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(21)2018年 機内

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.21

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 長崎着任前日夕刻ひとななよんまる、私は機内に居た。自衛隊だけではない、一佐の下ではあの資料分析班でも時刻をこのように表現していた。だがこの言い方を覚えたのは入省してからではない。随分前から使っていて友人から冷やかされたりもした。あの作品が影響しているのは言わずもがなである。
 辞令にはずいぶん手間取ったようだ。受け取ったのはギリギリの五日前。羽田からの直通便は満席だったので伊丹で乗り継ぐことになった。東京大阪間はボーイングだった。ジャンボの時代より小型化してはいるが離陸は重たい。長い距離を滑走した挙句「どっこらせ」という感じで飛び立つ。正直私は飛行機に乗るたびに不安を感じている。地図は好きなので窓から地形を見るのは楽しみだし特に高所恐怖症でもないのだが。
 そうそう言ってはいなかったが私は東京生まれ東京育ちなのだが実は稀な阪神ファンなのだ。なので例のボーイングの墜落事故のことは知っている。その事故で球団社長が亡くなったのだ。吉田義男監督で優勝し、バックスリーン三連発のあった年だ。報じられた慰霊祭のニュースや坂本九夫人のコメントも何度か見ている。だからして特にアメリカ製のボーイングは恐い。それこそ国交省やら防衛省、わずかなからの米軍の公開資料も見たが直接の原因は不明のままだ。アメリカの技術が信頼できないという点ではあの浜松の技官と同意見である。スペースシャトルも何度も事故で犠牲者を出しているではないか。
 伊丹での乗り継ぎ待ちの間に思った。
「ここからの長崎便はエンブラエル、初めてだ。百人ちょいの小型機だったな。ブラジル製だが川崎重工が提携していると聞いている。どこまで設計に関わっているかは知らないがボーイングよりは安心できそうだ。」
 だが、離陸の際に感じた違和感を話さずにはいられない。公式の滑走距離は千五百メートル程度だった筈なのに意外と短かった。メインの滑走路に出たあと出力を最大にして走り出したらほんのわずかの時間で浮かび上がった。標識をよく見てなかったのではっきり言えないが千メートルは絶対に行ってない。体感では五百メートル前後のような気がした。長崎の着陸の時も同様だった。着地してすぐ徐行状態に落ち着いた。「何なんだ、この機体は。」と思ったのをはっきり覚えている。たった三か月とはいえ防衛省に居た私には本当に五百メートル以下だったらカタパルトがあれば空母に積めるじゃないかとさえ思った。そこまでいかなくともアスファルトの滑走路さえあれば少々短い飛行場でも離発着可能ということだ。
 事実長崎へ赴任してから大阪の交通社への用件があって出張した際、最終便で駆け込み着陸のため奈良上空での周回で待たされるのだろうと思っていたら鳴門上空から関空上空を経てすんなり進入ルートに入った。豊中辺りまで来てまだ高度があったのでやり直すのかと思いきやそのままプロペラ機用の滑走路に降りたのである。その後は空港ビルまではタラップで降りてバス移動にはなったのだが。ただその時もまだ個人的な憶測と主観にしか過ぎなかった。
「虹の松原か。唐津だ。」
 海岸線と大まかな地形を見ればすぐに解った。夏だったので夕日というにはまだ少し早いが柔らかく黄色くなった西日が心地よかった。
 晴れてさえいれば地形を見ればどのあたりを飛んでいるかなど私にとっては朝飯前である。この時も萩や津和野、秋吉台もはっきり見て取れた。志賀島に至っては地図で見るまんまである。姫路城は位置は判ってはいたが天主は肉眼で見えなかった。まだ修復中だったのだろうか。まだ残る広島の土砂崩れ跡ののブルーシートは印象に残った。ついでに言うとその大阪出張の時には四国上空で一直線の中央構造線にも感動したのを覚えている。
「このまま北から進入するのか。」
 風向きの加減かと思った。日本では南北向きの滑走路では南から着陸するのが一般的だ。だが違った。そうこう思っているうちに機体は旋回し南へ機首を向けた。佐賀長崎の県境となる多良岳山体の向こうにキラキラ水面が光った大村湾と西彼杵半島が見える。
「ここか、一佐が言っていた場所は。単純に一言で美しい。それにどこか懐しい。」
 本当にそう思った。しばらくすると目的の空港が見えた。進行方向とは逆向きで一旦通り過ぎる。有明海に差し掛かった辺りから諫早上空へ高度を下げながらほぼ百八十度の急旋回だ。反対側の席からは雲仙や阿蘇が見えているに違いない。真下にはゴルフ場が見える。微調整が始まったところを見ると自動着陸に入ったようだ。飛行機は着陸が怖いという人が多いが実はこの体制になればもう安心なのだ。大村市街地の街並みは遠目からでもイオンが目立つ。山々の景色はというとこれまたダイナミックだ。溶岩流なのだろうか、いくつもの峰々のスロープが湾に向かって注ぎ見事な逆放物線を形成している。それだけではない。その峰々の合間合間に見える扇状地斜面もその曲線美を補完している。もっと近くでも見てみたい。そんな思いを抱いた。着陸寸前には旧大村空港も確認できた。
 とにかくここが私の新天地なのだ。


(続く)


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