任意売却の現実。買主が見つかっても取下げに応じない債権者の考え方。

 任意売却は全ての案件で成功するわけではありません。理由は様々ですが、失敗することもあります。

 債権者と一言にいっても多種多様な債権者がいて、債権者ごとに考え方が異なります。その考え方の特徴を大雑把に表現すると、民間寄りと行政寄りと言えるのかなと思っています。

 民間寄りの考えをしている債権者との交渉は比較的簡単なことが多いです。競売と任意売却でどちらの方が回収額が多いのか、単純比較になることが多いからです。その為、任意売却の方が競売よりも回収額が多くなるであろう、ということがしっかりした根拠で説明できればいいのです。

 ややこしいのが行政寄りの考えをしている債権者です。代表的なのが独立行政法人関係の債権者です。

 どう考えても競売よりも任意売却の方が回収額が多いだろうと思われる場合でも、任意売却に応じてくれないことがあるのです。その場合とは、実際の物件相場が、裁判所が出す評価額を下回っている場合です。

 裁判所は競売手続きがはじまると、不動産鑑定士に対象物件の評価・査定を依頼します。その評価は競売の入札基準となるものですが、その評価が実際の相場とずれていることがあります。

 ずれていると言っても、評価額が実際の相場よりも低ければ任意売却は一気にやりやすくなります。逆に相場よりも高い評価額となった場合、一気に任意売却が成立する可能性が低くなります。

 なぜそのようなことが起きてしまうのか。これは不動産鑑定士の査定には一定の基準と計算式があり、それらが年々変わる現実の相場と連動していないからです。

 それで、ここからが本題です。

 なぜ、競売よりも回収額が多くても任意売却に応じてくれないのか、その考え方をご説明します。ただ、これはあくまでも私の私見であり債権者・もっと言うと担当者それぞれによって考え方が変わるので、絶対ということはありません。

 債権者の考えは、事なかれ主義とも言えるものかと考えています。現実の回収額の多い少ないということよりも、書類手続きに不備が無いように競売を事務処理として終わらせたい、ということかなと。法人としての利益よりも立場を優先させているように感じます。

 具体的な数字でご説明しましょう。

 仮に裁判所の評価額が3,000万円と査定されたマンションがあるとします。実際の相場が3,500万円など評価額以上であれば何も問題はありません。これが実際の相場が2,500万円だった場合が問題です。

 現実では2,500万円の相場であって、2,500万円での購入希望者がいたとします。その場合、競売であれば落札の予想は2,000万円前後となります。民間寄りの債権者であれば任意売却に応じてくれますが、行政寄りの債権者は任意売却には応じてくれません。現実の相場がいくらであれ、3,000万円以上でなければ任意売却には応じてくれません。

 それは何故か?

 答えは、裁判所の評価額は不動産鑑定士という国家資格を持ったものが法律に則り算出した正当性のある評価額だからです。あくまでも正当性であって正確ではありません。つまり、法的には3,000万円の評価額と認められたので、3,000万円以下の2,500万円で売却をするということは差額の500万円は買主の不当な利益となり、債権者の不当な損益となるのです。

 債権者の多くは国からの免許があって営業が許可されています。また、時には監査が入り、お金の流れが適正なものかチェックされることもあります。その時に、不動産鑑定士の評価額以下での任意売却を指摘され、その差額の説明を求められたときに何の説明もできません。例え、担当者の判断であっても、その判断は私的なものであり、不動産鑑定士の評価額と言う正当性よりも不利になることは間違いありません。

 法人としてそのような立場にあることを考えると、回収額だけを基準として任意売却に応じることはないというのは理解できると思います。説明できない利益よりも、説明できる損失を選択するのです。組織としての保身を選んでいるということです。

 また、その様な組織で働く担当者個人としても同様でしょう。担当者の判断では任意売却の方が回収額が多いとしても、組織の考え方を理解していれば、自身の立場を守るためにも任意売却に応じることは無くなります。

 債権者は企業としても担当者個人としても、自身の立場を優先させます。 もちろん全ての債権者・担当者がそうだとは思いません。どれだけの事情があったとしても債権者対債務者の関係においては、債務者に根本的な非があるのは事実ですし、債権者の判断にどうこう言えるものでもありません。

 日々膨大な数の任意売却の案件を担当している彼らとしては、数ある中の一つの案件ですが、当事者や私たちからしたら1分の1の案件です。任意売却にかける思いや重みが全然違います。彼らからしたら誰かの人生ではなく、ただの事務処理なのです。

債権者への恨み節のようになってしまいましたが、行政寄りの担当者とやり取りをしていると、その様に思わざるを得ないことが多々あります。事実私が担当する任意売却の失敗の多くはそういった評価額と債権者の考え方が大きく関わっています。

 このような債権者の考え方に共感をする方もしない方もいらっしゃると思います。何が良いのか悪いのか、その判断も立場によって変わるのも当然です。ただ、願わくば書類の先に人の人生があり、そこに色々な想いが載っているということを頭の片隅にでも置いていただきたい。私たちが扱っているのは書類とお金だけでなく、人の人生も扱っているのだと思いながら仕事をしてもらいたいと思っています。

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