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爆走!韓国旅行 その5

 チェックイン後はママの荷ほどきを手伝っていたので、部屋には自分たちの荷物を放り込んだだけでした。さっき買った歯ブラシがベッドの上に転がっている始末。

 部屋にあるお水を飲みながら、ハンジュマクなるものに行くことをHちゃんが教えてくれました。この予約のために早く宴席を出たかったらしいです。「ママは心臓悪いから垢すりがメインだけど、サウナに入ったり、トイレみたいなのの下にヨモギが燻してあって、それに座って身体をあっためたりするわけ」とのことでした。その当時は韓国へ垢すりへ行くという話も聞くようになっていたので知っていましたが、まさか自分がやることになるとは。

 ほんとに夜の11時、23時にロビーに行くとCさんが待ち構えていました。なんて元気なんだ。ママが若干ゆらゆらしているのが気になりますが、そのまま車に積み込み…いえ、乗り込みました。車窓から見る夜の街がなんと明るいことか。新宿歌舞伎町のような明るさとなんとなくの怪しさを醸し出す街を抜けていき、ちょっと静かなところに来た…、と思ったら巨大な神殿のような建物が現れました。国道沿いのスーパー銭湯の豪華なやつというイメージです。Hちゃんは何度か来たことがあるようで女性専用だということでした。

 Cさんが全部アレンジしてくれたので、貴重品を預け、指定されたロッカーに備え付けられたぺらぺらの何かに着替えます。タオル地のバスローブのすっごく薄いやつみたいな…。まずお風呂ということで、浴室内にあるハンガー…これも番号が書いてありましたのでロッカーと同じ番号のハンガーを探してそこにかけて、あとは日本のお風呂と同じです。身体を洗い、お風呂にしばしつかります。ママは心臓によくないのでお風呂のふちに座って手をお湯につけていました。
 垢すり痛い?と私が聞くと、Hちゃんはそれほどでもない、と言います。この友のそれほどでもない、はそれほどでもあると知っているので、若干の後悔を感じました。
 ハンジュマクいきましょ!とCさんの誘導があり、軽く体を拭いてぺらぺらをはおって別フロアへ。薄暗い部屋の奥にまた扉がありました。その前でがっさがさの麻袋を渡されます。無言の私にCちゃんが「これをかぶって中に入る」と教えてくれました。このぺらぺらに、がっさがさで…?
 ママは心臓によくないのでそばにあった椅子で休憩するそうです。そうですか。
 
 扉を開けた瞬間は、湿気のあるあったかい空気がふわんと出てきました。奥に行けとオモニ(このスーパー銭湯にはたくさんのお母さん…オモニスタッフがいました)にいわれて地べたに座ります。地べたもあったかい。しかし…い、息がでぎない!サウナなんて温泉でちょこっと首を突っ込んでノーサンキューだった私はこのハンジュマクに耐えられませんでした。
 飛び出すとオモニが「まだ早い」的なことを身振り手振りで言います。「苦しい」ことをこちらも必死で身振り手振りと日本語でもって伝えます。唐突に「あついの?」と日本語で聞いてくれたのでうんうんと激しく頷くと、「もうちょっとがんばりなさい」的な表情で扉を開けてまた放り込まれました。これは修行なのです。

 不思議なことに今度はちょっと耐えられました。Hちゃんはもう汗だくです。5分ほどはいられたでしょうか、Hちゃんと一緒に出るとオモニが「よくやった、垢すりの準備が出来上がった」的な満足げな表情で迎えてくれました。
 そして身振りで下を指さし「風呂へ戻れ」と指示を受けました。Cさんはママを連れて先にお風呂に向かった旨を、これまたオモニが身振り手振りと早口韓国語で伝えてきます。ここではたと気づく。
 私の姉は外語大で韓国語学科だったのではなかったか。なにか…日常会話ハンドブックみたいなのを借りてくればよかった。いえ、借りたとしてこの湿気のなかでは本などしなしなになって使い物にならなかったでしょう。それに確かこの頃は姉はもうロンドンにいたような。

 さてお風呂フロアに戻り、ハンジュマクで出た汗を流しお風呂にのんびり入っているとCさんが「オモニが呼びに来るから、そしたら垢すりです。混んでてちょっと待ってます」と知らせてくれました。オモニだらけ。お風呂ではお客さんは真っ裸ですが、垢すりプロフェッショナルオモニはTシャツ短パンの仕事着で浴場を闊歩していました。なんとも頼りがいがあります。
 さきほどから巨大な音のアナウンスがあるたびに一人二人と垢すりのお部屋に入っていきます。全然何言ってるかわかんないけど、呼びに来てくれるならいいねとHちゃんとのんきにお風呂から出たり入ったりしていたら、30分後くらいにオモニが突撃してきて「アカスリ!!」と叫びました。何度も呼び出したが我々が来なかったので来てくれたようです。呼びに来るからと呼ばれるからはだいぶ違いますが、もはや我々はオモニに従うしかないのです。
 手を引っ張られて思いのほか広い垢すり部屋に入りました。ベッドが2台。中に入ると案外静かで、お風呂のお湯がザーザーと流れる音がなんとなくヒーリングミュージックっぽかったです。

 背中からごしごしと。一応「イタイ?」と尋ねて強さを調節してくれますが、「ここはイタクない」とオモニが判断したところは相当な力でこすられます。そして「ほらあ」と収穫物を見せられるのでした。
 呼びに来た時は恐ろしい形相だったオモニですが、プロフェッショナルの垢すりをしてくれます。二十何年間の垢がこれで落とせる…などと考えていると二の腕を思いきりこすられ悲鳴。一斉に笑うオモニたち。戦争中に日本人が他国の方にひどいことをした報復だろうかなどと考えすぎなことを考えながら、オモニにお腹まで垢すりされるフルコースでした。そこの垢すりはレベルが高く、お値段もなかなかのものだったと後で聞きました。

 最後にオイルを塗ってくれて終了。あんまりにも手がべたべたするのでお風呂の洗い場で手を洗っていたら、垢すりしてくれたオモニがすっ飛んできてめちゃくちゃ怒られました。オイルが浸透しないだろうということは今になれば分かるのですが、足もすべりそうだし手すりを持とうとしてもこの手では…と思って洗ったのが大変よろしくないことだったらしいです。あ、ごめんなさい、と言うと微笑んで頷き、去って行きました。また次の垢すりに向かう雄姿を見送るのみ。

 熱地獄、さらにこすられ地獄を経て、お風呂から出ました。脱衣所におしぼりがあるのでそれを何枚も使って、べたべたが気になるところを拭きます。ぺらぺらですが上下わかれたパジャマみたいなのに着替えて休憩室へ行きます。全然分からなくてHちゃんと廊下で立ち尽くしていると、通りがかったTシャツ短パンオモニが気づいてCさんとママのいる個室の休憩室に連れて行ってくれました。その日、若い日本人は我々だけだったようで目立っていたみたいです。助かりました。巨大サウナ神殿で完全なる迷子になっていました。

 どこで見ていたのか、すうっとなにかが運ばれてきました。あずきの浮いた薄いスープのようなものが冷麺を入れるくらい大きな金属ボウルに注がれていました。それが各自一つずつ。小さなお餅も入っていました。お汁粉のような見た目だけど、液体が見るからにさらっとしていて氷も入っていて冷たい。
 恐る恐る金属のおさじで飲んでみると、薄甘くておいしい。早朝からいろいろあった体にじわじわ入っていく感じです。Cさんとママは冷麺も食べていましたが、心身が若干混乱気味だった私は遠慮しておきました。コーン茶とこのあずきのスープでお腹が満たされます。満たされ…?あんなにご馳走を食べたのに、もうお腹が空いていて…って何時なんでしょう、今は。

 午前2時。ひえっ。巨大サウナ神殿はまだ閉店の気配もありません。あとからあとから女性がやってきます。休憩室の方にほぼ裸のような状態でくるマダムもおり、女性専用の気楽さを学びました。
 思えばあれはかなり高級な施設で、夜までガンガンに働いたビジネスウーマンが英気を養うために深夜もやってくる場所だったのでしょう。ここで寝て、朝ここから出勤する人もいると聞いてそのパワーが恐ろしくなりました。Cさんも「私も仕事が遅くなるとたまにここに泊まって出勤します。短い時間で疲れ取れる」とさらりとおっしゃいました。

 行きと同様まったく眠る様子のないピカピカ電飾の街を通り、ホテルまで送ってもらうと午前3時前。ロビーでは本来お客さんのいないはずのこの時間に丁寧に掃除機をかけています。ふかふかカーペットの長い毛足をそろえて模様をきれいに見せるべく一生懸命掃除機を操る人を見て、思わず私はカーペット部分から外れて歩きました。Hちゃん親子はずんずんカーペットの上を踏んでいき…さすがお金持ちだ…と実感しました。振り返ると何事もなかったかのように掃除機が再度通り、模様を整えていきました。

 やっと就寝。髪も神殿で洗ってきたので部屋のバスタブを使うこともなく、まさに死んだように眠りました。

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