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1998 ~ 2024          7  

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


同じ頃、彼女の家に入り込んだ男性が警察に捕まり彼女だけでなくあの付近の住民を安心させた。彼女はあの夜のことを一切話そうとはしなかったし、その必要もなかった。 僕が上司に彼女との交際を報告すると冷やかしのついでにあの夜の話を少し続けた。
その男性はあの付近で数人の女性を襲った犯罪歴があったようだ。すっかり暗くなった雨の夜彼女をつけて家に入り込んだらしい。暴力を振るわれたがたまたま帰宅した向かいの住人が叫び声を聞き不信に思い通報した結果性的な被害は逃れたとの事だった。
僕は想像した。
僕をあの真っ赤な目で見つける前にそんなことがあったのかと。
彼女は駅から近くの新しいアパートへ引越しをして僕との距離は30分程になった。驚くほど街中で賑やかな大道りに面していて僕を安心させた。
僕は仕事にあまり満足をしていなかったものの彼女との時間が僕の毎日を大きく変えた。僕の友人たちもそれぞれ彼女ができ、それぞれの時間が多くなってきていたころだったと思う。多く彼女との時間を過ごしている友人たちを羨ましく思ったこともあったけれど僕は自分の時間を持ち仕事に誇りを持っている彼女を自慢に思っていた。そんな彼女は例の試験で高得点を取得し2年後のオリンピックの仕事を手にしていた。それでも僕との時間を作ろうとする努力が嬉しかった。この頃から僕はよく家族に電話をするようになった。
2つ年下の妹に彼女と付き合っていることを伝えると非常に驚いて派手に喜んでくれた。長い片思いの理解者だ。
電話の向こう側で僕と話す彼女の姿が想像できた。彼女はカナダ人の父によく似ている。肌の色も少し濃くて丸顔で笑うと全てがくしゃっとなる。人懐っこくて誰からも好かれるタイプだ。僕はイギリス人の母によく似ていて色白で面長で友達になるまでには時間がかかるタイプだ。外を駆け回り新学期初日に友達を連れて帰宅する妹を僕は本を読みながら眺めていた。どんな時でも真っ直ぐに自分の気持ちを口に出して表現できる彼女をうらやましく思っていた。僕は読書好んで静かで恥ずかしがり屋で口を開く前に多くを観察するような子だったと思う。両親は僕たちを大きな視野で自然に囲まれた環境でおおらかに育てたくれた。そんな僕にカナダ人の父は当然のことながらアイスホッケーを勧め僕はカナダ人の息子としてそれを得意なスポーツとして長く続けた。前歯を失うことなくここまでこれたことは奇跡に近い。僕の育った場所は安全で移民が多く色々な文化や言葉に囲まれていた。その中でもミドルスクールで知り合った日本人の友人こそが僕が日本へ来た理由だ。楽天的でどちらかと言えば妹のような性格で兎に角気が合った。彼は今でも僕のベストフレンドだ。大学では文学部へ進んで多くの文学に触れて書くことへの興味に気付いた。
想像もしていなかった突然の両親の離婚が僕を変えた。あの頃も、今も誰にも打ち明けられない気持ちがある。2つ下の妹は上手く自分の気持ちをコントロールしているように見えた。僕は自分勝手に理不尽に扉を閉じて何もなかったかのように背を向けて逃げた。そして僕はそれを触ってはいけない物にしてしまった。そのことで母を非常に悲しませた事を僕は痛いほど知っている。日本行きの理由をあれこれ語ったものの本当は逃げたかったのかもしれない。
空港で泣きながら抱きしめてくれた父と近所のスーパーに送り出すかのように軽く笑って送り出してくれた母とつまらないことで喧嘩をして見送りに来なかった妹にもう何年も会っていない。

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