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動画編集を学ぶ会社員(6日目)サッカー編

こんにちは!みさるです。


今回は動画編集の話はありません。


僕のサッカー人生の話をしていきます。

文章を書く練習ですのでみたくない方はここで閉じて下さい。

きっと読んでて面白いと思えるでしょう!


壮絶だったみさるのサッカー人生

僕は、小学生1年生の時に友達に誘われて地元のチームに入団しました。

4年生までやっていましたが、5年生の時に別のチームでやっていた幼馴染に全国の大会に出ている様なチームに誘われました。

サッカーの技術には自身があった僕はすぐに”YES”の答えをだし、行くことに決めました。

そこでは、今現在プロとして活躍している選手たちがいたのです。

サッカー自体はレベルが高く、Jの下部組織のチームと出来たりと楽しくやっていましたが、ある日いじめを受けて苦しくなり3ヶ月サッカーから離れました。その期間はサッカーをしたくても出来ない、いじめを思い出すと苦しくなり、小学生ながら自殺を考えていた時もありました。

しかし、そんな時に父親のフットサル仲間の方のクラブチームに誘われて行くことにしました。

そこでは、楽しそうにサッカーをすると言うより球遊びをする少年たちがいたのです。

今まで勝つことしか考えてなかった僕ですが、楽しむことを知ることが出来たのです。

すぐに入団し、チームメイト達も仲良くしてくれました。

このチームに救われたと今でも感謝しています。


このチームではまだ小学生の公式戦登録をまだしてないのでこのチームに残りつつ公式戦の出れる地元のチームに戻ったのです。

小学生の時は週6で練習してました。

休みは月曜日だけでしたがその月曜日もサッカーボールをずっと蹴ってたのでほぼ週7のトレーニングでした。


クラブチームでは火、水、木、土日

少年団では金、土日

このスケジュールで土日はどちらかが試合なら試合に行き

練習ならクラブは午前練で少年団が午後だったのでうまく出来ていました。

3ヶ月のやってない期間の反動がすごかったと自分でも思いました。


少年団で勝つ事を学び、クラブチームで技術を学びました。

この経験はものすごくいい経験になりました。


このクラブチームはのちにジュニアユースに昇格するのです。


幸せなサッカー生活

小学生の頃のクラブチームの練習後のバスのなかで

監督に

「みさる、お前にはうちのジュニアユースで10番つけてもらうから」と

いきなり言われました。

嬉しくて今でも覚えています。

そこからジュニアユースに上がり10番としてのみさるが誕生したのです。


そんな事を言われてもセレクションはあるのでそこは頑張りました。

そしてそのセレクションに小学生時代に辞めた

全国に出る様なチームの時のチームメイトがいたのです。

その子とは3年間ずっとボランチのコンビを組み同じ大学までいき、

今でも遊んだりご飯食べに行ったりするほどの仲ですw


ちなみに、幼馴染は全国レベルで現役Jリーガーを排出しているチームに

行きました。

幼馴染とはよく中学校でお互いのチームの話をしたりしていました。

話を聞くと、走って、体幹して少しボールを触る。

なんてかわいそうな練習何だろうと思っていました。


反対に僕のチームももちろんきつかったです。

しかし、走ることは一切なくずっとボールを触っていました。


走ることもきついですがボールを触るのもきついのです。

足を攣るほど毎日ボールを触っていたので技術だけは自信を持てるくらい

つきましたw


この中学の時は本当に楽しく毎週遠足気分で試合に行っていました。


そして、進路では学力がなく行ける高校は2、3校どこも真剣にはサッカーをやっていない様な高校でした。

どうしても高校でちゃんとサッカーをやりたかったみさるは父親に話たら数日して高校からの話をもらってきてくれたのです。

地元の高校で僕が卒業してからですが県1位もとったことのある高校です。

父親がその高校のサッカー部の監督の後輩ということで何とか高校に入ってサッカーをすることができる様になりました。

コネに感謝w


過酷だったけど楽しかった高校時代

この高校時代は思い出がすごいです。


1年生大会ではスタメンで出場していましたがシーズン中の大事な

試合で失点に繋がるファールをしました。


そこから僕のサッカー人生、人間性は腐り始めたのです。


2年ではオーバーエイジとして一個下の学年でもう一年1年生大会をしました。そこでは副キャプテンをやらせてもらいました。

試合には出れていましたがいつポジションを取られるかわからない不安から練習は真面目にやる様にしました。

リーグ戦ではまあまあな成績を出せました。


自分たちの代になった時のメンバー選考では紅白戦で

思う様にプレーが出来ず、思いっきり相手を蹴っ飛ばしてしまい

評価されることはなくBチームになりました。


Bチームのリーグは中学時代のチームメイトがいっぱいいたので毎週

楽しみでした。

リーグ戦でもいい順位を出せていたので良かったです。


ただ、練習はもう少し真剣にやれば良かったなと今では思っています。

コーチには物凄い迷惑をかけていたと卒業後のコーチ経験を経て

知ることが出来ましたw


こんな感じで壮絶なサッカー人生を送ってきたみさるでしたw

それでは今回はここまでです。

ありがとうございました!

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