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重(おも)

内容紹介
『重』【シナリオ形式】(400字×10枚)

もしせっかくの日曜日が雨だったら?

そんなストーリーをテラってみました!

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○ 雨(朝)

○ 浅草消防署・センター(朝)
   窓の外は雨が降っている。
   伊東が外の雨を眺めている。
加藤の声「うーん。何て清々しい天気なんだ
 ろう」
   伊東が振り向く。
加藤の声「じめじめした雨が何とも爽やかだ。
 カビもよく育つ」
   伊東が歩み寄って来る。
加藤の声「雨の日曜日は最高!」
   伊東に背を向けて伸びをしている加藤。
加藤「俺は仕事だ!ザマアミロ!」
伊東「(後ろから加藤の頭を叩く)……」
加藤「痛ッ!」
   伊東が席に着く。
   伊東の席の向かいには課長が座ってい
   て、日誌を付けている。
加藤「そこ、どけよ。今は俺の席だ」
伊東「なんでこんな時に外れるんだよ。お前
のジンクス」
加藤「知らねえよ。(笑い)早く帰れよ」
伊東「絶対晴れると思ってたから傘、持って
 ねえんだよ」
加藤「言わずとも知れたことだが、お前に貸
 すような傘は、ない!」
伊東「加藤の休みが日曜に当たった時は雨!
仕事の日は晴れ!俺がオフの時は晴れ!と
決まってたんじゃねえのかよ」
  加藤が空いている椅子に座る。
加藤「バカ。そんなジンクス、いつまでも続
 くわけねえじゃねえ」
課長「伊東君、傘貸して挙げようか」
伊東「あ、いいです。もうちょっとマシにな
 ったら帰りますから」
加藤「どうせ非番でも行く所もないし。フラ
 ンス座かロック座でも行って来いよ」
伊東「俺はお前とは違うよ」
加藤「(ふざけて)俺はお前とは違うよ?そ
 れじゃまた場外か?」
伊東「府中まで行くんだよ。彼女と」
加藤「なに!?」
伊東「(ニヤけて)……」
加藤「どうせドラムカンみたいな女だろう?
 馬体重三百キロってとこか?」
伊東「バカ言ってんじゃねえよ……。もう、
キュッと締まって。足首なんて、もう……。
一目見ただけで彼女だってわかるよ」
加藤「お前の歯形でも付いてんのかよ」
伊東「バカ言ってんじゃねえよ」
加藤「足首?伊東、お前、まさか……」
伊東「……」
加藤「……足首の細い牝馬は逃げが得意だか
 ら注意しろよ」
伊東「うるせーよ。お前、今、勤務中じゃね
 えかよ!仕事しろよ、仕事!」
加藤「お前こそ仕事の邪魔なんだよ!早く帰
 れよ!」
伊東「うるせーよ」
加藤「課長、署内パトロールと設備の点検に
 行って来ます」
課長「はい。お願いします」
   加藤が机の上からファイルを取って、
   部屋を出て行く。
伊東「……」
   外の雨が一段と強く降り始める。
伊東「こんな日に限ってよく降るよ……。今
日の昼勤、暇になりそうですね」
課長「助かるよ……。子供らは休みなもんだ
 から、夜更かしにつき合わされてね」
伊東「火事の災害が昔より小さくなったなん
て言いますけど、それは世田谷とか整備さ
れた町の話だけなんだけどなー」
課長「下町は相変わらず木造の建物も多く、
火事も多いからな……。火事と喧嘩は江戸
の華だよ」
伊東「江戸はもういいですよ。江戸じゃなく
 て東京で仕事してえーなー。東京で」
課長「新宿とか渋谷かい?」
伊東「もう、署に入った当時から希望出して
たじゃないですか。それに新宿なら自宅か
ら通えるんだけどなー」
課長「寮生活はいい加減に飽きてきたか」
伊東「いえ、そう言うわけではないんですけ
 ど。あのバカが来たおかげで」
課長「(ニッコリ)」
伊東「消防もリストラの時代だってのに、よ
 くあんな奴が入って来れましたよね」
課長「上の方には民間の血を混ぜて、体質を
 変えようという考えがあるから」
伊東「病気が移っちゃいますよ」
課長「加藤君は私達とは違って民間企業の経
験があるから、考え方も違う、って言うか、
ちょっと変わったところがあるからね」
伊東「体質が変わるだけなら良いんですけど
ね。性格まで変わらなきゃ」
課長「伊東君の性格も大分変わったね」
伊東「?」
課長「寮で加藤君と相部屋にされたのが、大
きいかな」
伊東「そうですか?僕、変わりましたか?」
課長「大分変わったよ……。彼女、どこで知
 り合ったんだよ?」
伊東「(照れて)……府中の競馬場」
課長「(笑い)」
伊東「最初はただの競馬仲間だったんですけ
ど、バレンタインにチョコを貰って、お礼
に食事に誘ってから……何となく……」
課長「はまっちゃったわけだ。彼女とは府中
 で待ち合わせかい」
伊東「ええ、どうしようか、と。この雨じゃ、
 良くて重でしょ、重。荒れそうですし」
課長「消防士だろう?雨は幸運に価値転換で
 きるさ。予定通り府中に行って来いよ」
伊東「そうですか……逆に何か変わったこと
があるかもしれないか。大穴が当たったり
して……そうか、面白そうだな」
課長「(笑い)やっぱり伊東君は昔とは変わ
ったな。私の部下だった時は少し暗かった
けど……加藤君のせいだな」
伊東「え?別にあんな奴は……」
課長「昔の伊東君は凄い堅物で、彼女なんか
 出来そうになかったよ」
伊東「そんなことは、ないですよ……」
課長「逆に加藤君は少し真面目になったから。
いいコンビだよ」
伊東「とんでもない。彼奴は、今でこそまだ
マシですけど、ひどい奴でしたよ」
課長「え?」
伊東「麻雀を教えてやるって……これがまた
イカサマばっかり!初心者相手にですよ。
何も知らないと思って」
課長「(笑い)」
伊東「自分が上がったら、『タンヤオに、ピ
ンフ!』って、指を四本も折って、『満貫
だ』って、ウソばっかり。汚い奴……」
課長「?」
伊東「逆に僕が上がった時は『何?国士?満
貫かよ』って、八千点しか払わないんです
よ!まったく……」
課長「(笑い)本当かよ。そりゃ、ひでえ」
伊東「意地でルールを覚えましたよ。本、買
って。ところが加藤、それからは全然、麻
雀やろうって、言わなくなったんですよ」
課長「(笑い)」
伊東「競馬も。馬券買いに行ってくれるって
言うから頼んだんですよ」
課長「うん」
伊東「そしたら、万馬券が飛び出して、やっ
た!と思ったら、買い忘れたってウソつい
て……それで飲んでやがったんですよ!」
課長「(笑い)」
伊東「信じられない。影で何してるやら」
   窓の外の雨。小降りになる。
   加藤が戻って来る。
加藤「何だ、まだ居たのかよ。帰れよ早く」
伊東「パトロール中に通報があったら対応し
てやろうと思って、待ってやってたんだよ。
この友情がわからねえのかよ」
加藤「(低い声で)友情に感謝するのはお前
の方だろう。その足首の細い子は俺の幼な
じみなんだからな」
伊東「!」
加藤「あの時、急に二人でいなくなったのは、
そういうことだったのか……道理でおかし
いなと思ってたんだ。今、気がついたよ」
伊東「別に隠してたつもりじゃ……」
加藤「(ニッコリ)いいよ別に。ただの幼な
じみだから。そう言えば来週ホワイトデー
だろう。何か贈ってやってくれよ」
伊東「ああ……」
加藤「課長、あれ、何でキャンディーなんで
 しょうね。ホワイトデーって」
課長「?さあ……」
加藤「パイにしとけば良かったのに、パイに。
 アップルパイとか」
課長「パイ?」
加藤「三月一四日、三・一四でしょ?円周率
πですよ。キャンディーには別に意味も無
いし。パイの方が洒落が効いてますよ」
課長「ああ、なるほど、いいね」
加藤「そうしたら彼女も(胸元に両手を寄せ
て、女を真似て)『有り難う。お礼に私の
パイを食べて!ミルクパイ!』って」
課長「(笑い)」
加藤「それで二人の仲も円く収まる、って、
オチまで付くじゃないですか」
課長「(笑い)」
   窓の外の雨が再び強くなる。
伊東「俺、そろそろ帰るよ」
加藤「まだ、いいだろう?コーヒーでも飲ん
で行けよ。また雨が強くなって来たぞ」
伊東「いや、もうそろそろ帰るよ」
加藤「伊東!」
伊東「!」
加藤「(ニッコリ)まだ、俺の歯形は見つけ
てないな?」
伊東「?」
             ―終わり―

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