JAMESONとおぼえがき

 何も言わずに旅に出る、そんな私を叱ってください。たくさんのことをやりのこして、あらゆるものから遠ざかる、そんな私を叱ってください。優しさも、哀れみも、何一ついりません。水溜りの上を走り抜ける車のように、私のシャツを濡らしてください。
 夕暮れはいつも淋しかったが、あなたのいない朝は夕暮れより夕暮れだった。懐かしさが眼に染みて、僕の頬をきらきらつたう。ラムネの壜が吹き出すように、センチメンタルが肘までこぼれて、アスファルトへ落ちて乾いた。夏は39℃だった。
 初恋がいつだったかなんて憶えてないさ。憶えているのは叶わなかったことだけさ。泣いてさえいない。だってあの頃、恋なんて、敗れるものだと思っていたから。
 いつから大人になったのだろう。大人になろうとしたのはいつだったか。子供にもどりたくなったのはいつだったか。僕のまわりで季節はいつも、気まぐれのゆりかごだ。行っては戻り、過ぎては帰る。だったら僕は今でもまだ大人でもなんでもないのかもしれない。歳を重ねた少年さ。
 憂鬱な夜に酒を飲むのがあたりまえになってしまった。そのころはふるさとにいたけれど、憂鬱な夜の過ごし方は今とたいして変わらない。何もかもがめまぐるしく変わっていったけれど、それだけは変わらない。憂鬱は僕のいちばんの友達なんだね。
 二度と逢えない人と、もう一度だけでも逢いたい人の区別がつかない。それらはひょっとしておなじなのかもしれない。僕は逢えない人に逢いたいのかもしれない。さようならと書かれた切符をつかって改札を入ったはいいけれど、そのあとで僕は切符をなくしてしまったみたいだ。もう、ここから出られそうにない。何本も何本も電車を見送るばかり。一体この駅の名前はなんなのだろう。

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