見出し画像

[エッセイ]日記

昔から文章を書くのが好きだった。
最初に文章を書くのが楽しいと思ったのは小学校三年生の時だった。担任の先生お手製の連絡ノートにはページの一番下に、10行くらいの罫線が引かれていて、毎日日記を書いてきて提出するという宿題があった。

一行でも一言でも良いから書いてきなさい

先生は言った。書いてくると先生が必ず赤でコメントをくれる。先生とのやり取りが楽しくて、私は毎日毎日日記の欄いっぱいにその日のことを書いた。
誰と遊んだとか、夕ごはんが好物で嬉しかったとか、帰りに友だちと道草したことまで書いた。書くことに困ることはなかった。先生が応えてくれるから、伝えたいことがいつもたくさんあった。先生はいつも優しい返事をくれた。
欄が足りなくて「はみ出してごめんなさい」と書いて、小さなメモ帳をのりで張り付けて日記の欄を長くしたこともあった。それでも先生は最後まで読んでさらに紙をつけ足して長いコメントをつけてくれた。本当に嬉しかった。

そのうち先生はお手製の連絡ノートではなく、日記用のB5ノートを用意させた。狭い日記スペースから解放されたわたしの日記はどんどん長くなったし。さらには絵がついたり、父と撮った天体の写真がついたり、押し花がついたりするようにもなった。私の日記に必ず登場するオリジナルキャラクターのようなものもできた。

キツネとネコのあいのこのような生き物で、綺麗な原っぱに住んでいる。好物は魚で、近くの川によく捕りに行く。という設定だった。(今でも当時と同じ書き順で書けると思わなかった)

担任が変わって日記の宿題がなくなってからは、自分で日記を書き続けた。
両親からの誕生日プレゼントに鍵付きの可愛い日記帳をもらったときは嬉しくて、最初のページをその嬉しい気持ちでいっぱいにしたし、大事にしていたマグカップを父に割られてしまったときには、絶対に忘れてあげないんだからと、そのマグカップの形や色やどんなに素敵だったかをたくさん書きこんだ。

「日記を毎日書いている」
というと、
「毎日書くことなんてあるの?」
と聞かれる。むしろ、何もないの?と思う。

一見変化がない毎日でも、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと……書きたいことは必ずあった。
いや、たぶん日記の宿題のおかげで見つけられるようになったのだと思う。
そういえば、最初の頃は書くことが見つからなくて苦労していたような気がする。それでも先生に何か報告したくて、一生懸命探していた。そのうち探さなくても見つかるようになった。

あの先生のことを思い出していたら、なんだかしんみりしてしまった。
いつも私にきちんと向き合ってくれる大好きな先生だったけれど、そのあと県内の交通の便の悪い学校に「飛ばされた」と聞いた。何があったのかは知らないけれど、心の病気になって休職したという話も聞いた。

先生のおかげで、今もでも文章を書いて楽しんでいますよ。と伝えられたらいいのにと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?