みずうみ

君がいないひとりの夜が、どんなに淋しいか、それは月の出ている宵に、みずうみを覗いてみれば判るだろう。みずうみには青い花が咲いて、清い風が吹いて、おまけに鏡のわたしが映る。だけどわたしは泣いている。かなしげに眉をひそめて、唇とがらせて、ふたつの小さな瞳からは転がるように涙が落ちる。それがみずうみにぽつんと跳ねて、ああ、六月が終わったぞ。君のいる街の灯りは一体どんな色だろう?窓の外には月が見えるだろうか。わたしは伴う者もなく、ひとり夕暮れからこの部屋にいる。飲んでも飲んでもひとりはひとり。だめになってしまえればいいのだけれど、いまもなお、わたしは大人のままである。文学がどうとか、明日がどうとか、この夜には関係ないはずなのに。わたしは手元の詩集をめくって、逢えない君のことを想う。わたしのあとについてくる君の微笑みがとても好きだった。わたしの服の裾を掴む君の細い指が好きだった。わたしのくだらない冗談をはじくような、君の白いシャツが好きだった。高架をくぐって、風が吹いて、北口はいま、淋しくわたしを見送った。駆け抜けた電車はみずいろ。誰にもぶつからずに歩きながら、わたしは夜の街にたおれる。夏が笑うように飛行機雲を描いてわたしの視界を切り裂いていった。しちがつに乾杯して、グラスのジンをこぼした。ごめんなさい。こんなに明日がこわいのに、わたしは生きていくみたい。

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