君が消えた朝⑤
急な質問に呼吸が止まる。
まるで見透かされたかの様な言葉に真一は暫く何も言えなかった。
「あはは、冗談だって。でもこんな時に何もしてあげれないなんてお姉ちゃん失格かな。小さい頃はよく遊んだりしてたのにね。」
「誰だって言いたくない話のひとつやふたつあるよ。翔だってクラブを一生懸命しながら周りに気を遣ってやってたんだよ。」
「ずっと自分の気持ちを抱え込んで...た?」
「...うん、たぶん...。俺達はずっと幼馴染で小さい頃から一緒だったけどどこまで行っても3人で距離は近いけど、全部が全部言いたい事を言うのはきっと違うって事はわかっていたんだ...と思うんだ。」
「そうやってみんな大人になって行くんだね。」
「昔、お爺ちゃんが言ってた。『人間』という字は『人』という字は人が支え合う、そして歩いて行く人の下半身から来た物で、『間』という字は人と人との心の間の事を指すんだって。つまり人間というのは周りの人間と支え合って生きていく為には間を上手く取っていけってよく言ってたよ。間の取れない人間は人間じゃなくて『間抜け』なんだって。」
葵は真一に背を向けて震える声で言う。
「...それでも私はこんな事になるんだったらもっと間抜けになりたかったよ。」
真一はこれ以上、言う事が出来なかった。
初めて見るお姉ちゃんの涙。
何も出来ない自分への苛立ち。
それどころか自分さえいなければ今、こんな事になったのかさえ考えてしまう。
葵は涙を拭いて振り返る。
「ごめんね。こんな時に弱気になるのなんて良くないよね。私はみんなのお姉ちゃんなんだから。居室に戻ろう。お母さんが待ってる。」
2人は病室に戻ると母親が翔の隣に座っていた。
真一は少し話した後に用事があると言って帰路に着いた。
その帰り道でバスに乗っている時に思い出す。
小さい頃に聞いた祖父の言葉。
「よいか、それでも時々、人は間抜けになってでも守らなければいけない物もあるんだ。その時は自分を信じるんだ。」
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