STEAL!!~大切なモノ盗みます~-第1話 職業・盗み屋-

「ないっ!今日もないっ!!」

人が行き交う賑やかな街中にある路地裏の一角でユーリは命の次に大事にしている財布をひっくり返しながら声をあげた。

「ここんとこ仕事してなかったからなぁ……仕方ねーっちゃあ仕方ねーんだけどひもじぃぜ……」

銀貨の形も見えない財布に自然と溜め息が出る。
ユーリの暮らすこの街シュスは大国ティンレンの中でも有数の商業都市で、そこかしこに店が立ち並び人がごった返していた。
買い物に来ている人、商いにせいを出す人、大人も子供も入り乱れて活気に溢れている街だ。

「仕事はしてぇけど、こうヘラヘラ笑ってる奴らばっかじゃ簡単には見つかんねーじゃんかよ、ったく……」

ユーリは財布から大通りの方へ目線をずらすと街の人達がイキイキと動き回る様子が目に入って、思わず不満が顔と口に出てしまった。
シュスで行われている商いは多岐に渡る。衣類や食品を扱う店は勿論、交易が盛んなのもあって観光客相手の土産物屋も多い。
そんな街で暮らしているのだから仕事などすぐに見つかりそうなものだが、ユーリが生業にしているのは特殊も特殊でそう簡単には金にならないのだ。

「あ~、もうこの際金なんて贅沢言わねーからどっかに食いもん落ちてねーか食いもん!?」
「……うわぁっ!!」
「おわっ!?」

苛立ちを隠そうともしないでキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていると、大通りに差し掛かった所で誰かとぶつかった感触がした。

「わりっ、平気か?」
「うん、大丈夫。」

手に抱えていたらしい林檎が散らばった中心にうずくまっていた小さな男の子はユーリの声に顔をあげる。ニッコリと笑いながら忙しなく林檎をかき集める姿は何とも言えず微笑ましい。

「ほら、こっちにも落ちてたぞ?」
「あっ、有難う!」

足元に転がってきていたのでそっと手渡すと、男の子は受け取ってじっと手の中の林檎を見てからもう一度ユーリの手に乗せてきた。

「それ、あげる!」
「あん?」

自分の手の上のそれと男の子を交互に見る。日の光を浴びて赤々としたみずみずしい林檎はとても美味しそうで、ぶつかった衝撃で忘れていた空腹が一気に甦ってきた。

「いいのか?」
「うん!急いでてぶつかったのは僕だし、それで落としちゃったの拾ってもらったから……お礼!」

男の子の言葉にユーリは考え込んだ。
厳密に言えばこの林檎を受け取る理由はない。ぶつかったのは注意力散漫だった自分にも落ち度はあって、男の子だけが悪いわけではないのだから。

しかし如何せん今のユーリはお腹が空き過ぎていた。少しでも気を抜けば盛大に腹の音が鳴り響くだろう。
金は無い。手持ちの食べ物も勿論無しだ。そんな時に目の前には美味しそうな林檎が一つ。

「……なら、遠慮なく貰っとくぜ。」

ユーリは手の中の林檎をしっかりと握り締めていた。
どんなに意地を張っても腹が減っているのは事実なのだから背に腹は変えられない。人間、食欲には勝てないものだ。

「ん、んまい。」

欲望のままに手の中の林檎に歯を立てると、爽やかな甘さの果汁が口一杯に広がっていく。その林檎の味に思わず笑みが漏れた。
そんなユーリの様子に、男の子は嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がる。

「サンキュな!丁度腹減ってたんだ。」
「良かった!じゃあ僕、急いで帰らないといけないからっ!」
「おうっ、じゃあなっ!」

両手一杯に林檎を抱え直して駆けていく男の子の背に声をかけながら、ユーリは自分の歯形のついた林檎を見つめた。
思わぬ所で食料が手に入ったものだ。突然幸運が舞い込んできたなら仕事も見つかるかも、などと考えながらもう一度林檎をかじる。

「よしっ、仕事探すかっ!!」

食べかけの林檎を空に向けて放り投げて気合いを入れながら、キャッチすると同時に歩き出した。


**********


広い部屋の中央、一人の男はソファに腰を降ろし一点を見つめている。
視線の先は一枚の紙。部屋の大きさに見合ったテーブルの上に無造作に置かれたそれに書かれた存在を知るものは数少ない。

「まさかこんな所に眠っていたとはな……」
「如何なさいますか?」

男の言葉に反応して、部屋の隅から男のものとは異なる声が聞こえた。薄暗い部屋の中で二つの声のみがこだまし、その姿は見えない。

「無論、この手に。あれを手に入れさえすれば……私は必ず優位に立てる。」
「……御意に。」

その一言を最後に部屋から一つの気配が消えた。残った男は大きく息を吐き、紙の上に指を滑らせる。

「必ずこの手にしてみせるさ……失われた破片、ロストピースを。」

静寂の中、男の言葉だけがやけにはっきりと聞こえていた。


**********



「おっちゃん、何時もの頂戴っ!」
「おうよっ!」

ユーリは街外れにある食堂に来ていた。小さいけれど客足の絶えないこの店のカウンターの隅がユーリの指定席だ。

「ほら、よーく味わって食えよ!」
「いっただっきまーす!…くぅ~っ、相変わらずうっめーっ!!」

美味しそうな料理は目の前に出されたと同時に次々と胃袋の中に消えていく。
あっさりとした根野菜とベーコンのスープに焼きたてのパン、そして一番人気のチキンのハーブ焼きはユーリがこの店に来た時に必ず頼むメニューで、席に着くと同時に出てくる位には店のオーナーとも顔見知りだ。

「最近顔見せなかったじゃねーか。忙しかったのか?」
「……忙しかったらもっとここに顔出してるだろ、普通。」
「はっはっはっ!そりゃあ間違いないなっ!」

久しぶりに来たというのにオーナーの言葉は容赦がない。
ユーリの苦虫を噛み潰したような表情を見て、オーナーは茶化すように笑いながら水を差し出しおもむろに口を開いた。

「……そんなお前さんに客だぞ。」

不意に目の前の恰幅のいい男の声色が変わり、ユーリから目線が外れる。その視線は入り口近くにいる一人の男に注がれていた。

「あいつか?ジャン。」
「ああ、今日の朝一で飛び込みだ。とびっきりの腕利きをご所望らしい。」
「へぇ……」

ユーリは男から目を逸らさないまま不敵な笑みを浮かべる。
単なる腹ごしらえの為に寄ったつもりだったのだが、念願の仕事が舞い込んできたようだ。

「こりゃ来て正解だったかな……」

そう呟くとユーリは皿に残っていた一欠けらの肉を口に放り込み、入り口に陣取っている男の元へと向かった。

「よう、仕事を頼みたい奴ってアンタか?」
「ええ。ではあなたが?」

男が座っている席にたどり着き声をかけると、すぐさま顔があがり目線が合う。眼鏡の奥の鋭い眼差しがまるで品定めするかのようだ。
その視線を受けて立つとでもいうように仁王立ちしながら見下ろし、ユーリは口を開く。

「ああ。アンタの希望は叶えてやれると思うぜ?」
「…………」

男は言葉を発しない。ただ見続けているだけ。けれどユーリは何も言わず男の好きにさせていた。

気楽にフラリと立ち寄れるこの店にはそぐわない風貌を男はしている。ツーピースのスーツを着込み、何を注文するでもなくただ徒に席を温めている姿は流石に浮いていた。
そんな男がどうしてこんな大衆食堂に分類されるであろう店を訪れたのか。

「では店を通じて依頼した仕事を請けて頂けるのですね?」

答えは男の言葉が示していた。そう、この店には食堂とは別の顔があるのだ。


――― 仕事の斡旋 ―――


店主は愛称として専らオーナーと呼ばれていて、おおらかな彼を名前で呼ぶ人間は殆どいない。彼を名前で呼ぶ客、それは仕事の斡旋屋としての顔を知る者のみ。
とは言っても仕事を探す人間が口にしているだけで、頻繁に足を運ぶ事のない依頼者が名を呼ぶ事は殆どないのだが。

「ああ。こんなとこに依頼するってこたぁまともな事じゃねーんだろ?」

ユーリは漸く本題を切り出した。
ジャンを通してくる依頼でまともなものは一つもない。常に危険と隣り合わせ、それがこの店のもう一つの顔が持つ世界。
この世界で生き抜いていく為には方法など選んでいられないのだ。必要なら犯罪スレスレの方法だって使うし、ハッタリだってかます。

「どうする?俺ならその依頼、完璧にこなしてやるぜ?」

ユーリはたたみ掛けるように男に告げた。
手に入りそうな仕事をみすみす手放す気はない。

「さぁ、どうする?俺じゃない、他の三流に依頼するか?」

駄目押しとも言える言葉を叩き付けた時、男は無造作に立ち上がった。

「……判りました。あなたに依頼させて頂きましょう。」
「いい判断だっ!俺に決めた事、後悔なんてさせねーから安心しなっ!」

目の前の男の口から正式な依頼の言葉が出た事に思わずガッツポーズが出る。
久しぶりの大きな仕事だ。しかも男の身なりからしてかなりいい金になりそうな予感がする。

「予想していたより随分と幼い外見の方でしたのでどうしたものかと思いましたが、自信はおありのようですし、こちらもあまり時間がありませんので……致し方ありません。」
「…………はぁっ!?」

これで暫くはまともな生活が出来ると内心ほくそ笑んでいたら、男の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。
確かにユーリは身長も165cmと小柄で童顔だ。色素の薄い茶色の髪と明るい赤茶の瞳が更に見た目の年齢を引き下げている。

けれど小柄な体型は敏捷性に優れているし、子供っぽく見られる外見は不本意ではあるが情報を仕入れるのには向いているのだ。人の仕事ぶりも知らないような奴に馬鹿にされる覚えはない。
ユーリは相手が依頼人という事も忘れて、思わずコメカミもひくつかせながら言い返していた。

「見た目と仕事の腕を一緒にすんじゃねーっ!!!」

目の前のテーブルを力任せに叩きながら男を睨みつける。店中に響き渡る程の大声で怒鳴り散らしたユーリをさして気にする様子も無く、ただ機械的に男は頭を垂れた。

「それは失礼致しました。ではそれ程までにおっしゃるあなたの腕を見込んで、正式に依頼内容をご説明致します。」
「……おう。」
「では場所を変えてお話を続けさせて頂きたいのですが、便利屋さん。」

周りからの注目にも臆する事無くサラリと話の筋を戻し歩き始めた男の言葉に頷き後に続こうとしたが、自分への呼び掛けにユーリはピタリと足の動きを止めた。

「どうかなさいましたか?」

その場に立ち止まったまま微動だにしないユーリに男は振り返る。

「おい、あんた。」
「はい?」

ユーリは男に対しニヤリと笑みながら言った。

「俺は便利屋じゃねぇ。」


 俺は盗み屋――――――



「盗み屋のユーリ・ゲイクだ!!」

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