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鵺-ぬえ-

むかしむかしの物語。

ある時から夜になるとヒューヒューという音が聞こえるようになりました。
その音はえらい人のお屋敷にも届くようになりました。
「あの音はなんでしょう」
お屋敷の奥さんが言い、えらい人は
「あれは風の音だよ。ごらんなさい、今にも空が泣き出しそうでしょう?」
と返すのでした。
でもそのヒューヒューという音は一向に鳴り止まず、ついに奥さんは不安から病気になってしまいました。
えらい人は奥さんに元気になってもらいたくて、神様にたくさんお祈りしました。
しかし、奥さんの病気は治りません。
真っ黒な夜の空に、ただヒューヒューという音が虚しく聞こえるだけでした。

そしてそのうちえらい人は
『この私がこんなにお祈りしているのに何も変わらないのはおかしい。これは妖怪のしわざではないのか、得体の知れないモノが私たちを苦しめようとしている』
と思うようになっていきました。

えらい人は早速、弓の達人の男を屋敷に呼び寄せました。
弓の弦の音には魔除けの力があると考えられているからです。
えらい人は弓の達人の男に言いました。
「あの不気味な音は鵺の鳴き声に違いない。顔に猿、胴体は狸、手足が虎で尻尾には蛇の姿を持つ妖怪と言われておる。それが夜な夜な鳴いておるおかげで、ゆっくり休むことができないのだ」
えらい人は弓の達人の男にヒューヒューという音を出す妖怪を退治するよう命じました。

えらい人に妖怪退治を頼まれた弓の達人の男は、夜になって鵺の住む山にいきました。
「鵺や鵺や、お前と話しをしに来たよ」
弓の達人の男は暗闇に話しかけます。
「私にお前の心を聞かせてはくれないかい?」
しばらく間が空いて、暗闇の中から小さな声が聞こえてきました。
「ワタシのようなモノと関わっていてはアナタさまが汚れてしまいます。どうかその身が美しいうちにお帰りください」
「どうしてそう思うんだい?」
弓の達人の男は再び暗闇に声をかけます。
「ワタシはもともとニンゲンです。ココロを持ちシアワセに暮らしておりましたがヤマイにかかりここに棄ておかれました。それでももう一度ヒトとして暮らしたい。ニンゲンとしてヒトとふれあいたい。ヒトでいても良いと許されたい。そう思うと涙が出るのです。その汚ないヨクが…。汚ないココロが美しいアナタさまに触れてしまうのが心苦しい…だからどうか…」

弓の達人の男はこれまでのいきさつを鵺に話しました。
「ワタシのココロが…」
鵺は涙を流して言います。
するとあのヒューヒューという音が辺りにひびきます。
「ワタシはここを去ります。アナタさまはワタシを退治したと。そう えらい人にお伝えください。」
弓の達人の男はえらい人の屋敷に戻り、鵺に言われたように「妖怪は退治しました」と伝えました。
その夜からあの不気味なヒューヒューという音は聞こえなくなり、えらい人の奥さんもたちまち元気になりました。
関心したえらい人は弓の達人の男に褒美をあげようと盛大な宴を行いました。
そこで弓の達人の男は言いました。

「自分の理解できない得体の知れないモノは悪いモノでしょうか?みためが違う、言葉が違う、信じる道が違う。自分と違うモノは退けるのが本当に正しい行いでしょうか?鵺は自分がヤマイで苦しんでいるのに私の心配をしてくれました。望んでヤマイになったわけではないでしょうに。鵺に寄り添い鵺の言葉に耳を傾けたから、鵺のココロを知ることができました。姿は異形であっても心は私たちと同じ。排除する必要はあるのでしょうか?いつの時代も得体の知れない妖怪を生み出すのは人間です」

朝になって弓の達人の男は、鵺と話した山に向かいました。
そこで息たえている人を見つけました。
弓の達人の男はその人を村にそっと埋葬し、小さなお地蔵さんを置きました。
それに手を合わせると不思議と優しい気持ちになれると噂が広まり、いつの間にか人々はそのお地蔵さんにココロを話すようになりました。
ヒトとして暮らしたい、ヒトとふれあいたい。
そんな鵺のココロを表したかのような…優しい優しいお顔のお地蔵さんでした。

ありがとうございました。
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