時の貴婦人

時の貴婦人

れとろさんとのコラボ企画。
「大時計」「駅」という共通のテーマを持ちながら共に物語(台本)を作成しました。

そこにあるのは同じ街。

けれど時代を変えれば違う物語が生まれます。

こちらと共にお楽しみいただければ幸いです。



※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5


【カール】
時計職人の青年。23歳。人懐っこくお調子者。またそう装うことで自分の弱い部分を守っている一面も。祖父アルバートから時計に関する知識や技術を叩きこまれている。15年前(8際の頃)地震で両親を亡くしており、5年前(18歳の頃)に祖父アルバートも亡くなっている。

【女性】
カールの祖父アルバートの友人。20代の様な外見だが、それに見合わぬ偉そうな口調で話す。


場:駅に隣接する大時計内部


【メモ】
声の年齢イメージ:青年<女性

――――――――――――――――――――――


(大時計の鐘の音)
(大きな歯車が回っている)
(カール、歩いて来る)

カール「おい、こんな所で何してる。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

女性「……そう言うお前は誰だ。関係者なのか?」

カール「当たり前だろ。俺はこの大時計の整備担当、時計職人だ」

女性「お前が? アルはどうした」

カール「あんたじいさんを知ってるのか? アルバートじいさんなら……5年前に死んだよ」

女性「アルが? ……そうか。人の一生は案外短いものだな」

カール「そうだな。じいさんも良くそう言ってたよ。この大時計を作る事になってからは本当にあっと言う間だったってさ」

女性「アルらしい。あいつはバカが付く程の時計好きだったからな」

カール「そうそう。じいさんは昔から時計の事ばっかりだった。俺が物心付いた時からずっとだぜ? 孫への最初のプレゼントが時計だなんてじいさん、他に聞いた事がない」

女性「ふふ。それでお前も時計好きに?」

カール「じいさん程じゃないけどな。ずっとじいさんの元で修行して、今は俺がじいさんの仕事を引き継いでる。この大時計の整備もそのうちの一つさ。……あ、もし良かったら少し待っててくれないか? 大時計の定期点検が終わったらゆっくりじいさんの話を聞かせてくれ。今じゃもう、じいさんを訪ねて来る知り合いもほとんどいないからな」

女性「ああ、待つのは慣れている。気にせず仕事を始めてくれ」

カール「その辺に触ったりするなよ。今は俺がいるしじいさんの知り合いだから許可してるけど、本当はここ立ち入り禁止だからな」

女性「解っている。大人しくしているさ」

(カール、工具箱を開け色々な工具を取り出す)
(カール、レンチで歯車を軽く叩く)

女性「ここからの眺めは変わらないな」

カール「お、流石じいさんの知り合い。解ってるねー。俺はここからの眺めが一番好きだ。街全体が見渡せるからな。……ん? 何か見えたのか?」

女性「昔馴染みの駅長がいてね」

カール「駅にも知り合いがいるのか」

女性「こう見えて私は顔が広いんだ。知り合いも多いんだぞ。……駅前広場が賑やかなのは相変わらずだな」

カール「この時間なら親子連れやじいさんばあさん達でいっぱいだろう。最近はそれ目当てに屋台も出てるんだぜ」

(遠くで子供達の笑い声)
(鳩が飛び立つ羽音)

カール「そういえば二人はどういう知り合いなんだ? じいさんとあんたじゃ随分年が離れてるだろ?」

女性「アルは私の親みたいなものだ」

カール「……まさかとは思うけど、じいさんの隠し子だったりしないよな?」

女性「ふっ。もしそうなら私はお前の叔母という事になるな」

カール「え? ちょっ!? おば……?!」

女性「冗談だよ、冗談。アルは誠実な男だ。妻以外の女性との間に子供がいるなんて事はないだろう」

カール「驚かさないでくれよ。手元が狂っちまう所だった」

女性「おやそれは失礼。ちゃんと整備してくれよ。今不調になったら困るからな」

カール「言われなくてもちゃんとやるよ。これは俺の大事な仕事だからな」

(カール、歩きまわる)
(カール、緩んでいたネジを締め直し歯車を調整する)

女性「ところでお前の親父殿はどうした?」

カール「え?」

女性「てっきり私はアルの息子、お前の親父殿が跡を継ぐものだと思っていたが」

(大きな歯車がゆっくりと回る音)

カール「……父さんは死んだよ」

女性「え?」

カール「15年前の地震の日に母さんと一緒に」

女性「そうか。それは……すまなかった」

カール「おいおい謝らないでくれ。もう15年も前の話だ。……あんたはあの日の事覚えてるか?」

女性「ああ、昨日の事のように」

カール「あの日、俺はここで整備をしてたじいさんに昼飯を届けに行く途中だった。そしたら突然この大時計が今まで聞いた事ない様な大きな音で鳴り出してさ。いつもの時報と全然違う無茶苦茶な鳴り方だったから俺は慌てて広場まで走った。そこの広場に着いた時には大勢の人が大時計を見上げてたよ。そんな時だ、あの地震が起きたのは。――大時計を整備してたじいさんと広場にいた俺は無事だったけど、家にいた父さんと母さんはそのまま……」

女性「……そうだったのか」

カール「この街じゃ有名な話さ。あの時広場に行かなかったら今頃墓の中だ、なんて話す奴も多い。……父さんと母さんだけでなく大勢の人が死んだ。自分の命が無事だっただけでも運が良かったんだよ。それに、俺にはじいさんがいた。じいさんが父さんと母さんの分も俺を育て、時計の事を沢山教えてくれたんだ」

女性「そうか、アルが……」

カール「今じゃこうして一人前の時計職人として食っていけてる。じいさん様々だよ」

(カール、レンチを置く)

女性「アルは良い孫を持ったな」

カール「まーね」

女性「そこは普通謙遜する所じゃないのか?」

カール「俺正直者だからさ。それにじいさんも言ってた『お前は自慢の孫だ』って」

女性「あはは。面白い奴だ」

(カール、ドライバーを取りだす)

カール「……本当の事を言うと特別時計職人になりたかった訳じゃないんだ」

女性「…………」

カール「死んだじいさんや父さんの跡を継ぐって言ったらかっこいいけど、少し時計が好きでたまたまじいさんが時計職人で。父さんや母さんはもう死んじゃったし、いずれはじいさんもって思ったんだよ。それまでに自分一人で生活出来るようにならないとって。それでじいさんにくっついて修行した」

女性「いくつの時だ?」

カール「15年前だから8歳かな」

女性「……そうか」

カール「……余計な事話しちまったかな。ところでさ、俺あんたと前にも会った事ないか? 妙に話やすいと言うか、ついつい余計なことまでしゃべっちまうんだけど」

女性「覚えていないのか」

カール「え?」

女性「そうか」

カール「おいおい、一人で納得しないでくれよ」

女性「お前が小さい時だったからな。覚えていないのも無理はない」

カール「でもあんたは覚えてる訳か。何か不公平だな」

女性「そうやってすぐぶーたれる所は昔と変わらないな」

カール「いい歳した男捕まえてまえてぶーたれるはないだろ」

(カチャカチャと金属が触れ合う音)

女性「アルは……」

カール「ん?」

女性「アルはあの日の事について何か言っていたか?」

カール「じいさん? ああ、大時計の事? 色々調べたみたいだけど、結局何でこいつが鳴り出したのか解らないって言ってた。『もしかしたら地震が来るのを知らせてくれたのかもしれないな』ってさ。もの凄くじいさんらしいよ」

女性「アルがそんな事を……」

カール「……っておい! 何泣いてんだよ!?」

女性「ぐすっ……泣いてない。私の事は気にするな」

カール「あのなー。目の前で泣かれて気にならない訳ないだろう」

女性「いいから仕事に集中しろ。……ぐすっ」

カール「あーもー……あれ? どこやったかな?」

(カール、複数のポケットをごぞごそする)

カール「あったあった。ほらこれ! これで拭けよ」

(カール、女性にハンカチを渡す)

女性「あり……がとう。お前意外と良い奴だな」

カール「意外とは余計だ。……あ」

女性「ん?」

カール「ゴメンそれ、機械油が付いてたみたいで……顔が黒く……」

女性「っ!? バカ者おおおお!!」

(女性、どこからともなく自分のハンカチを取り出し顔を拭く)

カール「だからゴメンて」

女性「ふん! 前言撤回だ。女性の顔を油まみれにする者など良い奴とは認めない」

カール「わざとじゃないし、謝っただろ?」

女性「……はぁ。お前はアルの話を聞かせてくれたからな。しかたないからそれで帳消しにしてやる」

カール「何でそんなに上から目線なんだよ」

女性「何か言ったか?」

カール「アリガトウゴザイマス」

女性「解ればよろしい」

(カール、工具を片付けながら)

カール「……さて、それじゃ行きますか」

女性「行く? どこに?」

カール「今日の整備はこれで終わりだ。言っただろ? 整備が終わったらお茶でもしながらじいさんの話を聞かせてくれって」

女性「あぁ、そうだったな」

カール「広場の屋台にするか? それとも駅のカフェ?」

女性「魅力的な提案だが私はここから離れられない」

カール「おいおい。最初に言った通りここは関係者以外立ち入り禁止だ。本当なら絶対入れない場所なんだぞ」

女性「それはさっきも聞いた。それでも私はここに残る」

カール「だからダメだって!」

女性「ここが私の居場所だ。お前が幼い頃、初めてここで会った時にも言った言葉だ。私はこの時計台から外には出られない」

カール「何を言って――」

女性「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は大時計。街の皆が"時の貴婦人"と呼ぶこの大時計だ」

カール「……え?」

女性「私はアルの想いと街の皆の想いから生まれた存在。毎日毎日我が子のように大切にしてくれるアルと、毎日毎日私を見上げ様々な想いを向けてくれる街の人々。その想いが人の形となったものが私だ」

カール「だからじいさんが親なんて言ったのか。……って、おいおい。急にそんな夢物語みたいな話をされてもだな」

女性「最初に私に気付いたのはお前だよ、カール」

カール「俺が?」

女性「長い年月を経た物ならば人の姿を取るのも容易い(たやすい)。だが、私はまだこの世界では若輩者だ。意識はあっても上手く人の姿を取れずにいた私に最初に気付いたのがお前なんだよ」

カール「子供の頃に会ったっていうのはそういう事かよ」

女性「ああ。そしてお前が私を見た事で私は少しずつ力を付ける事が出来た。お前には本当に感謝している」

カール「力を付ける?」

女性「言っただろう、私は人の想いから生まれた存在。確かな存在となるためには強い想いが必要となる。子供の頃のお前は不確かだった私の存在を感じ、見ることによって私に力をくれたんだ。そして、ここに来るといつも私と遊んでくれた。覚えていないか?」

カール「……そういえば。大時計で仕事してるじいさんに昼飯を届けて、それから女の人と一緒に遊んでた気が……」

女性「それが私だ」

カール「あれ? でもあの人は俺が子供の頃もう大人で、15年以上前だから……」

女性「私は私として意識を持った時から今の姿のままだからな」

カール「え、じゃあ……あんたがあの時の?」

女性「ふふ、だからそうだと言っている。いつも遊びに来るお前のおかげで、私はお前以外の大人にもこの姿が見える程に力を付ける事が出来た」

カール「じいさんにも?」

女性「そう、アルにも。カフェや屋台には行けないがアルとの思い出話をしてもいいかな?」

カール「ぜひお願いしたいね」

女性「15年前のある日、私はやっとアルに見てもらえる位力を付けた。アルはあの通りバカが付く程の時計好きだ。すぐに私の存在を受け入れてくれるに違いない。そう思って整備作業に来るアルを待っていた。……だが楽しみにしていた時間は訪れなかった」

カール「え、何で?」

女性「地震だよ」

(鳥の羽音)

女性「最初に異変に気付いたのは翼を持つ鳥達だ。彼等は大きな声で鳴きながら北へと飛んで行った。『大地が怒っているぞ』『遠くへ逃げろ遠くへ逃げろ』と鳴きながら。それに呼応するように街の生き物達が騒ぎ始める。私は妙な胸騒ぎを覚えて街中を見渡した。足の早い生き物は既に街から姿を消し、残った生き物達は息を殺して身を寄せ合っている」

カール「…………」

女性「私は大時計に住む年寄りネズミに訊ねた『皆は何に脅えているのか』。彼はこう言った『すぐに大きな地震がやって来る。この大時計は頑丈だから大丈夫だが、他の建物は崩れてしまうかもしれない。皆この大時計に逃げ込んで来ているよ』」

カール「それが15年前の地震の日……」

女性「ああ。私は再び外を見渡した。地震の前兆に気付く事無く街の人達はいつも通りの生活を送っている。年寄りネズミは再び言った『人間達がこの前兆を感じ取る事はない。きっと多くが死ぬだろう』。アルが大時計に到着したのはその時だ。私は正直、ここにいればアルは助かるとホッとした。そして次に怖くなったんだ。私に力をくれた沢山の人達はどうなる? 私は年寄りネズミに尋ねた『どうすれば街の人間達を助けられるだろう』。ネズミは不思議そうに応える『ここは歴史ある街。古い建物は崩れ、中にいる人間は助からないだろう』。――大時計は時を刻むもの。私が街の人達に何かを伝えられるとしたら文字盤と鐘の音だけだ。どちらを動かすにしても、正しく時を伝えるという私に与えられた役目に背く事になる。それにはとても多くの力が必要だった……人の姿を保てなくなる程に」

カール「それじゃあ、あの日俺が広場で聞いた鐘の音は……」

女性「そう、私は結局鐘を鳴らした。迷っている時間は無かったんだ。すぐそこまでその時が迫っていたからな」

カール「そしてあんたはその姿を失った訳か」

女性「私は眠りに就いた。再び力を付けて人の姿を取れるようになるその日まで。次に目覚めた時、アルに会えるのを楽しみに。そして目覚めたのがついさっき、お前に会った時だ」

カール「つい昨日のようにって……そういう意味かよ」

女性「ああ。文字通り私にとってはつい昨日の事だ」

カール「あんたは結局じいさんに……」

女性「この姿でアルと会う事はなかったよ。いつも傍にいた。話しかけていた。でも……アルには届かない。話がしたくて私を見て欲しくて、頑張って頑張ってこの姿を手に入れた。だが……人の一生はあまりに短い。再び私が力を付けるまでアルの寿命は持たなかった」

カール「…………」

女性「……一言、ありがとうと言いたかったんだ。私を作ってくれてありがとう。いつも整備してくれてありがとう。それだけを言うために私は……っ」

(女性、我慢しきれずに泣き出す)

カール「じいさんは! ……じいさんは感じ取っていたと思うんだ。だから俺に『大時計は地震が来るのを知らせてくれたのかもしれない』なんて言ったんだと思う。それにな、俺がここで女の人と遊んでるって事じいさんは何事も無いように受け入れてた。あの時、あんたの姿はじいさんには見えてなかったんだろう? でも俺は普通にじいさんにその事を話していたし、じいさんはその光景を見ても何も言わなかった。……そうだよ、思い出した! 普通なら俺に何か聞くとか、誰もいないのに何やってるんだとか言うだろう? それなのにじいさんは嬉しそうにその話を聞いてたし、楽しそうに俺達を眺めてたじゃないか」

女性「…………」

カール「それともう一つ。どうしてこの大時計の通称が"時の貴婦人"なのか知ってるか?」

女性「……街の皆がそう呼ぶから」

カール「半分正解。"時の貴婦人"って名前、あれはじいさんが言い出したものなんだよ」

女性「アルが?」

カール「大時計の通称は男性名で付けられることが多い。それなのにじいさんはこの大時計を"時の貴婦人"と表現した。俺は華やかな文字盤や装飾が女性を連想させるからだと思ってたんだけど、一度だけじいさんにその事について聞いたことがあったんだ。そしたらじいさんこう言ったんだぜ。『あそこで整備していると隣に女性がいるような気持ちになる事がある。誠実な仕事をしなくては、きちんとエスコートしなくては。そんな気持ちにな』。その時俺はじいさん独特の冗談だと思って笑ったけど、きっとじいさんには解ってたんだよ」

女性「アルがそんな事を」

(大きな歯車が回る音)

カール「いつも時を伝えてくれてありがとう」

女性「それはアルの……」

カール「そう、じいさんの口癖。感謝してたのはじいさんも同じさ。直接話す事は出来なかったかもしれない。でもあんたにはじいさんの気持ちが伝わってただろ? それは多分じいさんも同じだよ」

女性「…………」

カール「何度も何度も言われたんだ。『時計への敬意と感謝の気持ちを忘れるな』ってね。『時計を触る時は、女性に触る時と同じくらい心を込めて優しくしろ』とも言ってたな。……まあこれは、俺が彼女に夢中で仕事が雑になってた時の言葉だけど」

女性「ふふ。アルらしいと言うか、お前らしいと言うか」

カール「やっと笑った。あんたは笑ってた方が良いよ。貴婦人は笑顔を纏う時が一番美しいって言うだろ?」

女性「初めて聞く言葉だな。格言か何かか?」

カール「今俺が考えた」

女性「ぷっ、あははははは。お前は面白い奴だな」

カール「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

女性「……ありがとう」

カール「ん?」

女性「目覚めて最初に会ったのがお前で良かった」

カール「俺もあんたに会えて良かったよ。……これからどうするんだ?」

女性「今まで通りさ。時を刻み、それを知らせ、ここから街の様子を眺める。それが私の役目だ」

カール「なら次の整備の時にお茶とお菓子持って来てやるよ。大時計のご機嫌を損ねないようにするのが整備士の役目だからな」

女性「言ったな。ならばこれからは私の話し相手をしてもらおうか。覚悟しておくのだぞ」

カール「はいはい。心してお相手いたしますよ、貴婦人殿」

(穏やかな二人の笑い声)
(大時計の鐘の音)
(フェードアウト)


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アドリブによる台詞の追加・人称や語尾変更はご自由にどうぞ。

イラストはれとろさんに描いていただきました。ありがとうございます!


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