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爆走!韓国旅行 その6(完)

 翌日午前中、Hちゃんと私は自由時間をもらいました。朝食は部屋に運んでもらった紅茶とフルーツだけで、ママは出発まで部屋で寝るそうです。ホテルには12時半までに戻れと言われており、Hちゃんがどうしても行きたい焼肉屋で早いランチをするために朝食を軽くしたのでした。
 なにしろ暑いし、買い物は空港でもできるしということでまずはタクシーでロッテワールドへ。併設の民族博物館でまったく知らない文化を薄く広く学んでおきましょう。人形を使った展示が多く、王様の謁見風景と伝統的な結婚式の様子が印象に残っています。王様の冠は琉球王国のやつみたいだな…などとどうでもいい感想を持ちました。びらびら顔の間に垂れ下がっている飾り物がうっとおしそう。

 「結婚式するならアレ着てみたいんだよね」と花嫁さんの衣装をHちゃんが指さしました。古典的な婚礼衣装。日本でいえば和装か、十二単か。どの国も花嫁衣装は豪華で見ていて面白いものです。しかし後年Hちゃんはカトリックの教会でウエディングドレスを着ることになるのでした。
 さらーっと博物館を過ぎてロッテワールド本体へ。Hちゃんが焼き肉店の開店時間を気にしています。私はとにかく人々が醸し出すものすごいエネルギーに圧倒されて何を見たい、何がしたい、ということが思い浮かびませんでした。ひとつくらいなにかアトラクションに乗るか、ということで屋内ですが気球に乗りました。ここで一緒に写真を撮り、やっと旅行っぽくなってきました。
  
 ロッテワールドからまたタクシーに乗って焼肉屋さんへ。とにかく時間がタイトなのでタクシーを飛ばしてもらいます。
 11時のランチ開店と同時に飛び込みました。まったく分からないのでHちゃんオススメのお肉をオーダーしてもらいました。何も頼んでいないのにどんどこお皿が並ぶ韓国方式に楽しくなりました。これも、これも、これもタダ、ついてくる、というHちゃんの解説を聞きながらカクテキやキムチをつまみます。キムチにこんなにいろんな味があるとは。お刺身をごま油につけて食べるのがなかなか驚きの美味。
 長いお肉がやってきて、鋏が置かれました。私は日本で焼き肉屋に行ったことがあまりなかったので、店員のお姉さんが手際よく肉を切る鋏の動きにくぎ付けでした。箸で持ち上げて切るって案外安定しなくて難しいのですが、もたもたしている我々を見かねてさっと手を貸してくれたあの人、きっと今頃頼りがいのあるオモニになっているに違いないです。

 焼肉と白ご飯という高校生男子のようなランチ。それをまたサンチュで巻いたらなんと美味しいことでしょう。お店はとてもきれいで、メニューでちらり見た価格もなかなかのもの。美味しかった…という余韻に浸る間もなく「時間だ!」とまたタクシーでホテルに戻りました。
 我々はあらかたパッキングはしてありました。「ママの様子を見に行こう」とお部屋に行くとママは部屋をきれいに片付けてあり、そしてソファに座って謎の小瓶を手にしていました。寸暇を惜しんで飲んでいる。おお、薬忘れた、といってビールで流し込んでいました。見なかったことにしよう。

 Cさんが迎えに来てくれて運転手さんがスーツケースをトランクに積んでくれます。ママはここで成田で買った煙草とお酒をCさんとその運転手さんにどんと渡しました。他に誰もいないこのタイミングを待っていたのかなと思います。運転手さんがすごく嬉しそうな顔をしていたのが印象的でした。それまでは皆にはあのラウンジのジュースしか配らなかったママ。式典で偉い感じの人もたくさんいたのに、その人たちにはお土産の一つも渡さなかったママ。実務をしてくれる人をえこひいきして大事にするその手法。学びました。

 買い物していない、と聞いたCさんが空港内を競歩選手ばりの早足で案内してくれて、会社で配る韓国海苔やきれいな揚げ菓子みたいなものとか、とりあえずのお土産は買うことが出来ました。さらにCさんの会社の焼菓子の巨大な箱が渡されました。致し方なくロビーでスーツケースをばかーん!とあけて詰めまくります。
 ママのスーツケースも誰に買い物を頼んだのか、頂き物なのか、韓国のあの金属の食器一式が詰め込まれていました。あれはなんだったんだろうか。とにかくどうにかこうにか荷物を預け、出国審査へ向かいます。いつの間にか見送りの人々が集まってきていました。
 私はゲート前でCさんと運転手さんと固い握手を交わし、心からのカムサハムニダを何度も伝えました。もう多分会うことのない人たち。でもこの2日間、なんだか分からない立場の私をお世話してくれた人たち。ちょっと別れるのがつらく感じました。

 とにかくもう時間がありませんでした。待ち構えていたスタッフによって、出国審査の列を飛ばしていきなりカウンターに案内されました。乱暴に出国のスタンプが押され、パスポートが投げ返され、日本人のスタッフに「こちらへ!」と誘導されて飛行機に乗りました。ラウンジもあったのかもしれませんが、それどころではなかったです。優先搭乗だというのに後から乗り込むはめとなり、皆さんお待たせしてます…の気持ちでした。

 そういえば。
 帰りの便は日系エアーではありませんでした。時間があわなかったのです。JTBが申し訳なさそうに「帰りは〇〇航空で、ビジネス…設定はあるのですが座席が広い程度で2列2列2列の並びになります」と言っていたのを思い出しました。しかしガラガラでした。やれやれ。
 エコノミーの乗客が後ろの方の扉から乗り込む気配を感じていると、前方から「あちらの通路からお願いします」という日本語が聞こえました。そこへ「空いてんじゃねえか。金払えばいいんだろ?」という男性の声。

 事件が起きないことを祈るしかありません。やだなー。結局「金払えばいいんだろ、降りたら払う」という強引なおっさん一団がやってきてビジネスの席が埋まってしまいました。デカい声のおっさんが私の隣に座りました。もうこれ以上の事件はごめんです。隣を見ると二人はもう寝落ち。
 私も寝ておこう、と顔を隠すように俯いて目をつぶりました。おっさんがこっちを見ているのが分かります。若かりし頃は目をつぶっていてもメンドクサイ視線を受信する機能がフルに働いてしまいます。

 遊んできたのか、なにをしてきたのか分からない下品なおっさんたちがビジネスに乱入。行きのビジネスとはえらい違い。価格も全然ビジネスとは思えなかったお安さも納得。ああ、やだ…。
 眠ったふりをしていましたが、ドリンクサービスで起きてしまいました。無表情のままアイスコーヒーをもらい飲み干したところでおっさんが「ねえちゃん、仕事か」と話しかけてきました。通路を挟んだ隣二人は最初から寝ているし、私は式典もあったのでワンピースにジャケットを着ていましたから一人で仕事だと思われるような状況でした。これは仕事といえば仕事のような気もするが、そうでもないのだが…、メンドクサイので頷いて終わりにしました。
 「仕事はなんだ」とさらに聞いてきます。今なら手を上げてキャビンアテンダントを呼び、席を変えてくれ!エコノミーでもいい!と言うところですがなんせ人のお金で乗っていますのであまり勝手はしたくない。「メーカー」とだけいって疲れているので寝ますよ風情を出してうとうとしました。
 その後はなんとか話しかけられることもなく無事着陸。早く降りたい。隣はやっと起きたところです。私は立ち上がって上の棚にいれた荷物を下ろしました。

 事件が起きました。

 先に立ち上がって降りようとしていたおっさんが、ビニール袋から韓国海苔の大きなパックを出し、私に押し付けてきました。「ねえちゃん、これもってけ!」
 なんのことですか。見るからに安い韓国海苔。私はさっきもっと立派なのを買っています…しかしなにも言えずにただ受け取るのみでした。がんばれよ!と言い残しておっさんは去って行きました。

 「Kちゃん、人徳だねえ」Hちゃんの声がして振り返ると腹が立つくらいのにやにや顔。あんた、見ていたのかい。助けてくれてもいいだろうに。まあそんな友ではないことは知っています。

 無事に入国してスーツケースを引き取り、解散です。二人はタクシーで帰るとのことで成田でお別れしました。私はふらふらとABCスカイポーターに行ってスーツケースを自宅に送ってもらう手続きをして、リムジンバスに乗りました。
 なんだかこの2日間は夢だったのではないか…、ものすごくいろいろあったけど主に変なことばっかり起きた…とその当時も思いましたが、今こうやって書いてみても信じられない、あれは夢だったんじゃないかと思う韓国旅行でした。

 しかし最も信じられないのはHちゃんがもうこの世にいないこと。この爆走旅行並みに早く、あまりにも早く逝ってしまいました…。
 

ちょっとは役にたったかも、と思われましたら少し置いていっていただけるとありがたいです。