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山形新聞「日曜随想」 2020年12月22日

 今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、われわれも全く活動ができない1年でした。実は山形ブラジル音楽普及協会(山ブラ)にとっては記念すべき設立20周年の節目の年であったのですが、逆に殊更に残念な年となってしまいました。

 3月にブラジルから招聘する予定であったレオナルド・マルケス、7月に公演を行う予定であったharuka nakamuraは、チラシを準備し、チケットも販売開始してから中止の決定を余儀なくされました。そして実はさらに10月にもブラジルのアーティストが山形でコンサートを行う予定だったのです。そのアーティストは、ジャキス・モレレンバウム。世界的マエストロとして知られるブラジルのチェロ奏者です。

 ジャキス・モレレンバウムは、1954年にリオデジャネイロに生まれました。父は指揮者で、母はピアノ教師という音楽一家で育ち、20歳の時にプログレッシブロックのバンド「ア・バルカ・ド・ソル」のメンバーとしてデビューします。その後、ボサノバの父、故アントニオ・カルロス・ジョビンの最晩年のグループ「バンダ・ノバ」への参加をはじめ、ジョビンの中後期に右腕としても活動しました。その後は演奏者としてだけでなく、編曲家、プロデューサーとしてカエターノ・べローゾ、エグベルト・ジスモンチ、マリーザ・モンチなど、ブラジル音楽界の重鎮たちを支える存在として活躍します。

 ジョビンの死後の95年には、ジョビンの息子のパウロ・ジョビンやダニエル・ジョビンらと共に結成した「クアルテート・ジョビン・モレレンバウム」が世界中で称賛されました。その才能は、スティングなど、世界のトップアーティストとの共演でも発揮されています。ブラジル音楽界の巨匠として、さまざまなシーンで業績を残す偉大な音楽家です。

 日本ではジョビン本人のピアノを使用して制作された、2001年の坂本龍一とのプロジェクト「カーザ―モレレンバウム2/坂本」で、ご存じの方も多いのではないでしょうか。その当時某オフィス機器のCMでジャキス夫妻(ジャキスの妻パウラは歌手)と坂本さんとの共演をご覧になった方も多いと思います。

 また今年山形でも公開されたブラジル映画「ぶあいそうな手紙」のサウンドトラックで非常に印象的であった、カエターノ・ベローゾの「ドレス一枚と愛ひとつ」は、スペイン語圏の楽曲を取り上げた1994年の「粋な男」というアルバムに収録されています。カエターノの歌唱の素晴らしさはもちろんですが、ジャキスによるオーケストラの編曲が胸騒ぎするほどロマンチックな美しさでした。

 この10月に予定していたのは、ジャキスとギタリスト・作曲家・プロデューサーの伊藤ゴローさんとのライブでした。ご存じの方も多いと思いますが、伊藤ゴローさんはボサノバデュオ「ナオミ&ゴロー」として、伊藤ゴローまたはムースヒル名義のソロとして、そして原田知世さんのプロデュースと知世バンドのリーダーとして、ジャンルに縛られず八面六臂の活躍中です。ジャキスとは、これまでもレコーディングやステージで共演を重ね、互いのオリジナル楽曲も収録したアルバムも制作しています。端正な音による対話には、多くのファンがいます。この二人とピアノとでの公演の予定で、すでに文翔館(山形市)も確保していたのです。

 今回紹介するのは、ジャキスのチェロを中心としたトリオでサンバに挑んだ「サウダーヂ・ド・フトゥーロ、フトゥーロ・ダ・サウダーヂ(未来への郷愁、郷愁の未来)」というアルバムです。チェロとサンバという通常あり得ない意外な組み合わせが、実に上品で寛ぎに満ちた、洒脱なサンバを創り上げています。穏やかな冬の日曜日に、ぜひのんびりと聴いていただきたい作品です。

 さて1年間「日曜随想」を担当させていただきましたが、本稿が最後です。拙文にお付き合いいただきありがとうございました。

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