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ぶらんこ

空の高いところから、二本の紐のような何かが降りている。
どこから来ているのか上の方は空にとけていて見えないけれど、反対の端は二本の紐に一枚の板が渡してある。
その板の上には白いブラウスに、明るい橙色のジャンパースカートを着た女の子が座り、飛行機よりさらに高い空をぶらーんぶらーんと揺れている。

列車の窓からそれを見つけて、
「ねえ、何あれ?」
と隣の男に聞くと彼はチラリとを見ただけで
「ぶらんこだろ?」
と言って再び手元のスマホに視線を戻した。
「なんであんなところにあるんだろ」
「しらね。そんなことよりさ」
と、スマホで開いていたお店のホームページを見せて「これ、よくね?」と自家製リンゴジャムと生クリームの添えられた可愛らしいパンケーキの写真をしめす。本日の目的地のパンケーキの美味しいお店だ。流すなよと文句を言いながら彼の手元を覗き込む。
「わたしはこっちがいいかな」
とオレンジのマーマレードのかかったパンケーキを指した。
「うーん。確かにそれも捨てがたい……」
変な顔で唸り出した彼の横顔を見ているとちょっと笑えてきた。
でもマーマレードってちょっと苦いじゃん?とぶつくさ言っているのも面白い。

列車の速度が落ちる。間も無く目的の駅だ。
なんとなく、もう一度空を見上げる。
橙色の女の子は、ぶらんこを一度強くぐんっと漕ぐと、パッと両手を離して空に飛び出した。そのまま猫のようなしなやかさでくるりんと一回転して青い中にすっと消えていく。
天使もおやすみの日なのかもしれない。
列車のドアが開く。
「ほら、いくよ」
と彼がわたしの手をとった。
「そんなに焦らなくてもパンケーキは逃げないよ?」
と笑った。

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