「委員は恋に飢えている!」第30会



第30会「疑似カップル」


「か、金美。ここは…」
「そ、そこはねぇ。こっちを参考にして…」
俺はとりあえず名前を呼び捨てで、そして距離を近めに仕事に取り組んだ。

「…」
金恵先輩は無反応だ。
「ちょっと、金恵先輩無反応なんだけど!?」
「そんなこと言われてもぉ。カップルのふりって何すればいいのかわからないんだもん」
俺たちは金恵先輩に聞こえないように小さい声でやり取りをした。

そもそも誰かと付き合った経験のない二人がカップルのふりをするのは無理がある。
「ちょっと、二人とも。手伝ってあげてるんだからちゃんとやってよね」
俺たちは金恵先輩にも注意されてしまった。

(くそ…、何したらいいんだ…?)
俺がどうしようか悩んでいると、金美さんが俺の方にさらに近づいてきた。
「ああ、月くん。ここはこっちだってばぁ」
「な…!」
金美さんは俺のすぐ隣まで近づいた。柔らかい感触が俺の腕に伝わる。

「ちょ、ちょっと、金美さ…。金美!?」
「どうしたのぉ?いつもやってることじゃん」
どうやら金美さんは強行突破に出たらしい。
顔を少し赤くしながら俺に目配せで合図をしてきた。
合わせろということだろう。

「あ、ああ。そうだったね。ここはこうすればよかったのか…」
「それにしても、金美。ほんとにきれいだよ。どうしてそんなに可愛いんだい?」
「もう、そんなこと言っちゃってぇ。月くんこそ、今日もかっこいいよぉ」
「え…」

こんな俺たちのやり取りを見ていた金恵先輩はさすがに様子がおかしいことに気づいたようで俺たちに話しかけてきた。

「ちょっと、あなたたち…。なんでそんなに近づいてるの?それにいつもしているって…」
「ああ。そうなんです。実は俺たち…」
「付き合ってるんだよぉ」
「…はぁぁぁ!?」
金恵先輩はかなり驚いたらしく、すごい大きな声で叫んでいた。

「つ、付き合ってるって、月くんと金美が!?」
「そ、そうなんですよ…」
「さ、最近ねぇ」
「し、知らなかったわ…」
どうやら信じてもらえたらしい。

ものすごい大根役者っぷりだったが、信じてもらえたならいいだろう。
「それじゃあ、続き進めようか」
「そうだねぇ」
俺たちは近い距離のまま、お互いを可愛いだのかっこいいだの言い合ってイチャイチャを金恵先輩に見せつけた。
これがイチャイチャであっているのかはわからないけど…。

「…」
金恵先輩は俺たちには目もくれず、黙々と作業を続けていた。
「ちょっと、これいつまで続ければいいの?」
「お姉ちゃん、全然反応しないねぇ…」
「なんとも思ってないのかな…?」
「そんな気もする…」
何をしても気にしない金恵先輩。

俺たちはこれ以上何をすればいいのかわからなかった。
「これはもう…」
「え…?」
金美さんは俺の方を向き、俺の両肩を掴んだ。

「ちょ、金美さん!?」
「もうこうなったら意地だよぉ。何としてもお姉ちゃんを…」
そのまま金美さんは俺の顔に顔を近づけてきた。
「金美さん!お、落ち着いて!」
「私は落ち着いてるよぉ!」
金美さんの目がおかしい。渦を巻いているみたいだ。

(う、嘘だろ…!?もしかしてこのまま…!?)
俺は両肩をがっちりつかまれているので逃げることができず、目をつむるしかなかった。

(くっ…!)
俺が覚悟を決めた時、経理委員室のドアが勢いよく開いた。
「だ、だめーーーーーー!!!!」

その声で金美さんも正気に戻り、俺から手を離した。
金恵先輩もドアの方を見ている。
「つ、紡木さん!?」
「紡木」
「…どちら様?」
そこには息を切らしながら顔を赤くした紡木さんが立っていた。

「…私は風紀委員、一年の木本紡木、です!お二人とは、ええと、と、友達です!!」
紡木さんは大きな声で金恵先輩に挨拶をしていた。

「木本さんね。私は金美の姉で経理委員会副委員長の金速金恵です。金美と仲良くしてくれてありがとうね」
金恵先輩も紡木さんに挨拶を返した。

「それで、木本さんは何の用かしら?」
「あ、それは、ええと…」
紡木さんはなんて答えようか口ごもっていた。

「…?」
金恵先輩は不思議そうに見つめている。
紡木さんがどう答えるのか待っていたが、なかなか答えることができなかった。
俺も何とかしてごまかそうとしたが、どう言えばいいのか分からず何も言えなかった。
すると、金美さんが小さい声でつぶやいた。

「…やっぱり、私にはこういうの、向いてないなぁ」
「…え?」
「ごめんねぇ、紡木。もう直接言っちゃうやぁ」
金美さんはそう言うと金恵先輩の方に歩いて行った。

「あのねぇ、お姉ちゃん。これ、全部嘘なんだぁ」
「今日呼び出して仕事手伝ってもらったのも正直私だけで十分できるやつだったしぃ、私と月くんが付き合ってるっていうのも嘘なのぉ」
「…?」
金恵先輩はまだよくわかっていない様子だった。

「なんでそんな嘘つく必要があるのよ」
「それは…。全部お姉ちゃんが悪いんだよぉ」
「はぁ?」
自分のせいにされて納得いっていない金恵先輩にむけて金美さんは自分の思っていることを口にした。

「だってお姉ちゃん、委員長と付き合ってからそればっかりじゃん。委員会でも家でも冬馬先輩冬馬先輩ってさぁ。ずっとそればっかり」

「そ、それは…!確かにそうだけど…」
「もちろん嬉しいっていうのも分かるよぉ。私だって二人が付き合うことになったのもおめでたいと思ってるもん。でもさぁ、そればっかりで私には全然構ってくれないじゃん」

「…え?」
「私だって協力したしさぁ。委員長ばっかりっていうのはさぁ…」
「…金美…」
金美さんはそれ以上言わなかった。

「…金美さん、寂しいんですよ。金恵先輩が冬馬先輩と付き合ったことで自分には全く構ってくれなくなって」
「…」
金美さんは頬を染めながら斜め下を向いていた。

「…ごめんね!金美!」
金恵先輩は金美さんに謝りながら抱きついた。
「私、金美に手伝ってもらったおかげで冬馬先輩と付き合えたのに、金美のことないがしろにして…。金美が手伝ってくれなかったら付き合えなかったのに!寂しい思いさせてごめんね…」

「…ぷはぁ!お、お姉ちゃん、苦しいよぉ」
金恵先輩はそれでも金美さんを離さなかった。
「…お姉ちゃん。一回離してよぉ」
「いーやーだ!離さないわよ」
「もう…」

そのまましばらく金美さんと金恵先輩は二人とも笑顔でハグし続けていた。



おかしい。何をしてもお姉ちゃんは気にする素振りを見せない。
(どうしよう…)
私はどうにかしてお姉ちゃんをこっちに振り向かせたかった。これはもう意地だ。

この時私は正常な判断ができていなかったんだと思う。
ただお姉ちゃんを振り向かせることに必死で、ブレーキが利かなくなっていたのだ。
そして私は月くん両肩を掴んで、無理やりキスをしようとした。

キスでもすればさすがにお姉ちゃんも振り向くだろう。
そう思って顔を月くんの顔に近づけた。
月くんも戸惑っている。

ごめん、月くん。私のためにその口、貸して…。
あと少しでお互いの唇が触れる…。
そのタイミングで紡木が勢いよく入ってきた。

そして紡木は顔を赤くしながら私のことを止めた。
その声で私も正気に戻ることができた。
やっぱりこういうのは私には向いていない。

伝えたいこと、言いたいことは直接言わないと…!
そう思い、私はお姉ちゃんに直接思いを伝えたのだった。

「いやぁ、ごめんね、月くん。変なことに付き合わせちゃってぇ…」
「金美さんの思いを金恵先輩に伝えられたならよかったよ…」
月くんとは少し気まずくなってしまった。
あんなことをしようとしてしまったのだから当然だ。

「それにぃ、私も途中いきなり暴走しちゃってぇ。本当に申し訳ないよぉ」
「あ、あはは。あれはびっくりした。ま、まあ!結局してないから!」
「自分でいうのもなんだけど、これからも普通に接してくれるとありがたいなぁ」
「う、うん!もちろんだよ」

こんな私のわがままに付き合ってくれた月くんは本当に優しい。
今は全然考えてないけど、これからもし誰かと付き合うってことになったら月くんみたいに優しい人がいいなぁ、なんてねぇ。



二人とも、カップルのふりできてるかな…。
ここからだと何を話しているのかはよく聞こえない。
二人の距離がかなり近いのはわかるけど…。
それでも金美ちゃんのお姉さんは二人に目もくれない様子だった。

(大丈夫かな…。ほんとにこれでよかったのかな…)
私は自分が提案した作戦でだめだったらどう責任を取ろうか考えていた。
もしこれでさらに金美ちゃんとお姉さんの間にすれ違いが起こってしまい、仲が悪くなったりしたら大変だ。

そう思いながら見ていると、なんだか金美ちゃんの様子がおかしい。
月くんの両肩に手を置いて顔を見合わせていた。
(え…?これ、もしかして…)
もしかしたら金美ちゃんはキスをしようとしているのではないか。

(い、いくら何でもそんなことしないよね…)
そう思ったが、二人の顔がどんどん近づいていったところで私は二人が本当にキスをしようとしているのだと悟った。

(そ、それは…!)
この時、ズキンと胸に痛みが走った。
そして私は気づいたら経理委員室に突入してしまっていた。
「だ、だめーーーーーー!!!!」

そして一連の騒動が終わった後…。
私と金美ちゃんが二人になったとき、金美ちゃんが口を開いた。

「ごめんねぇ、紡木。せっかく提案してくれたのに、うまくできなかったぁ」
「い、いえ!私の方こそ、ごめんなさい。やっぱり金美ちゃんみたいに、自分の思いは変なことしないで直接伝えたほうがしっかり伝わりますね!」
「そうだったねぇ」
金美ちゃんはスッキリした顔をしていた。

「それにしてもぉ、私が暴走して月くんにキスをしようとしちゃったときどうして出てきたのぉ?」
「え…?」

「『だめーー!』って叫びながら出てきたけどさぁ、正直私が月くんとキスしちゃってもあんまり紡木には関係ないよなぁって思ったりもしてさぁ」
「…」

「あ、ほんとにただなんでかなぁって思っただけだから気にしないでねぇ。おかげで私も正気に戻ってお姉ちゃんと話せたしさぁ。ありがとうねぇ」
「い、いえ…」

確かにどうして私は二人がキスしようとしたとき邪魔するようなことをしたのだろう。
ラブコメ展開をリアルで見たいとも思っていたのに…。
それにカップルのふりをするということを思いついたとき、一番に頭に浮かんだのは月くんだった。

もちろん、私自身男子の友達がほとんどいないから思い浮かぶ人も少ないけど、なんの疑いもなく彼氏のふりをするなら月くんだ!とそう思った。
そういえばあのあたりから胸の痛みも始まった。

(もしかしたらこれは…)
私は頭に浮かんだ一つの可能性を引き出しにしまって、考えないようにした。

だって、私みたいな人に恋愛なんてきっと無理だから…。


後書き

三十話です。最後まで読んでいただきありがとうございます。
とりあえず、金速姉妹のいざこざが解決してよかったです。
自分の思ったことを直接相手に伝えるのって難しいですよね。
なんて返されるかもわからないですし、どう思われるのかもわからない。
それでも伝えないといけないことってあるから難しいです。
紡木も自分の気持ちを伝えられるようになってほしいですね。というか気づいてほしいですね。
続きもぜひ読んでいただけたら嬉しいです。感想も大大大大歓迎です。
よろしくお願いします。


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