ストレスと試練

ストレスという使いやすい言葉は
氣やなくて「気」の字を使うのと同じように成長したと思う。
私は氣を子供の時習わなかったし、昔の字としてしか知らなかった。
生きてきた分だけ感じることが増えるのは面白い。
ストレスと括られている中にある
「試練」
試練とストレスを分けて感じたら随分楽になった。
試練は自分の課題
ストレスはかかる負荷の総称
負荷は毒にも薬にもなるので、
赤ちゃんがおむつはずしを頑張ったり
歯磨きを頑張ったりするのは
ストレスがかかるのではなくて「試練」
なんだか世の中が明るく見えるようになった!
負けるな日本語
どうせ
カタカナ外来語は日本人の雰囲気が作った呪いに過ぎない
トレンドとか
アンニュイ
とか
もう当時はやった言葉も出てこないけども
雰囲気で使っていて自分だけが理解していて
日本語表現するとぼやけるもの全部
それは、正しく日本語を当てはめるだけで
まるで禊ぎが終わったようにすっきりします

つまり、そのストレスと表現している現象は
あなたにとって不必要な負荷ですか
大事な試練ですか?
不必要な負荷であれば、言語化してお断りできるようになりましょう。
試練であれば、そう受け止めてストレスという言葉に逃げないことで、できてもできなくても渦中がカッコいいのです



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