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シューベルトの子守歌

最近よく、パパゼリーのことを考えています。
皆さんは、パパゼリーをご存知でしょうか。

パパゼリーは、ピンク色の小さなゼリーです。
ゼリーの周りはざらざらした糖衣でコーティングされていて、
「ざりっ」という噛みごたえがあります。
コーティングの奥にはゼリーが詰まっていて、くにゃっとした弾力と、
イチゴ風の甘味が口の中に広がるのです。

幼稚園のころ、退園時間の「おかえりのじかん」が好きでした。
なぜなら、「おかえりのじかん」にはパパゼリーをひとつもらえたから。

幼稚園の先生が「おかえりのじかん」になったことを告げると、こどもたちは(わたしも)自分の席に座り、なんとなく厳かな雰囲気になりました。
こどもたちは手でお椀の形を作って、祈るように目の前に差し出し、目を閉じます。それから、その祈りの姿勢のまま歌を歌いました。

 眠れ 眠れ 母の胸に
 眠れ 眠れ 母の手に

こどもたちが歌っている間、先生は席を回って、差し出された小さな手の中に、ひとつづつパパゼリーを落としていくのです。

優しい幼稚園の先生。
みんなで歌う子守歌。
甘いゼリー。
家でわたしの帰りを待っているお母さん。
それが、わたしの「パパゼリー」の思い出でした。


長い年月が経ち。
わたしは、あの頃の自分よりも小さな子を抱くようになりました。今日もあの子は父親の方へ両手を伸ばしながら「パパ、パパ」と楽しそうに笑っています。

頼りない足取りで父を追うあの子を見て、そういえば小さい頃、パパゼリーが好きだったな。そんなにパパが好きなら、キミにもパパゼリーを教えてあげようか、と思いついたのです。

懐かしい味に期待を膨らませながら、パパゼリーがどこで買えるのかを調べると、パパゼリーが「パパ」ゼリーではなく、「パパー」ゼリーだったと知りました。


なんてことだ。大人になるまでずっと「パパゼリー」だと思っていたよ。
でも、キミには「これはパパゼリーだよ」と伝えてみようか。
そうしたら、キミのパパゼリーはどんな思い出になるのだろう。

わたしの腕の中で、よだれを垂らしながら眠っているキミ。パパゼリーと同じように、この子守歌もいつか、キミだけの思い出になるのだろうか。


最近はよく、そんなことを考えています。

<了>

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