THE ENDからはじめよう
内容紹介
『THE ENDからはじめよう』【シナリオ形式】
この『THE ENDからはじめよう』はリバースムービーのシナリオで、順方向再生【FORWARD】、逆方向再生【BACKWARD】の双方向で、異なったストーリーを楽しめる構成となっています。
順方向再生【FORWARD】
役者の藤川幸一は心臓の移植手術を受けて以来、ドナー(臓器提供者)の記憶が移り、そのイメージが脳裏をよぎるようになる。
ある時、ドナーが死ぬ前、坂本龍馬ゆかりの寺田屋に居たことが分かると、藤川は恋人の洋子とともに、急遽、京都へと向かった。
順方向再生【FORWARD】
【1】宇宙(イメージ)
(T)「この作品はリバースムービーの構成
になっています。順方向再生と逆方向再生
の両方でお楽しみ下さい。」
漂っている、山崎雅之(三二)と湊百
恵(二六)。百恵は上品な感じの美人。
【2】藤川のマンション・寝室(朝)
藤川幸一(三二)の寝顔。
【3】宇宙(イメージ)
漂っている、山崎。
そして百恵。
百恵M「ジ・エンド……ジ・エンドを思い出
して」
【4】藤川のマンション・寝室(朝)
藤川の寝顔。
【5】交差点
横たわっている山崎。
その山崎を揺さぶっている百恵。
二人の周りを血が滲み、広がっている。
百恵「(悲鳴)!」
【6】藤川のマンション・寝室(朝)
藤川が飛び起きる。
藤川は上半身裸。胸に手術の痕がある。
隣で寝ていた西浦洋子(二六)も目を
覚ます。
洋子「また?」
藤川「いったい何なんだ? あのジ・エンド
って? ジ・エンドを、思い出して? 終
わりを思い出せって?」
洋子「やっぱり、ドナーの記憶が移っちゃっ
たんだね。細胞記憶って、本当にあるんだ。
ドナーの記憶が蘇るなんて不思議。頭じゃ
なくて、心臓が覚えてるなんて」
【7】交差点
横たわっている山崎。
山崎の胸元。
百恵M「ジ・エンドを思い出しって……あれ
ほど言ったのに」
【8】藤川のマンション・寝室(朝)
藤川の胸の傷。
藤川の声「ジ・エンド……」
洋子の声「その男の人、交通事故で亡くなっ
たんだよね?」
藤川の隣に居る洋子。
洋子「感受性の強い人ほど自分の中にドナー
を感じやすいんだって。幸一さん、役者さ
んだから。(藤川の胸に顔を埋めて)心臓
だけくれたらよかったのに……なんて言っ
たら、怒られちゃうか」
藤川「断片的に浮かぶんだよ。イメージが」
洋子「断片的に? ……ドナーの性格も断片
的に現れるもんね」
藤川「イメージの場面がころころ変わるんだ
よ。この心臓をくれたドナーはたぶん移り
気な奴だったんだろうな」
洋子「……浮気癖もそのせい?」
藤川「……」
【9】交差点
横たわっている百恵。
百恵の胸元。
衝撃音が響く。
【10】藤川のマンション・寝室(朝)
藤川「何を言ってるのかな?」
洋子「本に書いてあった。心臓の移植を受け
た人はセックスクレイジーになるって」
藤川「心臓と一緒にアレも移植されたのかな
? どうせならもっと凄いものに……」
洋子「バカ……それもドナーが言わせたのか
しら? 本当、二重人格みたい」
藤川「役者にそれは最高の褒め言葉だよ。だ
けど、逆に……忘れた……大切なこともあ
る。……前の心臓に、記憶してたのかな?」
洋子「忘れた? 大切なこと……忘れたの?」
藤川「あのジ・エンドって何だ? あれは…
…ドナーの記憶だよな?」
洋子「忘れたの? ……大切なこと」
【11】宇宙(イメージ)
走っている百恵。
【12】藤川のマンション・リビング
藤川がソファーで寛いでいる。
洋子は電話で話している。
洋子「(嬉しそうに)はい。そりゃもう、藤
川の初主演作ですから。復帰後初の主演作
でも龍馬をやらせて貰えるなんて……はい。
ありがとうございます……はい。失礼しま
す(電話を切る)」
藤川「バカ! 出ねェぞ! 勝手に決めるな
!」
洋子「何で? 龍馬よ。私が初めて観に行っ
た、思い出の作品じゃない!」
藤川「忘れたんだよ!」
洋子「え?」
藤川「前の心臓に記憶してたんだよ! ……
この心臓じゃダメだ(周りにあるものを壁
に投げつけながら)芝居も下手になった!」
洋子「?」
藤川「……」
洋子「でも龍馬の芝居は特別でしょ? だっ
たら、思い出すんじゃない?」
藤川「元のボロボロの心臓に戻せばな」
洋子、別の部屋に行き、古い芝居『龍
馬』のパンフレットを持って戻る。
洋子「(パンフレットをパラパラと見せて)
ね、ほらほら。あの頃の幸一さん、松田優
作の真似ばっかりしちゃって……」
藤川「? (パンフレットを取り上げて)こ
こ、見たことあるぞ!」
洋子「? 幸一さんの初主演作だもん」
藤川「違う!」
洋子「?」
【13】交差点
大きな鞄を持って走っている百恵と山
崎に車が突っ込んで来る。
【14】藤川のマンション・リビング
隣り合って座っている藤川と洋子。
藤川「(写真を指差して)違う! ドナーの
記憶だ! よくイメージで出て来るんだよ
! ドナー……俺に心臓をくれた奴は死ぬ
前ここに居たはずだ!」
洋子「え? ……この宿に? 寺田屋?」
藤川「何? 何だって?」
洋子「寺田屋……京都の。今でも泊れるとか
って、聞いたけど……」
藤川「よし!(いきなり立ち上がって着替え
始め)行くぞ!」
洋子「え?」
藤川「ドナーの何か、分かるかも知れない」
藤川、小走りで寝室へ行く。
藤川「それに、何か思い出すかも知れない」
洋子「ちょ、ちょっと……」
洋子、小走りで藤川を追う。
【15】道
走っている百恵。
百恵の後方に追いかける山崎が見える。
【16】東京駅そばの道
手ぶらで走って行く藤川。
その後を洋子が鞄を持って追いかける。
洋子「ちょっと待ってよー」
洋子、急に立ち止まる。
藤川もその様子に気づき、立ち止まる。
藤川「何ボサッとしてんだよ!」
洋子「……」
藤川「だからついて来るなって!」
駆け戻り、洋子を引っ張って走る。
洋子の鞄で『タマゴT』(卵の形をし
た携帯型ゲーム機。チェーンのストラ
ップがついている)が揺れている。
東京駅が見えて来る。
【17】東京駅そばの道
泣きながら走る百恵。
その後ろを山崎が追いかける。
山崎「おい! 百恵! 待てよ! おい!」
【18】東京駅・新幹線ホーム
階段を藤川が洋子の腕を引いて駆け登
る。
洋子「ちょっと痛い! 幸一さん! 痛い!
もォう!」
藤川と洋子、ホームに立ち止まる。
洋子「やめてよ幸一さん! やっぱりおかし
い! 強引すぎ!」
藤川「帰れよ、だったら!」
洋子「?」
藤川「お前が勝手について来たんだろ?」
洋子「そう? 私が勝手について来たの?」
藤川「だから俺一人で行くって言ったろ?」
洋子「……」
藤川「……」
洋子「いま出てる強引なのはドナー?」
藤川「ああ?」
洋子「……ドナーって、京都に居たんでしょ
? ドナーの……女の人? 美人の?」
藤川「……」
洋子「イメージで出るんでしょ? ドナーの
何か、分かるかも知れないって……その美
女に会えるかも、てことなんでしょ?」
藤川「……」
洋子「その美女が、ドナーのくれた心臓を京
都に呼び寄せてるのね」
洋子、さっさと新幹線に向かって歩い
て行く。
洋子「何ボサッとしてんだよ!」
洋子と藤川、新幹線に乗り込む。
百恵が新幹線から飛び出して来る。
後から山崎が追いかけ、百恵を捕まえ
る。
百恵、山崎を振り払い、泣きながら階
段を駆け降りて行く。
山崎「百恵!」
山崎、百恵の後を追いかける。
【19】走行中新幹線・座席車両
藤川が通路側に、洋子が窓側に座って
いる。
洋子「(窓の外を眺め、嬉しそうに)幸一さ
んと遠出するなんて久しぶり。たいへんだ
ったもんね。介護介護の日々……」
藤川はその話を聞いていない。
車内販売のお姉さんに話し掛けている。
藤川「へー、三宿は御洒落になったよね。昔、
三茶によく行ったよ。ビリヤード屋の爺ち
ゃん元気かな。俺、棒で突っ突くの得意で」
洋子、藤川の頭を叩く。
藤川「痛てェ!」
車内販売員が逃げて行く。
洋子、席を立ち、デッキの方へと行く。
【20】走行中新幹線・座席車両
百恵が窓側に、山崎が通路側に座って
いる。
山崎「別れよう。俺達」
百恵「?」
山崎「お前、人のこと知ろうとしてセラピス
ト目指したわりに、自分のこと分かってね
ェだろ?」
百恵「え?」
山崎「知ってるんだぜ。お前、時々、男に電
話してるの」
百恵「だって、あれは……」
山崎「言い訳はいい! 自分では自立して、
脱お嬢様のつもりなんだろうけど、結局、
自分中心なんだよ!」
百恵「?」
山崎「何が愛はイコールだ? 見返りばっか、
求めてんじゃねェよ!」
百恵「……」
山崎「見返りなんてあるとは限らねェ……勝
負なんだよ! 独立するって! いちかば
ちかなんだよ! なのにお前はただ……」
百恵「?」
山崎「結局それが、お前の愛はイコールって
やつなんだよ!」
百恵「!」
【21】走行中新幹線・座席車両
藤川がニヤケた顔で美人乗客Aを見て
いる。
【22】走行中新幹線・食堂車
洋子がドカ食いしている。
前の席で赤ん坊が泣き出す。
洋子、その赤ん坊の方を見る。
若い父親と母親が、周りの客に「すい
ません」などと謝り、気を配りながら
赤ん坊をあやしている。
その様子を見ている洋子。
洋子「……」
【23】走行中新幹線・座席車両
藤川がニヤケた顔で美人乗客Bを見て
いる。
【24】走行中新幹線・座席車両
掌のタマゴT。
それを握り締める百恵。
百恵「ダメ! 原点に帰らなきゃ……」
山崎「原点からそうだったんだよ」
百恵「え?」
山崎「知ってたんだよ。副社長の娘もビート
ルズマニアだってこと」
百恵「……」
山崎「それで聴きまくった。ビートルズ。調
べまくった。誕生日は調べなかった。でも、
あれはすぐに分かったよ。ジョン・レノン
の命日」
百恵「……」
山崎「知ってるか? ポール・マッカートニ
ーは原点回帰に2回とも失敗してるって」
百恵「?」
山崎「最初はビートルズ解散の時。アルバム
タイトルはゲット・バックになるはずだっ
た。そこには解散の危機にあったビートル
ズを原点に戻そうという思いがあった。そ
れが……」
百恵「レット・イット・ビーになった」
山崎「そう……で、ビートルズは解散した。
2回目がウイングスの最後」
百恵「バック・トゥ・ジ・エッグ」
山崎「あれも卵に……原点に戻ろうとね。に
も関わらず、ウイングスも消滅。結局2回、
バックしようとしながら前に進むしかなか
ったんだよ」
百恵「そ、それは……」
山崎「(遮って)あの両方のアルバムの後、
ポールは?」
百恵「?」
山崎「一人になった!」
百恵「……」
山崎「2枚ともその後、ソロアルバムのタイ
トルがマッカートニーとマッカートニーⅡ」
百恵「いったい何が言いたいの?」
山崎「結局……人は孤独な生き物なんだよ。
だから……原点に帰るってことは、結局は
一人に戻るってことなんだよ!」
【25】走行中新幹線・座席車両
窓の外を眺めている藤川。
洋子がゆで卵を持って席に戻って来る。
洋子「ゆで卵買って来た」
洋子、ゆで卵の殻をむくと、鞄からマ
ヨネーズを取り出してかけ、藤川に差
し出す。
洋子「はい、幸一さん」
藤川「あ? マヨネーズて……塩だろ普通!」
洋子「マヨネーズ嫌いになった?」
藤川「ええ? ……あ、じゃ、食べてみよう、
かな……」
洋子「いい(自分で食べる)」
藤川「なあ、洋子……」
洋子、タマゴTを指で振り回す。
洋子「ご両親に会わせて」
藤川「え?」
洋子「太秦に戻られたご両親。せっかく京都
行くんだし」
藤川「……」
洋子「私達、似てるかな?」
藤川「え? そりゃ……お似合いだよ」
洋子「そうじゃなくて、私達、似てる? 前
はよく、私達二人は似てるって言ったじゃ
ない? じゃ、ご両親も私達に似てる?」
洋子の指先からタマゴTが飛ぶ。
タマゴTが通路に落ちる。
通路に落ちた、タマゴT。
そのタマゴTに手が伸び、拾う。
タマゴTを拾いあげた……百恵。
百恵、タマゴTをポケットにしまい、
席に座る。
百恵の暗く沈んだ顔。
百恵「本当は……信じてたのに……浮気認め
ちゃうんだ」
山崎「嘘つけ! 完全に疑ってたじゃないか
!」
百恵「開き直る気?」
山崎「違うー! 謝ってるんじゃないかー!
だから、奇麗に別れて来るから! 信じろ
よ!」
百恵「私も行く」
山崎「勘弁してくれよー」
百恵「私の前でちゃんと宣言して。その女に」
山崎「お前、そんなに修羅場が見たいのかよ」
百恵「愛とはイコール。原因と結果の法則な
んだから。イコールで返るの。愛はイコー
ルなの」
山崎「またそれか……」
百恵「(興奮して)私、知って知らない振り
して来たんだから! 浮気ばっかりして!
あなた、前世から、ずっと私、裏切って来
たんだから!」
山崎「前世からって……お前、なァ……」
百恵「何? 違うっての?」
山崎「いや……」
百恵「それで私に返された愛がこれ? 浮気
娘は嫌いだって言うから、私はしないのに
! なのに……浮気息子だって……死んで
くれた方がましよ!」
百恵、山崎の首を絞める。
山崎「おい! やめろ! おい!」
百恵、山崎の首から手を離し、席を立
つ。
百恵「!」
【26】走行中新幹線・デッキ
百恵がスマートフォンで話している。
百恵「そんなこと言って。他の女にもそんな
こと言ってるんでしょ。私はそんな女じゃ
ないのよ」
【27】走行中新幹線・デッキ
藤川がスマートフォンで話している。
藤川「俺はお前とは本気だから。どんなこと
があっても、お前のことだけは離さないか
らな」
【28】走行中新幹線・デッキ
百恵がスマートフォンで話している。
百恵「だから私は本気じゃないって! ……
ただ、あんまりむかついたからさ……ちょ
っと電話しただけ。ただそれだけよ」
【29】走行中新幹線・デッキ
藤川がスマートフォンで話している。
藤川「そんなこと言って……まあ、いいや。
今に分かるよ。今に本気で……」
【30】走行中新幹線・デッキ
百恵がスマートフォンで話している。
百恵「もう、やめて! ジョジョ、いい?
元に戻れって。似合わないことはするもん
じゃないってことよ」
【31】走行中新幹線・デッキ
藤川がスマートフォンで話している。
藤川「(笑い)いや。お前、知らないんだよ。
真実の愛ってのを……俺が教えてやるよ」
【32】走行中新幹線・デッキ
百恵がスマートフォンで話している。
百恵「(笑い)愛のことはよく知ってるわ。
私にとって愛こそはすべてだもの」
【33】走行中新幹線・座席車両
藤川が通路を歩いて来て、席に戻る。
洋子が席でスマートフォンを操作して
いる。
洋子「ねえ、今、メールあったんだけどさ、
今度の公演、成功したら広島とか仙台とか、
地方でもやるんだって。楽しみね。そした
らまた、幸一さんと旅行できるね」
藤川「だからやらねェって言ってんじゃん」
洋子「大丈夫。思い出すよ。記憶再生の旅な
んだから」
藤川「俺は叩き上げの役者なんだよ。ひょっ
と出のアイドルじゃねェ。簡単に身に付け
た演技力じゃないんだ。簡単には戻らねェ
よ」
洋子「だったら、またじっくりやればいいじ
ゃん。きっと優作兄貴もそう言うよ」
藤川「……」
洋子「……あの、幸一さん、忘れた、大切な
ことって……演技だけ?」
藤川「あ?」
洋子「他に何か、大切な、ことは? 言葉、
とかさ……」
藤川「役者の命だぞ。演技って。言葉? 何
の台詞だ?」
洋子「ううん。いい……別に」
藤川「その命と引換えに……何を得たんだ?
俺は?」
【34】走行中新幹線・座席車両
百恵、タマゴTを指先にぶら下げ、眺
めている。
山崎「何だそれ?」
百恵「おまじない。原点に帰るの」
山崎「バック・トゥ・ジ・エッグてか?」
百恵「よく分かったわね」
山崎「そりゃー、あれだけ毎日お前に聞かさ
れてりゃー」
百恵「だったらもっと美しい心に変わらなき
ゃ。私ね、今研究してるの。ビートルズに
よる音楽療法」
山崎「ロックでか?」
百恵「クラシックが効果があるなんて嘘。ベ
ートーベンをぶっとばせ、よ! ただ癒す
だけじゃこの二十一世紀は生き抜いて生け
ないわ」
山崎「俺は癒しだけが欲しい」
百恵「起業家が何弱気なこと言ってんのよ」
山崎「認めてくれた?」
百恵「清算が先。女関係の」
【35】富士山
麓を上りの新幹線と下りの新幹線が交
差する。
【36】走行中新幹線・座席車両
沈黙する藤川と洋子。
藤川「どうしたんだよ。急に黙りこくって」
洋子「うん?」
藤川「眠くなったか? 腹が膨れて」
洋子「……」
藤川「寝てろよ。起こしてやるよ」
洋子「(チラッと藤川を見て)……」
藤川「嘘じゃねェよ。逃げやしねェよ。お前
を置いて」
洋子「(お腹を撫でながら)お腹が膨れたの
は……他に訳があるの」
藤川「何だ? また便秘か?」
洋子「……赤ちゃん出来たの」
藤川「何だって?」
洋子「……」
藤川「あ、赤ちゃんて、あの赤ちゃんか?」
洋子「……うん」
藤川「お……俺の子、なのか?」
洋子「分かんない」
藤川「えぇ?」
洋子「ドナーの子だったらどうしよう」
藤川「ド、ドナーの子、て……」
洋子「幸一さん、心臓移植の前と後、別人み
たいに変わっちゃったし」
藤川「そ、それは……俺自身が一番驚いてい
るんだよ」
洋子「幸一さんの繊細な所が大好きだった」
藤川「お、俺は役者だぞ……俺は。今も……
いつだって繊細さを持ってる」
洋子「私達、今も似てるって……思う?」
藤川「ああ?……ああ。思うよ。今も……今
も似てる」
洋子「どこが?」
藤川「どこ……どこがって……」
洋子「いつも自分の中に、誰かを感じるって、
言ってたじゃない。誰か一緒に居る感じが
するって!」
藤川「それは……仕方ないだろ? ドナーか
ら貰った心臓なんだから。そうしなきゃ、
俺は死んでたんだ」
洋子「いいわね、賑やかで」
藤川「えぇ?」
洋子「私一人、孤独」
藤川「? 何が言いたいんだ?」
洋子「変り者で、いつも一人ぼっちで、誰に
も相談出来ずに、一人で突っ張って生きて
来て……そんなところが幸一さん、似てた
から」
藤川「ああ」
洋子「だから……それでも幸一さんには何だ
って分かって貰える……そう思ってたのに」
藤川「分かってるよ。俺にはお前のことがよ
く分かるよ」
洋子「うそ! ……(お腹を撫でて)この子
も、マヨネーズ嫌いかな……ゆで卵に塩か
けるような子になるんだ」
藤川「おい……」
洋子「この子もセックスクレイジーかな?」
藤川「洋子……」
洋子「知ってるんだから! 幸一さん、あっ
ちこっちで浮気してるの!」
藤川「……」
【37】宇宙(イメージ)
洋子が目の前の藤川を見ている。
洋子の背後に百恵の姿が現れる。
洋子が後ろを振り向くと、百恵の姿が
消える。
前を向き直すと、藤川の姿はなく、山
崎が居る。
【38】洋風居酒屋(夜)
若いビジネスマンやOL達がコンパで
盛り上がっている。
その輪の中に山崎と百恵もいる。
百恵「じゃ、私の誕生日当てたら一度デート
してあげる」
山崎「え? 嘘? ちょ……ヒントヒント!」
百恵「ダメ! でも……世界的に有名な日」
山崎「世界的? じゃ……十一月十五日……
じゃ、ないな」
百恵「ブーッ! 残念でした!」
山崎「ちょ、ちょ! じゃないって言ったろ
! じゃないって!」
百恵「恋のかけひきはフェアじゃなきゃ」
山崎「分かった! 一発で当てる!」
百恵「……」
山崎「……十二月八日」
百恵「!」
【39】走行中新幹線・座席車両
沈黙する藤川と洋子。
【40】走行中新幹線・座席車両
百恵「大丈夫。お父さん、出してくれるわよ。
出させる。それだけは私が何とかするから
……それが最後。お父さんに依存するの」
山崎「いや、モモ、俺は……」
百恵「そう、可愛がってくれた上司だもんね。
でも引退してるし。同業会社じゃないし。
心配ないわよ」
山崎「モモ、俺は金のことなんかで……」
百恵「ううん。私もそう思ってた。逆なのね」
山崎「逆?」
百恵「私があなたを買うの」
【41】走行中新幹線・座席車両
藤川が通路側に、洋子が窓側に座って
いる。
沈黙する二人。
藤川、洋子の方を見る。
と、洋子と目が合う。
藤川、思わず目を逸らす。
【42】走行中新幹線・座席車両
百恵が窓側に、山崎が通路側に座って
いる。
山崎「セラピスト、楽しいか?」
百恵「何? 急に?」
山崎「モモ、お前、最近、少し疲れてんじゃ
ねェか?」
百恵「あなたのせいよ」
山崎「俺のせい?」
百恵「あなたの気持ちもよく分かるようにな
ると思って、セラピストを志したのに、闇
の部分ばかり分かるようになって」
山崎「辞めてもいいぞ」
百恵「辞めてどうすんの?」
山崎「どうするって……」
百恵「経済的独立は絶対、必要よ。依存した
らその分、縛られるもの」
山崎「……」
百恵「もう私、卒業しなきゃいけないの。そ
ういうの」
百恵「それとも、やっとプロポーズ、してく
れるのかな?」
山崎「プロポーズか(薄笑い)」
百恵「高価なダイヤはいただいたけど。あれ
はただの誕生日プレゼントだったんでしょ
? ヘリで空を飛んで、空でダイヤの指輪
を私につけてくれた」
山崎「喜んでくれたじゃないか」
百恵「モモ・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダ
イアモンズ! でも、あれはプロポーズじ
ゃなかった!」
山崎「モモがあのアルバムが一番好きだって
言うから俺は……」
百恵「投資だった!」
山崎「……」
【43】中書島駅前
改札から藤川と鞄を持った洋子が出て
来る。
洋子「ね、何か喋ってよ! ね!」
藤川「……」
洋子「おかしいよ、幸一さん。さっきから…
…ね? ショックなの? 怒ってるの?」
藤川、立ち止まる。
洋子も立ち止まる。
洋子「?」
藤川、町並みを眺め回す。
何とも歴史を感じさせる、風情のある
町並み。
藤川「本当に……初めてなのかな」
洋子「え?」
藤川「ここに来るの」
洋子「(町並みを眺めて)……本当。何だか、
懐かしい感じがする。……前世でも二人で
来てたりして」
藤川「……」
藤川、そっと洋子の手を握る。
すると洋子はギュッと強く握り返す。
二人、手をつないでゆっくりと歩き始
める。
百恵と山崎が歩いて来る。
山崎「そう、尖がらなくても……せっかく京
都まで来たんだし。千年の歴史に癒されて
さ、それから帰って、ゆっくり話し合えば」
百恵「私、これでもセラピストの端くれよ。
見事癒してみせますわ。あなたと、その女。
歪んだ心を美しく」
百恵、さっさと改札を通る。
渋々、山崎もついて行く。
【44】蓬莱橋
大きな鞄を持った百恵が橋を渡って行
く。
その後ろを山崎がついて行く。
百恵、ポケットからタマゴTを取り出
し、眺める。
百恵「そうよ。原点に戻るんだわ。原点に。
原点に」
山崎「……」
橋の下を三十石船が走って行く。
その船に隣り合って座っている藤川と
洋子。
藤川、そっと洋子のお腹を撫でる。
洋子「……」
その船の向こうに寺田屋が見える。
【45】寺田屋・外観
【46】寺田屋・館内
柱にある刀痕や弾痕。
館内に展示された幕末志士達の写真や
遺品。
お龍が入っていた風呂桶。
お龍が坂本龍馬を助けに駆け上がった
階段。
龍馬が愛用した「梅の間」。
龍馬の肖像画。
【47】寺田屋・梅の間(夜)
龍馬の肖像画などが飾られている。
藤川と洋子が部屋中を眺めている。
洋子「何だか、凄く懐かしいって感じ」
藤川「だろ。やっぱり、前に一度来たような
気がしねェ?」
洋子「うん……」
藤川「何か……忘れてた、大切こと、思い出
せそうだ……」
藤川、静かに目を閉じる。
【48】寺田屋・客室の一室(朝)
帰り支度が整った百恵と山崎。
百恵「さてと」
山崎「落ち着いて考え直せよ。そんなバカな
こと……嵐山、行きたいって行ってたじゃ
ん。いいよ、今の季節も」
百恵「思い出したのよ。もっと大切なこと。
さ、早く出発しましょ」
山崎「何度も言うけど、俺は今日を原点にす
るつもりだったんだよ」
【49】寺田屋・梅の間(夜)
目を閉じている藤川。
【50】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「思い出したのよ。もっと大切なこと。
さ、早く出発しましょ」
山崎「頼むよモモ。俺は今日を原点にするつ
もりだったんだよ」
【51】寺田屋・梅の間(夜)
目を閉じている藤川。
【52】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「そう」
山崎「そうって、何?」
百恵「ううん……そう、原点よ」
山崎「モモ頼むよ……いよいよ新会社を立ち
上げて、エンターテインメント業界に新風
を巻き起こすんだ! ……いい役者、見つ
けたんだよ。この前まで大病で入院してた
んだけど、感じが昔の優作に似ててね」
百恵「そう。きっと彼はあなたと似て女泣か
せね」
山崎「俺の出陣に協力してくれないのか?」
百恵「協力してるじゃない」
山崎「どこが? この旅行は次のステップに
行くために必要なことなんだよ! だから
……行こう! 嵐山行こう!」
百恵「次のステップに必要なこと? そうね。
協力するわよ」
山崎「そ、そうか?」
百恵「ええ。女関係の清算でしょ?」
山崎「モモォー」
【53】寺田屋・梅の間(夜)
目を閉じている藤川。
藤川「そうか……原点か」
洋子「え?」
藤川、静かに目を開ける。
藤川「大切なこと、思い出したよ」
洋子「?」
藤川「一人なんかじゃない」
洋子「……」
藤川「アリーとメアリーが居たんだ。これが
原点なんだ」
藤川、洋子の胸を両手で触る。
洋子「もう、何が原点よ(藤川を払い除けて)
こんな時にドナーが出るんだから……え?
アリー?」
【54】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「あなた、アリーって分かる?」
山崎「何だ急に? アリー?」
百恵「うん……アリーとメアリー」
山崎「アリーとメアリー?」
【55】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「思い出した?」
藤川、洋子に抱きつく。
洋子「それ、久しぶりね……」
藤川「そう? (洋子をそっと抱きしめて)
寂しい思いはさせないよハニー」
洋子「(笑う)」
【56】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「(ボソボソッと何か言っている)……」
山崎「(聞こえない)何? ……フタゴ?」
【57】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「(微笑)」
洋子「一卵性の双子の女優。前はそう言って
よく……ふざけてた」
藤川「ううん。洋子の胸の名前。双子の姉妹、
瓜二つ」
洋子「(笑って)瓜と違う。そんなに大きく
ない」
藤川「似てるってこと。俺達二人の象徴!
シンボル!」
【58】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「やっぱりイコールなんだ」
山崎「何がやっぱりなんだ?」
【59】寺田屋・梅の間(夜)
洋子の嬉しそうな顔。
洋子「似てる? 私達二人?」
【60】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵、山崎に背を向け、タマゴTを指
先で振り回している。
山崎「ちょっと待てよ。それ、そのイメージ
の男のことだろ?」
百恵「そう。今のあなたよ」
山崎「今の俺? ……(溜息をついて)それ
で、その男、俺に似てるのかよ?」
百恵「(首を振って)ううん」
山崎「え? じゃ、何なんだ?」
百恵「(山崎の方へ振り向いて)似てるんじ
ゃなくて、イコールなんだから」
百恵、掌のタマゴTを眺めている。
山崎「イコール? アルコールのやりすぎじ
ゃねェの?」
百恵の掌のタマゴT。
【61】寺田屋・梅の間(夜)
掌のタマゴT……それを手にしている
藤川。
藤川「これがシンボルなんだろ?」
洋子「?」
藤川「似てるなんてもんじゃない。俺達は一
卵性カップルなんだから」
洋子「!」
藤川「……」
洋子「もう一度……言って」
藤川「一卵性カップル」
洋子「(泣き出して)その言葉、嬉しい。や
っと言ってくれた。初めて。手術してから」
藤川「だから、一人で突っ張らなくていい」
洋子「……」
藤川「二人とも、孤独癖が強いけどね」
洋子「幸一さん、心臓移植してから、少し変
わり過ぎて……もう、一卵性じゃなくなっ
て……それで、ひょっとして、ジ・エンド
って、私達、終りなのかなーって」
藤川「一卵性だよ。ここから始まるんだよ」
藤川の掌……タマゴT。
【62】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵が『タマゴT』(卵の形をした携
帯型ゲーム機。チェーンのストラップ
がついている)を眺めている。
山崎はその様子を見ている。
山崎「そんな……何も急に帰らなくてもいい
だろ?」
百恵、タマゴTをポケットにしまい、
いそいそと帰り支度を始める。
百恵「急じゃないわよ」
山崎「?」
百恵「前世から決めてたこと……前世から決
まってたことよ」
山崎「前世前世って……前世から何が決まっ
てたってんだよ!」
百恵「今日。決着の日。その女との(微笑ん
で)だから、3人で話し合いましょ」
【63】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「忘れないさ。死んだって忘れるもんか。
生まれる前からの約束だから」
洋子「良かった……それだけ……それだけが
私……」
【64】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵「昨日から……断片的に浮かぶのよ……
イメージが」
山崎「断片的?」
百恵「そうよ。あなたの浮気もそうじゃない。
切れたかと思ったらまた始まるじゃない」
山崎「ちょ、ちょっと待てよ……浮気浮気っ
て、何なんだよ!」
百恵「だから前世でのことよ。思い出したく
なかった……子供が生まれたら、浮気癖も
直るかと思ったのに」
山崎「子供? 子供が出来たのか?」
百恵「ショックだったわ……後であの女から
真相を聞かされた時は」
山崎「真相って……(急に真顔になって)真
実は一つだよ。愛してるよ、百恵」
山崎、百恵を抱きしめようとする。
と、百恵は身をかわして避ける。
百恵「うまいこと言って、結局あの女の所に
行ったくせに! 今回もそうよ!」
山崎「モモ、いったい何のことだよ……頼む
から落ち着いてくれよ」
【65】宇宙(イメージ)
藤川&洋子、山崎&百恵の声が交差す
る。
藤川の声「永遠……そう永遠に俺達は一緒、
ずーっと一緒、ずーっと一体なんだよ」
山崎の声「宇宙にはこの地球と同じ様な星が
数多く存在するんだ。俺達は前世でもどこ
かの星で一緒に居たのかもよ」
洋子の声「ずっと一緒……一体」
百恵の声「死ぬ時って、今までの色んなこと、
みーんな思い出すって、本当かしら? 前
世のことも……来世のこともだったりして」
【66】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「(微笑んで)不思議だ。ここに来てか
ら……本当、不思議だよ」
洋子「良かった……それだけは忘れて欲しく
なかったの。永遠に」
【67】寺田屋・客室の一室(朝)
座っている百恵。
その横で山崎が立ち上がる。
山崎「ジ・エンドって……俺、起業家のスタ
ートの縁起を担いでここに来たのに。ここ
! 龍馬先生ゆかりの寺田屋!」
百恵「まだ賛成だなんて言ってないわよ」
山崎「モモ……(急に優しい顔になって)ひ
ょっとしたら前世で、俺が龍馬先生で、お
前はお龍だったかもよ」
百恵「そうなの? だから京都にも東京にも
女が居るんだ」
山崎「え?」
慌てる山崎の顔。
その様子を見ている百恵。
百恵M「前世の記憶……そう、前世から、私
達二人は……」
【68】寺田屋・梅の間(夜)
龍馬の肖像画。
それをじっと見ている藤川。
洋子「どうしたの?」
藤川「もう一つ、何か思い出しそうなんだ」
洋子「もう一つ?」
【69】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵と山崎が向き合って座っている。
百恵「思い出してよ!」
山崎「え?」
百恵「ジ・エンドを思い出して。愛はイコー
ル。原因と結果の法則よ。イコールで返る
の。自分が与えたもの。だから……giv
e&give」
山崎「何だ?」
百恵「結論よ。最後の最後の最後の。残して
くれたの」
山崎「またそれか……」
【70】寺田屋・梅の間(朝)
洋子「ジ・エンド、思い出した?」
藤川「そういうことか」
【71】寺田屋・梅の間(夜)
坂本龍馬の肖像画などが飾られている。
百恵と山崎が部屋中を眺めている。
百恵「やっぱり私、ここ、初めてじゃない…
…デジャブーっていうのかしら?」
山崎、龍馬の肖像画に向かって敬礼す
る。
山崎「そう言えばデジャブーって、前世の記
憶が蘇ったんだって、言う人もいる。前世
でその場所に居たか、その場面を目撃した
んだって言うけど」
真剣な顔で聞いている百恵。
百恵M「セラピストとしてまだ未熟な私は退
行催眠だの前世療法だのは不勉強だった」
【72】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「もう、二度と忘れない」
洋子「本当? 永遠によ。何度生まれ変わっ
てもよ」
【73】寺田屋・客室の一室(朝)
百恵と山崎が向き合って座っている。
百恵「やっぱりそうだったんだ!」
山崎「え?」
百恵「あの男……あれが今のあなたよ」
山崎「あの男?」
百恵「あなたがあの男だった頃よ」
山崎「あの男? 俺が?」
百恵「あなた、前世から私を裏切ってたのよ
! 浮気ばかりして!」
山崎「前世? 何だって?」
百恵「あなたが言ったんじゃない!」
山崎「お、俺が?」
【74】寺田屋・梅の間(夜)
藤川「永遠に忘れないことって、どのくらい
あるだろう?」
洋子「私は全部覚えていたい。どんなことも。
女って思い出に生きるものなの。全部身体
の中に残っているの」
藤川「頭の中だけじゃなくて、全細胞で記憶
してるんだ」
洋子「女は子宮にも記憶できるのよ」
洋子、お腹を撫でる。
洋子「全部受け継ぐの」
【75】寺田屋・客室の一室(朝)
寝ていた百恵が飛び起きる。
隣で寝ていた山崎も目を覚まし、起き
上がる。
百恵、山崎を睨むと、徐に山崎にビン
タを喰らわす
山崎「?」
【76】寺田屋・梅の間(夜)
藤川幸一(三二)と西浦洋子(二六)
がキスしている。
【77】寺田屋・客室の一室(朝)
湊百恵(二六)と山崎雅之(三二)が
寝ている。百恵は上品な感じの美人。
【78】宇宙(イメージ)
(T)「この作品はリバースムービーの構成
になっています。順方向再生と逆方向再生
の両方でお楽しみ下さい。」
― THE END ―
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