも前の時代に少し気になってはいたがまさかこんな話になるとは。さらに彼は続けた。
「道を無くせということで御座いますが山に戻したのでは封じ切れません。ちょっとした獣道でもあれば人は抜けられます。こちらの目も届きません。ここは敢えて茶畑かなんぞを通り道にしておけば見張りの手も確実かと。」
 流石にそこまで考えてはいなかった。確かにそうだ。城造りの縄張り図面でも見たことがある。わざと進入通路を造っておいて敵を誘導するのだ。私は背広組とはいえ防衛省ということは一応は軍人のはしくれなのだ。なのにそんなことにも気が回らないのか。あらためてこの時代の武人の能力に恐れ入った。
「ならば蜜柑はどうだ。」
 植える木など何でも良かった。それにあの時代のものとは品種も違うだろう。ただ前に食べた西海みかんが異様に懐かしかっただけだ。
「その件は多以良と相談の上お任せいただくということで。」
「最後にあと一つだけ。」
 思わず自分にツッコミかけたがやめた。冗談を考えている場合ではない。
「地図から黒口、天久保、面高の三郷は消しておくように。どんな小さな図面にも残してはなりません。道を消す以上に大事なことです。おそらくこれが一番時間のかかる事かも知れません。」
 たとえこの時代と言えども地図から町を消すなど無理な話かもしれない。仙台の若林城のこと、あの記憶だけがかすかな頼りだった。やってみるしかない。前に現地を回った時もあの辺りの古地図には出会わなかったではないか。とにかく伊能忠敬が測量に来るまでは隠し通さねばならないのだ。自分にもそう言い聞かせていた。
「全てが先の準備ということで御座いますね。又助承知。では。」
 また孤独に襲われる時間がやってきた。
 とくに今回はなおさらである。


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(続く)



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