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「マイ・ディア・ライフ」翻訳者が勝手に選ぶ名シーン5選

※「マイ・ディア・ライフ」のストーリーについて触れている記述があるのでご注意ください

こんにちは。またまた登場しました、中国ドラマ「マイ・ディア・ライフ〜かけがえのない明日へ〜」字幕翻訳者の1人、ジュンコです。前回の第1弾に続きまして、今回も「マイ・ディア・ライフ」の魅力を熱く語らせていただきます。
第1弾では原作との比較を中心に本作の見どころをご紹介しましたが、今回は物語の鍵となるセリフに注目しながら名シーンをご紹介したいと思います。では早速、始めますよ!

その1 「キャピタリストだから」

第1弾でもご紹介したとおり、本作は韓国の人気漫画「未生 ミセン」を原作としたドラマで、中国では「職場劇(职场剧)」にジャンル分けされます。日本で言えば「お仕事ドラマ」といった感じでしょうか。
 
物語の舞台となるのは「金宸(ジンチェン)資本」という、投資会社の中でも「ベンチャー・キャピタル」に分類される会社です。
ベンチャー・キャピタルは将来有望な未上場企業に投資をし、投資先の企業が成長したあとに事業や株式を売却してキャピタルゲインを得ることを目的とする…うわぁ、すみません!ここで正直に告白しちゃいます。字幕翻訳者といえどもただの人。経済用語やビジネス用語なんてちんぷんかんぷんなのです。専門用語を見るだけで頭痛がしてきちゃうので、説明は割愛させていただき、次に進みましょう。
 
さて、ベンチャー・キャピタルでお仕事する人を「ベンチャー・キャピタリスト」と呼ぶのですが…ここで、字幕を作るうえでの大問題発生です!
 
「字幕翻訳のルールは1秒間に4文字」という話を皆さんもお聞きになったことがあると思います。それなのに「ベンチャー・キャピタリスト」は13文字もあるのです。どう考えても長すぎます、翻訳不能。
 
そういうわけで、本作では「ベンチャー・キャピタリスト」を「キャピタリスト」と縮めて使わせていただいております。読みきれる字幕を作るうえでの苦肉の策です。1つの訳語が生まれる裏側で、翻訳者は文字どおり頭を痛めているのでございます。

第1話の1コマ。この頃のウー課長、かなりコワかった…

第1話で主人公のスン・イーチウは上司であるウー課長に「理想のキャピタリスト像は?」と聞かれ、何も答えることができずに固まってしまいます。
 
その後、イーチウは必死に仕事を覚え、ドラマの中盤で「(自分たちは)キャピタリストだから」と言うまでに成長を遂げます。翻訳をしながら母親のような気持ちでイーチウを見守ってきた私は、このシーンを見てイーチウの成長ぶりに思わず目が潤んでしまいました。

見違えるように成長したイーチウ。堂々とした話しぶりです

ということで翻訳者が勝手に選ぶ名シーン1つ目は第25話の「キャピタリストだから」に決定です!イーチウ、本当によく頑張ったね。

その2 独りぼっちのイーチウ

第25話の晴れがましい姿からは想像もつきませんが、学歴も経験もないイーチウが一流企業で仕事を始めた当初は苦労の連続でした。履歴書を見たウー課長からはカバンを投げつけられ、同期の実習生たちからはバカにされ、仲間外れにされます。
 
それでも必死に食らいついて自分を認めてもらおうとするイーチウ。でも最初のうちはなかなか自分の殻を破ることができません。なぜならイーチウはプロ囲碁棋士になる夢に破れて以来、すっかり心を閉ざしていたからです。

「僕は昔から周囲に溶け込むのが苦手で
いつも独りぼっちで流れに逆らってきた」

名シーン2つ目にはこの第3話の雨の中で独りぼっちのイーチウを選ばせていただきます。独りぼっちで傘をさして歩くイーチウの姿が目に焼き付いて、今も私の頭から離れません。孤独感や絶望感がひしひしと伝わってきて、見ていて胸が押しつぶされそうになりました。

その3 「無意味な希望は人を最も傷つける」

傷ついた心を抱えていたのは、イーチウだけじゃありません。ウー課長もまた、過去の悲しい事件から立ち直ることができずにいました。
二度と人を傷つけまいと思うあまりにキツイ言葉を口にするウー課長は、投資先の創業者さえ困惑させてしまいます。仕事はできるけれど、すぐ頭に血が上ってしまうウー課長。上層部はそんなウー課長を持て余し、「ゴミ案件」と呼ばれる面倒な仕事ばかりをウー課長に押しつけます。

「無意味な希望は人を最も傷つける」
「無意味な希望を抱かせるな」

これがウー課長の口癖でした。ところが、イーチウを部下に持ったことでウー課長の考え方は少しずつ変わっていきます。プロ棋士を目指していたくらいですから、イーチウは地頭がいいんですよね。時には奇想天外な発想でウー課長を助け、ウー課長もそんなイーチウに目をかけるようになります。
心に傷を持った者同士の偶然の出会いが、互いを立ち直らせるきっかけになるなんて…運命の巡り合わせというのは本当に不思議です。
 
ドラマの最後にイーチウはウー課長に問いかけます。
(ちなみにウー課長の肩書はドラマが進むにつれて変わるのですが、このコラムでは「課長」に統一させていただきますね!)

「以前は“無意味な希望は人を傷つける”と(言っていましたよね?)」

イーチウにそう聞かれたウー課長は、すぐには言葉を返せません。

10秒ほど黙ってイーチウを見つめるウー課長

名シーン3つ目は第41話のイーチウの質問に沈黙するウー課長です!長い沈黙のあとウー課長はある言葉をイーチウに返します。どんな言葉でしょうか。ぜひ本作をご覧になってお確かめくださいね!

その4 ポテトチップスぶちまけ事件

ガラリと気分を変えて、名シーン4つ目にはガオ・スーツォンが非常階段にポテトチップスをぶちまけたシーンを選ばせていただきます!

開けるのを手伝おうとして袋を破裂させてしまったスーツォン

イーチウと同期のスーツォンとラン・チエンイーは、イーチウとは違って高学歴のエリートですが、2人ともやりがいのある仕事を与えてもらえずに苦しみます。世の中ってなんて理不尽なんでしょう!
 
チエンイーはストレスが溜まると1人でポテトチップスをやけ食いするのですが、第15話ではたまたま居合わせたスーツォンが袋を開けるのを手伝おうとして袋を破裂させてしまい、ポテトチップスを非常階段にぶちまけてしまいます。重苦しい空気の中、豪快に散らばったポテトチップスを見て、思わず苦笑いするチエンイーに、私もつられて笑ってしまいました。こんなふうに間の抜けた出来事って、現実の世界では案外よくある気がします。ドラマのリアリティがグッと上がる名シーンだと思います。

その5 「本当を言うと何度も異動願いを書きました」

そういえば!1つ大事なことを書き忘れていました。このドラマのタイトル画面にも使われている3人が右手で左胸をたたくポーズは、仕事がうまくいった時などに喜びや誇らしさを表す総合4課だけの特別なジェスチャーなのです。

案件が承認されたことを喜び合う総合4課の3人

第36話では、リン課長代理に励まされたイーチウが、感謝の言葉を述べる代わりに右手で左胸をトントンとたたいています。

言葉よりジェスチャーのほうが気持ちが伝わりますね

総合4課の3人の友情もこのドラマの見どころの1つです。おっちょこちょいでお調子者のリン課長代理は、地味な存在ながらも4課に欠かせない大切なメンバーの1人と言えます。
ということで、名シーン5つ目にはリン課長代理のこのセリフを選ばせていただきました。

「本当を言うと部下になりたての頃
何度も異動願いを書きました」

最初は嫌だったけど今ではウー課長にほれ込んでいるから、よその部署になんて行きたくない…という気持ちが込められた言葉です。
 
このセリフの原音はこうです。
「我刚到你手底下的那时候、像这种申请书、我每个礼拜都写一封」
 
直訳するとこんな感じでしょうか。
「俺があなたの部下になりたての頃、
このような異動願いを俺は毎週1通ずつ書いていた」
 
字幕のほうが直訳より少しドラマチックなセリフになっています。お気に入りのシーンなので、ついつい感情を込めて訳してしまいました。
 
最後に特別にお見せしましょう!
「何度も異動願いを書いたことがある」と言われた時の、ウー課長の怒ったような、泣きたそうな、ちょっとうれしそうな、何とも言えない表情がこちらです。

以上、翻訳者が勝手に選ぶ名シーン5選でした!
他にも名シーンが盛りだくさんで、もっともっとご紹介したいのですが、残りはぜひ実際にドラマを見てお楽しみください。このコラムが少しでもお役に立てれば幸いです。
ここまでお付き合いくださった皆さん、どうもありがとうございました。

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1話~3話の冒頭5分はどなたでもご覧いただけます!▼

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