想いは硝子越しに-第1話・義兄妹-
私は普通だ。
勉強が出来るわけじゃないし、スポーツしたり体動かすのも好きじゃない。 学校帰りに友達とファミレス寄ってお喋りするのが日課になってる。
学校行って寄り道して、そんな周りが当たり前にしてる事を私もしていて。
ただ一つ違う事があるとしたら、私にお父さんがいない事だろうな。あ、今の世の中じゃ親の離婚なんてそう珍しくもないか。
けどお父さんがいないっていうのはやっぱり重い。私を育てる為にお母さんが女手一つで必死に頑張ってきたのを見てると、やっぱり心配はかけられないよ。
だから私は自分に出来る事をやってきた。
学校に休まず行って、終わったらお母さんが帰ってくるまでにご飯作って待ってる。
遅刻なんてした事なければサボりなんて以っての外な生活してると、自分では普通だと思ってても優等生とか、親思いのいい子とか言われて少し戸惑うんだ。
でもこの生活が私には当たり前で、変わらない毎日がこれからも続くんだと思ってた。
何時もみたいに友達とお茶してから、私はタイムサービスしてるスーパーに寄って家に帰ってきた。
鶏のもも肉が凄く安くなってたからついつい衝動買いして、ただ今冷蔵庫の中と睨めっこ中だ。
とりあえずとり肉は賞味期限が心配だから使うとして、残ってるのは三ツ葉に玉葱か……今日は親子丼!と献立を決めてエプロンに手をかけた時だった。
「ただいまー!」
「あ、お帰りなさい!」
玄関からお母さんの声が聞こえてきた。
時計は夜の8時を回った所で、こんな早くに帰ってくるのは珍しい。何時もならもっと遅いのに。
「今日のご飯何ー?」
「とり肉安かったから親子丼!!もうすぐ出来るから座って待ってて?」
ちょっと気にはなったけど、早くご飯作っちゃおうと思って玉葱の皮を剥き始めたら案の定急かす言葉が聞こえてきて思わず笑っちゃった。
きっとお腹が空いてるんだなって思ったから超特急で完成させて食べるばっかりにしたら、お母さんが普段滅多にしない正座なんかしてじっとこっちを見てるの。
どうしたんだろうと思って持ってた箸を置いてマジマジと見つめてたらお母さんの口からとんでもない言葉が出てきたんだ。
「あのさ、驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
「うん、何?」
「あたし、再婚しようと思うんだ。」
私の思考は一瞬で停止した。
お母さんは今何を言ったんだろうと上手く働かない頭をフル回転させてみる。今再婚って言ったよね?うん、言った。
お母さんは私という子供がいるとしても世間一般から言えば独身なわけで、勿論結婚出来る。しかも今まで女手一つで必死に子供育ててきたんだ。
「再婚…するの?お母さんが?」
「そう。どうかな?」
お母さんがどれだけ頑張ってたか、傍に居た私が一番よく知ってる。
自分より私を優先して朝から晩までヘトヘトになるまで仕事してきたんだもん、お母さんが幸せになれる事を反対する理由がないよ。
「じゃあ新しいお父さんになる人に会った時にどんな話するか、考えとかないとね。」
「未沙……っ!!」
頷いた瞬間のお母さんの嬉しそうな笑顔を私はきっと一生忘れないと思う。
今にも抱き着きそうな感じに私まで笑顔になって家の中が幸せムードで一杯になってたんだけど、その後にとんでもない爆弾が落とされた。
「よかったー、オッケーしてくれて!今から徹さん達来るのにダメって言われたらどうしようかと思ったわよ。」
「………はぃ?」
「ん?だからね、今から来るのよ、再婚相手とその息子が。ここに。」
「ここにっ!?」
お母さんの言葉に私は思わず変な声を出してしまった。だって仕方がなくない?再婚の話を私は今聞いたばっかりなんだよ!?
お母さんの再婚には大賛成だけど、こういう場合改めて日にち決めて顔合わせするのが普通でしょう。どこかのレストランでガッツリお洒落して、お見合いの様にお互い挨拶するのがドラマや漫画じゃ定番の展開じゃない。
それが再婚の事実を聞かされた直後に、心の準備も出来ないままに会うの?
無理。私には絶対無理!!
「ちょっと待って!」
「何よ?」
「再婚には賛成だよ?だけど今の今って……心の準備出来てないし!」
「だ~いじょうぶだって!徹さん優しいから!」
私は慌ててどうにかお母さんの暴走を止めようとしたんだけど、言い出した本人はすっかり浮かれちゃってて聞く耳を持ってくれない。
舞い上がってるお母さんは何にも考えてないみたいだけど、もしうちに向かってきてるっていうなら家に上がってもらわないわけにはいかないじゃない。
このさい私の心の準備は置いとくとしても、今この家にあるのはたいして高くない徳用のお茶にインスタントコーヒー。
お茶だけで済むなら何とかお茶受けでごまかせるかも…いや、無理。今のうちには客に出せるようなお茶菓子はない!
一番心配なのはこの時間、うちで一緒に夕飯を、なんて事になったら………。
今目の前にあるこんもり盛られた親子丼を振る舞う事に!?そんな礼儀知らずな事は出来ません!!
「お母さん!相手の人に連絡して外で会う事にしようよっ!ねっ!?それが無理なら何か店屋物取ろう!すっごい豪華なやつ!!」
「何言ってんのよ?今からそんな事言ったって間に合うわけないでしょ?」
「いや、でもね……?」
「それにあんたが作った親子丼、勿体ないじゃない。美味しそうに出来てんだから食べてもらおうよ。……って、噂をすれば着いたかな?」
「え~~~っ!?」
どうにかこの家での顔合わせを阻止しようと必死な私をお母さんはケラケラ笑いながら宥めてくる。
押し問答みたいな会話を続けていたら不意にインターフォンの音が鳴り響いた。その音で、さっきまでの剣幕は何処にいったのかと思うくらい私の声は出なくなる。
緊張して身体が強張ってどうしたらいいか判らない。
とにかく挨拶しなくちゃ、そう思って嬉しそうに玄関に飛び出ていったお母さんの後を追いかけると、お母さんの背中の向こうに見慣れない二人の男の人が居た。
「君が未沙ちゃん?」
恐る恐る近寄る私に気付いたのか、お母さんと話していた方の男の人が声をかけてきた。
「あ、はいそうです。」
「こんばんは。いきなり訪ねてすまなかったね。」
「あ、い、いいえっ!」
「やだ、この子ったら。さっきまであんなにいきなり過ぎるって吠えてたのに……」
「ちょっ、お母さんっ!?」
「ハハッ、ごめんよ。突然来たらそりゃあ驚くよね。」
いきなり話し掛けられいっぱいいっぱいになってる私をお母さんがおかしそうに茶化してくるから、思わずギロっと睨みつけると男の人は楽しそうに声を上げて笑っていた。
優しそうな人。きっとこの人がお母さんの言っていた徹さんだ。という事はその隣にいるのが……
「改めて自己紹介させてもらおうか。私は河野徹。香織さんとは仕事場の同僚だ。で、こいつが息子の浩介。」
「………宜しく。」
徹さんが隣の男の子を見ながら説明してくれた。やっぱり彼が息子さんか。
年は18歳で私の2コ上らしい。背が高くて無造作にセットされた髪が顔の造りを際立たせてる。
格好いいな、と思った。
でも無口でとっつきにくそうだ。あまり自分から喋るタイプじゃないのかもしれない。
仲良くなれるかな?せっかく出来た新しい家族だもん、楽しく生活していきたい。
「未沙です。宜しくお願いします!」
私は精一杯の笑顔を二人に向けた。
これが私と浩介くん…ううん、お兄ちゃんとの出会い。そしてここから、私の河野未沙としての新しい生活が始まった。
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