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エピラ(12)無人のゲート

前回のあらすじ

足を負傷したシマテを救助した男は、エピラの医者だと名乗り、怪我が命に関わると忠告した書置きを残し、家を去る。家族で唯一読み書きができるニカは、第23集落の外れに住むという男を訪ねるべく、一人家を出る。

登場人物

ニカ: 南の国の第23集落に住む、12歳の女の子。
シマテ: ニカの父親。クル豆農家。第18集落で事故に遭い、左足を失う。
モカレ: ニカの母親。クル豆農家。
モアレ: モカレの母親で、ニカの祖母。足が悪く車椅子生活。
男:第23集落に住む、エピラと名乗る自称医者
シーラ: 第23集落の図書館の司書

用語紹介

エピラ:南国で生まれ育ちながら北国へ移住した人、北国へ移住したが南国へ出戻りした人を指す。

 クシャクシャになった男の書置きは、けれどまだ、文字は読めた。

 点在するバンブーハウスを何軒か通り過ぎ、大きなパラソルがいくつも立ち並ぶ市街地へ入る。フルーツジュースの店や、朝採ってきた鮮魚を並べる店以外は、まだ開店準備をしている。

 第23集落は周りを森に囲まれているから、フルーツや魚は周りの集落から買い集めてくる必要がある。その代わり、森や山でできるハーブやお茶、豆類や穀物は安価で買うことができる。

 特に米は、どの家も、大柄な男がすっぽりおさまるくらいの袋いっぱいの量を買う。たくさんあっても潰れないくらい、米を量り売りしている店は多い。

 何度も豆売りや、おつかいをしに通っている市街地にもかかわらず、ニカは自分の目的だけで街中へ来るのは初めてだった。

 いつも誰かの後ろをついて行くばかりだったけれど、今日はわたしのためだけに街を歩いている。

 そう噛み締めるだけで、ふだんの米屋も魚屋も布屋もたばこ屋も何もかも、本で読んだ物語に出てくる魔界の商店のように見えた。

 「あら」

 もうすぐで商店街を抜けるという時、後ろから声がした。聞いたことのある、高くて歌うような声の持ち主。司書の、シーラだった。

 「お買いもの?」

 シーラは、黒い髪を頭のてっぺんでお団子にしていた。空色の、コットンのストールを巻いている。朝は少し肌寒いからだろうか。

 ニカは、思わず目を伏せ

 「うん」と答えた。けれど、次に続く言葉が見つからない。

 走って逃げようかとも思ったが、うつむいたニカの前に、桜色の氷の棒が差し出された。

 「これ、さっき売ってたの。アイススティックだって。甘くて美味しいわよ」

 よく見ると、シーラも同じものを持ってぺろぺろ舐めている。

 「ありがとう」とニカが受け取ると、シーラはふわふわと踊るように、竹かごを揺らしながら去っていった。

 ニカは、初めて食べるアイススティックを、溶けて落ちないように舌先ですくいとりながら、北へ歩いた。そういえば、朝、パイナップルジュース以外、何も口に入れていないことに気がついた。

 中心街を抜けると、あとは豆畑が広がり、だんだんと林の密度が増してくる。

 集落と集落の境目が近づくと、雑草が生え放題の、整理されていない小道が続く。ほとんど獣道のようなそれをたどると、錆び付いてくの字に変形した門が現れた。

 ここが第22集落と23集落の境目だ。

 案外、簡単にたどり着けてしまった。

 集落同士の境目は、用がなければ誰も近づかない。シマテやモカレが22集落へ行商に行くことはあるが、どういう道筋なのか、ここを通る以外に行き方があるのか、それとも毎回さびれたこの門をくぐっていくのか、ニカも聞いたことがない。

 門は、観音開きになっていて、ニカが歩いてきた方の門は折れ曲がっていた。格子状になっているから、すぐ向こう側の林が見えるし、ニカくらいの背丈なら、格子の間をすり抜けて、22集落へ出入りできそうだった。

 住んでいるとしたら、このあたりだろうか。

 それとも、もっと先だろうか。

 ニカは、食べ終わったアイススティックの木の棒を持て余しながら、門の前を見回したが、誰かが住んでいそうな気配はない。

 やっぱり、23集落と22集落の境界に住んでいるという男の話は、嘘だったのか。

 医者だということも、エピラだということも──?

 太陽も東の空へ完全に昇った。慣れない距離を歩いたせいか、太ももの裏に汗が伝う。

 せっかくここまで歩いて来たのに。

 ニカはがっかりして、アイスの棒を草むらへ放った。

 すると後ろから突然

 「いま投げたのは、お宝かな、それとも持て余したゴミか何かかな」

 と太く低い声がした。シーラの声の対角線上にあるような声だ。

 ギョッとして振り返ると、四角い肩をした、あの男が立っていた。

(つづく)

余談

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。以下の有料エリアでは、物語を作る際に、ぼんやり考えたことや裏話などを書いています。ほとんど雑談です。マガジン「アトリエ ウラリンナンカ」をご購読いただくと、すべての余談が閲覧可能です。

 今回は、この物語を思いついたきっかけ、その2です。

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